第二話④ ラブ、イズ、フリーダムッ! 責任は取れないけどねッ!
「そもそもの話をするよ。ノアたんを愛でる会は、いつからこんなに窮屈な集団になってしまったんだい? 元々はノアたんの日々を語り合い、JCから買った写真を共有し合い、共にノアたんを愛で、見守り。そして互いが良きライバルとして彼女を射抜こうと切磋琢磨する、そういう会だった筈だ。ここにいる面子はそのことを、誰も覚えていないのかい?」
オリバーの言葉に動揺が走る。彼の言葉が、周囲の人間の全く予期していないものであったからだ。
「いつから、こんなガチガチな規則という名の檻の中に閉じ込められてしまったんだろうね。許可なく触れるな、話しかけるな。挙げ句には臭いをクンカクンカすることすら、申請する有様だ。ボク達は言わば、飼いならされた哀れな小鳥さ。渡り鳥のように軽やかに、そして可愛く生きているノアたんに触れようと檻の中から手を伸ばす、悲しき生き物だ」
「そ、それがどうしたと言うんだッ!?」
雄弁に語っているオリバーに対して、検察側が声を上げる。
「規則を持つことで我々は安寧を得たッ! 誰もノアたんに触れることなく、彼女は綺麗なままで居られるッ! 彼女をみんなのものとして、平等に……」
「安寧の中に愛はない」
検察側の必死な弁論を、オリバーは一刀両断した。
「
オリバーはそこで、陪審員の面々の顔を一人ずつ見やった。
「君たちは彼女を独り占めしたいと思ったことはないのかい? あの小さな唇を舐め回し、薄い胸をまさぐり、尻を撫で、抱きしめる。彼女の体温を全身で感じながら、彼女の中に猛り立った自分の息子を挿れる。その時不覚にも感じてしまって漏れ出た彼女の喘ぎ声を、耳元で聞き取りたいと。彼女の中があったかいんだって、自分自身の息子を通して感じたいと、思ったことはないのかい?」
誰も、彼の言葉に答えられなかった。それはこの場にいる全員が、心の奥底で思っていたこと。恥ずかしくて、でも望んでいて。そんな個々人の中に秘めておきたかったことを、オリバーは惜しげもなく問いかけてくる。
そうだと賛同したい思いと、恥ずかしいという思いの板挟みにあった陪審員らは顔を伏せ、時折他の面子が声を上げないかと期待するかのように、視線を向け合っているばかりであった。
「君だってそうだ、検察側君。そして裁判官。君たちだって、男なんだろう? こんなテレビの向こう側の女優を見るような待遇で満足なのかい? せっかく高嶺の花が手に届くところにあるんだ。乱暴に触れ、口説き落とし、汚い息子で穢してみたいと思わないのかい?」
「そ、それは……」
「…………」
うろたえる検察側。言葉を発しない裁判官。そんな彼らを見つつ、オリバーは少し顔を伏せる。
「とはいえ、そんなボクの身勝手で彼女を危険な目に遭わせたのは事実だ。そこに関しては、心から反省してる。反論の余地はないよ。無期懲役でも構わないさ。でもね」
オリバーはトドメと言わんばかりに高らかに宣言した。
「ボクの言いたいことはただ一つ。恋は、愛は自由だッ! そして今この時より、ノアたんを愛でる会はかつての姿を取り戻すッ! 誰もが自由にノアたんにアタックできる場をッ! そんな社会をッ! ボクは作ってみせるッ! そしてノアたんを手に入れるのは、このボクさッ!」
「……それは聞き捨てならないな」
やがて口を開いたのは、一人の陪審員だった。彼はオリバーの言葉に、心を決めたのだ。
「ノアたんを手に入れるのはこの俺だ。お前みたいな奴なんかに、渡すかよ」
「いいやッ! ノアたんを落とすのはオレだッ!」
続けて傍聴席からも声が上がる。それを皮切りにして一同が一気に声を上げ始めた。誰もがノアたんは自分のものだと、高らかに謳っている。
「静粛に」
そんな雰囲気の中。やがて裁判官が静かに口を開いた。そして静まり返った場において、彼は再度声を出す。
「弁護人の弁論は以上になります。最後に、被告人の最終陳述です。被告人は証言台の前に立ってください」
オリバーはその言葉に従って、証言台の前に立った。そして「これで審理を終えることになりますが、最後に何か言いたいことはありますか」という裁判官に対して、彼は臆することなく口にする。
「ノアたんに、自由な愛を」
彼のその言葉には、先ほどとは比べ物にならないくらいの拍手が巻き起こった。そしてその後は裁判官と陪審員らによる評決となる。結果はすぐに伝えられた。
「満場一致で、懲役一年、執行猶予三か月ッ! そしてノアたんを愛でる会は、今ここより解放される。自由な恋愛を目指してッ!!!」
「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」
歓声が巻き起こった。周囲と手を取り合って喜ぶ者がほとんどの中、オリバーに近づいていく一人の男がいる。検察側の彼だった。
「負けたよ。完敗だ。あそこまで言われたら、私も引き下がらざるを得ないさ」
そう言って笑いかけてくる彼に向かって、オリバーも笑みを返す。
「とは言っても、君の規則も見事だったよ。あれがあったお陰で争いはなくなり、平和な時が流れてたんだ。ぶっ壊したボクが言うのも、なんだとは思うけどね」
「HAHAHAHAHAHAッ! 本当になッ! だがこれで、束の間平和は終わった。ここからは彼女を巡った戦国時代に突入する。だからこそ、ここで私も宣言させてもらおう」
検察側だった彼は、真っすぐにオリバーの方を見た。
「ノアたんは私のものだ。君にだって、負けないさ」
「HAHAHAHAHAHAッ! ああ、良いね。こんなに気持ちの良い宣戦布告は初めてだよッ!」
そうして、二人は握手を交わす。ギュッと握られたその手には、確かな信頼関係があった。宿敵と書いてライバルと読むような、そんな奇妙な信頼が。
「執行猶予の間は大人しくしてるけどさ……ま、ボクは負けないからね」
「言ってろ。勝つのは私だ」
「茶番は終わったかい?」
互いを認め合った彼らの元に、絶対零度の言葉が届いた。
「オリバーに気にしないでって言おうと思って探してたんだけど……凄いね、まさかこんな規模になってるなんて。最早感動的だよ。スタンディングオベーションを生で見られるなんてさ。ま、僕は立たなかったけどね。代わりに鳥肌なら、いくらでも立ってるよ」
盛り上がっていた一同が顔を向ける。すると教室の入り口を開けたところに、ノアが立っていた。笑っているのに怒っている、そんな笑顔で。
「さて。じゃあ制圧させてもらおうかな」
「ノアたんから直々にご褒美がもらえるぞォォォッ!!!」
「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」
しかし、彼らは歓喜の声を上げていた。自分達の求める彼女が、直接手を下してくれるというのだ。それは彼らの業界での飴。彼女が直接自分達に触ってくれるのかと思うと、股座がいきり立つ者ばかりである。
そのような彼らの様子に対して、ノアは腰が引けていた。
「な、なんだよ? 男らしく、これから僕が直々に一人ずつボコしてやろうって言うのに」
「「「是非、お願いしますッ!!!」」」
「お願いしますッ!?」
鉄拳制裁をしに来た筈が、何故か喜ばれている。しかも逆に申し出てくる者ばかりであった。こんな筈じゃなかった、と思っていたノアの肩に、大きな手が置かれる。
「それじゃ。代わりにアタシなんかどうか、し、ら?」
「ゴンちゃんッ!?」
続いて現れたのは、身長が二メートル近くある筋肉モリモリマッチョマンの
「ど、どうしてここが?」
「んもう、ノアったらま~た一人で何とかしようとしてるんだ、か、ら。馬鹿な親友を持つと苦労するのよね、ホント。あの日もそうだったけど、一言言ってくれたら良いのに」
「……ごめん、ゴンちゃん。体調悪いのかと、思ってさ」
「ぶっちゃけアンタからもらったマヨネーズの所為で、体調は良くないけ、ど、ね」
「HAHAHAHAHAHAッ! 何を言ってるんだい? マヨネーズで体調不良になるなんてあり得ないよ」
「アンタのマヨネーズ信仰も、いつか何とかしたいわねぇ」
軽快なやり取りをしている彼らだが、一方でオリバー達は冷や汗をダラダラと垂れ流していた。今後、この筋骨隆々の女装大男が自分達に何をしてくるというのか。それは火を見るよりも明らかだからだ。
「そ、れ、よ、り、も。こいつら、何処までやって良いのか、し、ら?」
「
「オーケーマイフレンド。んじゃアンタ達はアタシが相手してあ、げ、る……精々、生き足掻いて見せろや」
「「「ぎぃぃぃやぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」」」
感動的な物語の幕が降り、そして惨劇の夕方の幕が開けた。血が舞い、悲鳴が上がり、命乞いが跋扈する地獄。筋骨隆々のゴンザレスがその場にいた男子生徒を一人残らずぶちのめすことになったこの日の出来事は、後に
それを目の当たりにしていたノアは、あの日のことを思い出していた。
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