第七話④ ごめんね。
「ぷはぁっ! ごほっ、ごほっ! はあっ、はあっ……」
「げほぉっ! お、おほっ、おほっ……」
「ノアッ! ジェニファーッ!」
謎の力で海面へと押し上げられたわたしとお兄ちゃんは、揃って水を吐いた。胸が痛い。耳もキーンとしている。それでもようやく空気がある場所に来られたことで、息ができた。
やがて聞こえるようになってきた耳に、硬い床を走ってきているような音が聞こえてくる。ついている足や手には、振動も伝わってきた。肩で息をしながら顔を上げた瞬間。
「良かったッ! お前たちが無事で、本当にッ!!!」
強く、強く抱きしめられた。わたしはその感触に、声に、大きな影に覚えがある。ずっとわたし達の為に働いてくれて、育ててくれて。そしてわたしに嘘をついていた、あの人。
「パ、パ?」
「そうだジェニーッ! お前のパパだッ!」
パパだった。いつも鍛えているその太い腕で、わたしを抱きしめてくれている。傍らにはお兄ちゃんの姿もあった。息遣いも整ってきて少し回りを見渡してみると、わたし達は海の上に出ている、黒くてすべすべしている場所にいた。それが潜水艦だと解ったのは、一部が突起のような形で突き出していたからだった。
「まさかコネのポールが潜水艦まで出してくれるとは……本当に、感謝してもし切れないッ!」
「はあ、はあ。じぇ、ジェニー、無事、なのかい?」
「……っ!」
パパが何か言っている。お兄ちゃんが話しかけてくる。ボーっとしていた諸々の意識が戻ってきた時、わたしは慌ててパパから抜け出した。そしてお兄ちゃんから距離を取る。わたしに嘘をついていた、ママを殺した人から。
「……お兄ちゃん」
ゆっくりと、わたしは呟いた。こちらを見ている彼について、どうしたら良いのかが解らない。彼らはわたしに酷いことをした。それは確かだ。その所為でわたしはとても辛い思いをしたし、今だって溺れかけるという苦しい思いをしてしまった。
助けてもらったから、なんていうことじゃない。彼らがそんなことをしなければそもそもこんなことにならなくて済んだんだ、ということだ。
「ジェニー。僕は……」
「……ジェニー」
やがて、パパが立ち上がった。そして真っすぐにわたしの方を見ると、
「すまなかった」
ほとんど床と平行になるくらいまで、頭を下げてきた。
「辛かったお前に向き合えず、ノアがその場限りでの安易な嘘をついたのは間違いなく私の所為だ。悪いのは私だ。お前には、私を責める権利がある」
「パ、パ。なん、で……?」
パパが謝ってくる。違う、パパの所為なんかじゃない。確かに注意すべきだとは思うけど、それでも元々は……。
「顔を上げて、パパ。パパは悪くなんてないんだ……ジェニー」
「っ!」
そう思っていた時に、お兄ちゃんが口を開いた。思わず、わたしの身体がびくっと震える。全部悪い、わたしのお兄ちゃん。
「ママが死んだのは僕の所為だ。君に嘘をついたのも僕だ。それは事実なんだ。君は僕を怒っても良い。嫌っても良い。なんなら君に殺されたって、構わないさ」
「お、お兄ちゃ……っ!」
「でもッ!」
ならばお望み通りそうしてやろうか。そう意気込んだわたしを、お兄ちゃんは遮ってきた。
「でも。君が生きてくれてて、本当に良かった。僕は最低なお兄ちゃんだけど、それでも……君のことが大切なんだ、ジェニー」
「っ!!!」
な、によそれ。自分は酷い奴だって、最低だって、解ってて、そんなこと……わたし、は。お兄ちゃんのこと、なんか……っ!!!
その時不意に、水の中でのことが思い返された。わたしとお兄ちゃんを呼んでくれたあの声。そして抱きしめてくれたかのような、あのぬくもり。
「許してあげて、ジェニー」
「っ!?」
そして耳元で聞こえてきた声。水の中と同じ、優しい女の人の声。
「わたしが死んじゃった所為で、家族みんなに辛い思いをさせちゃったわ。パパも、お兄ちゃんも、そしてジェニーにも……悪いのはわたし。辛い時に上手くできないのは、みんな一緒よ? だからね、お兄ちゃんを許してあげて。わたしの可愛いジェニー」
「ママっ!?」
思わず、わたしは声を上げながら振り返った。もちろん、そこにママの姿はない。でも今、確かに聞こえた。水の中での幻聴じゃなくて、確かに、今……。
「ジェニー?」
「……ママなら、いるさ」
首を傾げているお兄ちゃんの横で、パパがそう言った。ビックリしてパパの方を見ると、パパはポケットから何かを取り出しながら、こちらに歩み寄ってくる。
やってきたパパが差し出してきたのは、小さな鍵だった。
「ジェニーがしてるペンダントの鍵だ。開けてごらん?」
「…………」
その鍵を静かに受け取ったわたしは、胸のペンダントの鍵穴に差し込む。ピッタリはまった鍵を右に回すと、カチャ、っという音がした。そのまま手前に開くと、その中には。
「っ!」
写真が入っていた。水に濡れてはいたけど、写っているのはパパと幼いお兄ちゃんと、わたしと、そして……。
「ママ……」
エメラルド色のドレスを着ていて、わたしと同じ銀色の長い髪の毛をもったスタイルの良い綺麗な人。わたしのママが映っていたからだ。
「ママはいつだってジェニーの元にいてくれた。今回だって、ママがジェニーを守ってくれたんだ。ジェニーのピンチに、ママが駆け付けない訳がないだろう? だってママは……いや。ママも、パパも。そしてお兄ちゃんも」
震えながらわたしは顔を上げる。そこには言葉を続けているパパがいた。いつの間にか、隣にはお兄ちゃんも来ている。
そして。
「「「お前のことを愛しているんだから」」」
「っ!!!」
パパと、お兄ちゃんと。そしてママの声が、一緒になって聞こえた気がした。限界、だった。
「……うわぁぁぁあああああああああああああああああああああんっ!!!」
わたしはお兄ちゃんに抱き着いた。それにパパも、そしておそらくはママも。三人がわたしを、優しく抱きしめてくれた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! 心配かけて、ごめんなさいっ! 酷いこと言ってごめんなさいっ! お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ!!!」
「ジェニー。僕の方こそ、ごめん。ママを殺して、嘘をついて。君に辛い思いをさせて、本当にごめん。ごめん、なさい……ッ!!!」
「いいや、悪いのは私だ。ノアをちゃんと見てなかったからママが死んでしまうことになって。しかも一緒になってジェニーに嘘をついたんだ。家族の誰もを守れなかった、私が悪いんだ。本当に、すまなかった……ッ!!!」
「ごめんね。ごめんね。死んじゃってごめんね。わたしがあれくらいで死ななかったら、みんなに苦しい思いをさせなくても済んだのにね……っ!!!」
わたし達は四人で抱き合ったまま、泣きながら謝っていた。みんながみんな、みんなに向かって謝っていた。わたしは心配かけてごめんなさい。お兄ちゃんはママを殺しちゃってごめんなさい。パパは守れなくってごめんなさい。ママは死んじゃってごめんなさいってずっと、ずっと謝っていた。
家族四人揃って、わんわん泣いて。そしてわたしは、パパとお兄ちゃんと、ママを許した。だってわたしも、みんなを愛しているんだから。
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