第五話③ 君の思い出はどんな顔をしているんだい?
「さあみんなっ! 今日は一家揃って海水浴に行くわよっ!」
「「はーいママっ!」」
「HAHAHAHAHAHAッ! ……ねえママ。パパ原稿の締め切りがヤバイんだけど、本当に今日行かなきゃ駄目かい?」
「駄目よっ! 原稿よりも家族サービスの方が何京倍も大事なんだからっ!」
「HAHAHAHAHAHAッ! 桁がもう聞いたことないレベルだなッ! よぉし解った、原稿なんて知るかッ! 今日は思う存分遊んじゃうぞーッ!」
僕のママ、ステファニーは家族補正がなくても綺麗な人だったよ。綺麗な銀色の髪の毛に整った顔立ち。女性らしい抜群のスタイルに高身長。正直、なんでパパなんかと結婚したんだろうって思うくらいには、美人だったと思う。
そして誰よりも家族思いの人だった。肌身離さず持ってた鍵付きの四角いペンダントは一回も中身を見せてくれなかったけど、いつも家族の為にって率先して動いてて。自分だけじゃなくて家族で楽しめるようにって考えてる人だった。休日はみんなで遊びに行く計画を立ててくれて、その一環で海水浴に行ったんだ。
「こらノアっ! ちゃんと準備体操しなさいっ!」
「わかってるよママッ! あとでーッ!」
「今やるのっ! あと日焼け止めは塗らなきゃ駄目よっ! せっかくのノアの白いお肌が焼けちゃうわっ! 後は女の子用の水着と……」
「ねえママ。僕は男の子なのに、どうして女の子の水着を着なきゃ駄目なの?」
「ノアは可愛いからよっ! ちゃんとおめかししなきゃねっ!」
七年前、当時僕は十歳だった。ちょうど今のジェニーと同じくらいさ。そして思い返してみれば、僕がこうなったのって間違いなくママの所為なんだよね。当時から女性物の水着しか着てなかったし。
「ママー、お水ー」
「あーッ! ノアはここで遊んでてねっ! ジェニー待った待った、そっちは深いから駄目ェェェッ!!!」
そして、ジェニーは三歳だった。とてとて歩く彼女はまだ色々と解ってないことも多くって、パパ達が必死になって見てたっけ。今考えたら、それも当然のことだよね。だってジェニーは、まだ幼かったんだから。
「お水ーっ! ぷはぁっ!? あーーーーーんっ!」
「ジェニーが溺れてるーっ!? パパ、パパ早く来てっ! わたし泳げないのぉぉぉっ!」
「パパ参上ッ! 待ってろよ我が娘ェェェッ!!!」
「…………」
でもね。当時の僕はそうじゃなかった。ジェニーが生まれてからというもの、パパもママも僕のことを見てくれる時間が少なくなったんだ。ジェニーの面倒を見なきゃいけないし、僕はそろそろ放っておいても変なことをしない分別が付き始めてた時期だから、当たり前だったんだけど。
「うわぁぁぁああああああんっ!」
「よしよし、怖かったなジェニー。パパとパラソルのとこで休んでような」
「もーう、心配させてこの子は……」
「……また、ジェニーばっかり」
僕は心底、それが面白くなかった。今まで僕のことをいっぱい可愛がってくれてたのに、妹ができた瞬間にパパもママも構ってくれなくなったって。幼いジェニーに、嫉妬してたんだ。
だから僕は、こっそりと遠くへ泳いでいった。僕も危ないことをしたら心配してくれるかもしれない、なんて思ったから。それに当時の僕は、十歳にしては泳げる方だったんだ。ちょっとくらい深いところでもへっちゃらだったし、プールの授業ではいつも一番だったから、溺れない自信だってあった。そのまますいーっと深いところまで泳いでいって、適当に溺れてるフリをして、ママ達に気づいてもらう予定だった。
「ッ!? あ、足がッ!?」
そして、慢心してた僕にしっぺ返しがきた。ロクに準備体操もしないままに泳いでて、足がつっちゃったんだ。しかもそこはもう深いところ。自分の足がつかなかったんだ。
「がぼっ! ごぼぼっ!? た、助け……」
思ったように足が動かない。身体が浮いたり沈んだりを繰り返して、ロクに息もできない。口を開ければ海水が入ってきて、それを吐こうと口を開ければまた入って来る。
僕は一気にパニックになった。そのまま死んじゃうんじゃないかとも思った。こんなことしなければ良かったなんて後悔する暇もないくらいに、ただただ暴れ続けてた。でも、身体はどんどん沈んでいって。
「ノアーっ!!!」
そんな時だった。微かに自分が呼ばれたと思った次の瞬間。暴れてた僕は、誰かに抱きしめられた。そしてその後、僕は水の中で投げられたんだ。
「しっかりしてッ!」
「ぶはぁっ! げほっ、げほっ。あ、足が……」
お陰で僕は、気が付いた別の人が捕まえてくれて。何とか足がつくところまで上がることができた。咳き込みながら水を吐いて、痛む足を引きずってたのも覚えてる。
「ステファニーィィィッ!!!」
ボーっとしてた僕は、パパの叫び声で一気に現実に戻ってきた。焦ったようなその調子で、僕はハッとして目を向ける。さっきまで僕が溺れてた場所で、他の誰かが溺れてたんだ。波の間から、銀色の髪の毛が見えた。ママだった。
「あっ、あっ、あっ、あっ……」
その時に、僕は全てを理解してしまった。僕を呼んだあの声。投げた人。そして今、代わりに溺れている姿を見て……ママが、泳げないのに、僕を助けに来てくれたんだって。
「呼吸はあるかッ!? すぐに心肺蘇生を試すッ!」
「救急車を呼んでッ! 身体も冷たいぞ、毛布を持ってこいッ!」
「ステファニーッ! ステファニーッ! 起きてくれステファニーッ!!!」
やがてママはライフセイバーの人たちに引き上げられて。砂の上で心臓マッサージをされてた。パパが必死になってママを呼んでるけど、その時のママの顔は、今まで見たこともないくらい真っ白だった。
僕は僕で他の人が診ててくれたんだけど、そんなママの様子を見ていて、耐えられなくなって。
「ママァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
弾けたかのように、僕はママの元へと走った。大人たちがごった返している中をかきわけて、僕はママにすがった。ママはとても、冷たかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。もうしないから、準備体操だってするし、危ないこともしないから。だからね、ママ? 起きて、起きてよ。冷たいの、いやだよママ。ねえ、ねえ……」
泣きながら、僕はママに謝った。自分が何をしでかしてしまったのか。そして水が如何に怖いものなのかを、まざまざと思い知った。僕は泣くことしか、できなかった。
その内にママは病院に搬送されたけど、結局は間に合わなかった。パパは膝から崩れ落ちてたし、僕も目の前が真っ暗になっていた。一体自分が、何をしてしまったのかを、まざまざと思い知って。
「ねえパパ。どうしてママは起きないの?」
幼いジェニーが、きょとんとした顔でそう聞いてたのも、よく覚えてる。そしてパパが、そんなジェニーと僕を、抱きしめてくれたことも。
「ママはね……死んじゃったんだよ……」
「えっ……いや。いやよ、そんなの……ママが死んじゃったなんて絶対にいやだぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!! うわぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!!」
そしてジェニーも泣いた。癇癪を起したかのように、泣いた。ママが死んだことを、絶対に認めなかった。何度もお話して、何度も僕の所為だって謝っても、ジェニーは泣き止まなかった。大声で泣いて、物に当たり散らして、とてもじゃないけど落ち着く様子なんて、見せなかった。
僕の所為だ。僕があんなことをしたからママは、そして今ジェニーはこんなに苦しそうに泣いているんだ。そう思った僕には、なんとかしなくちゃっていう思いしかなかった。ママを殺して、最愛の妹を泣かせた自分。せめて生きてくれている方だけでも、何とかしなくちゃって。
「……ジェニー、大丈夫だよ。ママはね、ちょっと遠くに行っちゃっただけなんだよ」
「ノアッ!?」
やがて、僕はジェニーにそう言った。嘘だった。焦った僕の頭の中には、嘘をつくくらいしか思いつかなかったんだ。それを聞いて、ママの形見の鍵付きのペンダントを渡して、ジェニーはようやく泣き止んだ。
「……本当?」
「うん、そう、そうなんだよ。ママは、遠くに行っちゃっただけなんだ。このペンダントを持ってれば、きっとママに会える。だからね、良い子にしてようね、ジェニー」
「うんっ!」
「そうだよね、パパッ!?」
「の、ノア。お前……」
そしてパパは、僕のこと見て。受け入れて、くれた。もう一度僕を、優しく抱きしめてくれた。最低の嘘つきになった、こんな僕に。
「……すまなかった。お前に構ってやれなかったから、あんなことになったんだ。全部、パパの所為だ。お前もママも、助けられなかったのも……お前は何も悪くない。お前が生きていてくれて、本当に良かった」
「ッ!!!」
パパのその言葉に、僕は心の底から泣いた。パパはただ自分が不甲斐なかったって言うばっかりで、僕のことを少しも怒ってなんかなかったんだ。ママを殺して、嘘までついた、こんな僕のことを。
そんなパパを見て、僕はどうしようもなくなって……また泣いた。
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