第八話③ わたしジェニファーっ!!!


 時間になったわっ! わたしはお兄ちゃんに言われた通りメインステージにやってくると、スタッフの人に見つかってこちらへ、ってステージ裏に通されちゃった。

 ステージ裏には、ライブを終えたTeam R’sのメンバーがまた楽器を弄っており、その近くをスタッフ達が忙しそうに走り回ってるの。そんな中に混じってると、まるで夢だった女優さんになったみたいな気分だわっ! 今からわたしが主演の映画の特別試写会の挨拶をする、みたいなっ!


「ではジェニファーさん。こちらへ」

「へ?」


 そう思ってたら、スタッフさんに連れて行かれちゃったわ。そしてその先にわたしを待ち構えていたのは……。


「こ、これっ!?」

「では少々お待ちください。危ないので、くれぐれも身を乗り出したりしないでくださいね?」

「レディース、アーンド、ジェントルマンッ! それでは只今より、本日のメインイベントッ! 今回のフェスの主役であるジェニファーちゃんのお祝いへと移りたいと思いますッ!!!」


 わたしが困惑しているうちに、ステージの方から司会のおじさんの声と、歓声が聞こえてきたわ。えっ、嘘。まさかわたし、これに乗って登場することになるのっ!?


「ではまずは主役の登場だッ! カモーン、ジェニファーちゃんッ!!!」


 おじさんの言葉と同時に、わたしを乗せていたゴンドラが動き出した。白い羽根で飾り付けされたそれはやがて上昇していき、メインステージの上部から舞台へと出て行った。


「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」


 わたしの登場と共に音楽が鳴り響いた。先ほどステージ裏にいた筈のTeam R’sが、また生演奏をしている。後で聞いたら演奏してくれていたのは交響曲第9番、『歓喜の歌』という曲だったわ。彼らによってロック調にアレンジされてたから、余計わかりにくかったわね。

 と言うか、すごいすごいすごいすごいっ! わたし、今自分が何をされているのかっていう理解が全然追い付いてこないわっ! 衆人環視の中、ゴンドラによって空から降りてきたわたしっ! まるで降臨した天使ねっ!


「いらっしゃいジェニファーちゃんッ! 今日は君が主役だッ! 気分はどうだい?」


 その内にゴンドラがステージ中央まで降下して、わたしはステージに降り立ったわ。司会のおじさんがマイクを向けてくる。


「こんなことになるなんて思ってなかったから、困惑が止まらないわっ!」

「HAHAHAHAHAHAッ! 正直でよろしいッ! 私もこんなお誕生日会を開かれたら、喜びよりも驚きの方が勝っちゃうだろうからねッ! そんな君を更に驚かせるものが待っているぞぉ……」


 笑っているおじさんが手を真っすぐ伸ばして舞台袖の方を示すと、そこから真っ黒なスーツ姿のパパが出てきた。それと同時にパパにマイクを渡して、あとは家族水入らずでって司会のおじさんがいなくなっちゃったわ。


「パパっ!」

「ジェニー、お誕生日おめでとう。そしてこれが、パパからのプレゼントだッ!」


 ステージ中央までやってきたパパが、声を上げながらパチンと指を鳴らす。するとステージの後ろがせり上がってきて、布が被さっている大きなものが現れたわ。大きさ的には庭にある物置小屋くらいなんだけど、あれは何かしら?


「さあジェニー、受け取っておくれッ! カーテン、オープンッ!」

「わーっ!!!」


 そして被さっている布が取っ払われたら、そこにあったのはケーキのお城だったわっ! 真っ白なクリームで覆われ、いくつあるのか解らないくらいのいちごやその他のフルーツ、そしてチョコレートやエクレア等のお菓子で飾り付けられたケーキのお城っ!

 真ん中には看板くらい大きな板チョコが置いてあって、生クリームでこう書いてあったわ。『Happy Birthday Jennifer』。


「HAHAHAHAHAHAッ! どうだいジェニー? 男島メンズアイランドのみんなが腕によりをかけて作ってくれたんだぞ? これが、パパからのバースデーケーキだッ!」

「すごいすごいすごいすごーいっ! でもパパ、この前はお金があれだから駄目だって言ってたのに、どうして?」

「映画化はまだだが、この前の騒動で顔出しをしたら何故か本がバカ売れし始めてしまってなッ! 単行本の重版も決まって、一気に懐が潤うことになったんだよッ!」


 パパがわたしを探す為にフェスで頭を下げたことがかえって高評価になって、本が一気に売れ始めちゃったんだってっ! 元々面白い話でしたからこれくらいは当然ですよ、ってローガンさんが笑ってたらしいんだけど、もしかしてこれも彼の予想通りなのかしら? 大人って怖いわっ!


「このケーキ全部がジェニーのだッ! たくさん食べるんだぞー?」

「わーいっ!!!」


 多分全部は食べられないけど、お腹いっぱいケーキが食べられるなんてわたし初めてっ! 当分ケーキなんて見たくないってくらい張り切って食べちゃうんだからっ! 禁止ワードはカロリーよっ! そんな無粋なことを言ってくる輩は、ケーキのお城に拉致監禁ねっ!


「っと、その前に。ノアからもお前にプレゼントがあるんだ」

「……お兄ちゃん、から?」


 早速ケーキの火を消して食べちゃおうと思ってたら、パパに待ったされちゃったわ。お兄ちゃんからのプレゼント? またパパみたいに横から出てくるのかとキョロキョロしてみたけど、お兄ちゃんの姿が何処にもないわ。また何かサプライズでもあるのかしら? もうお腹いっぱいなくらい驚いちゃったんだけど。

 するとパパが空を仰ぎ見たわ。上? 上に何かあるの? そういえばわたしが乗ってきたゴンドラ、いつの間に引っ込んじゃってたのかしら?


「さあ、おいでノアッ!!!」

「っ!?!?!?」


 パパの声と共に、ゴンドラが動いてくる音がしたわ。わたしと同じゴンドラに、お兄ちゃんが乗っている。それだけなら全然驚かないんだけど、わたしはそれでも目を見開かずにはいられなかった。

 だって、乗ってたお兄ちゃんの姿が……。


「ママ……?」


 エメラルド色のドレスを着て、銀色の長髪のウィッグを付けてお化粧をしているという、わたしの胸のペンダントの中にある写真のママとそっくりだったから。ううん、ママにしか見えなかったから。


「ジェニー」


 やがてゴンドラがステージに到着して、お兄ちゃんが降りてくる。綺麗なお兄ちゃんの姿に歓声が起きて、会場中が湧きたっているのが聞こえていたけど、わたしはそんなことどうでも良かった。


「これが、ママの姿だ。僕なんかじゃママにはなれないけど、せめてこの姿で、君の十歳をお祝いしたいと思ったんだ。悩みに悩んだ末に、こんなことしか思いつかなかったけどさ」


 びっくりし過ぎて身動き取れずにいたわたしを、ママの恰好をしたお兄ちゃんが優しく抱きしめてくれる。そして、彼の声が重なった。


「「お誕生日おめでとう、ジェニー」」

「っ!?!?!?」


 そしてわたしは、今日何度目かになるのか解らないくらい、飛び上がりそうになった。耳元で言われたその言葉が、お兄ちゃんのものだけじゃなかったから。


「もう十歳になったのね。大きくなっちゃって、わたしの可愛いジェニー」

「ママっ!?」


 今度ははっきりと聞こえた。お兄ちゃんじゃない女性の声。記憶の奥底に眠っていた彼女の声が、今、間違いなくわたしの耳に聞こえている。抱きしめてくれている、お兄ちゃんの口から。


「今日はお兄ちゃんを借りて、お祝いしに来たわ。改めて、謝らせて。お祝いできなくてごめんね。先に死んじゃってごめんね」

「ママ……ママぁぁぁっ!!!」


 わたしは泣きだした。しがみつきながら、わんわん泣いた。涙を、抑えられなかった。


「ママっ! ママっ! わたしね、ずっとね、ママに会えなくて寂しかったっ! ずっと、ママと会いたかったっ! こうやって抱きしめて、欲しかったのっ! ずっとっ! ずっと……っ!」

「うん。うん。ごめんねジェニー。寂しい思いをさせて、辛い思いをさせて、本当にごめんね……そしてジェニー。お兄ちゃんを許してくれて、本当にありがとう」


 身体を離すと、ママはわたしに優しく笑いかけてくれた。そしてわたしに、優しくキスしてくれた。


「間違えちゃって、傷つけられたのに、ちゃんと許してあげられたのね。本当に偉いわ、ジェニー。そんなに大きくなったなんて、立派になっていたなんて。あなたはわたしの誇りよ」

「ママっ!」


 ママは一度、わたしから目をそらした。多分、パパの方を見ているんだと思う。目線が合ったのか、ママはうんって頷いていた。


「……ごめんね。もう時間みたい」


 するとママは、もう一度手を広げてくれた。わたしにおいでって、言ってくれてるみたいに。わたしはためらいなく抱き着いていった。


「いやっ! いやよママっ! 行かないでっ! ずっと一緒にいてっ! いてよママっ!」

「大丈夫よジェニー」


 もう一度抱きしめてくれたママの声は、ずっと優しかった。


「わたしはあなたのことをいつも見守ってる。あなたのママは、ずっとあなたと一緒よ。ちょっと喋れないだけ。悲しいことなんてないわ」

「ママっ!!!」

「笑って、ジェニー。わたし、あなたが笑っているところが見たいわ」


 その時、お兄ちゃんの身体が淡く光ったような気がした。まるでママが、いってしまうかのように。わたしは悲しかった。せっかく会えたのにもうお別れなんて、いやだった。こんなに悲しい気持ちで、笑うなんて無理だと思った。

 でも。


「は、は……HAHAHAHAHAHAっ!!!」


 笑った。頑張って、笑った。だってママが、笑って欲しいって、言ってたから。


「ありがとう、ジェニー。あなたは笑っているのが一番可愛いわ。パパとお兄ちゃんのこと、よろしくね。ウチの男連中は、時々頼りないとこもあるんだから、あなたがしっかりしてなきゃ駄目よ? ……ねえ。ママのこと、好き?」


 ママがそう聞いてくる。答えなんて、決まってる。


「好きっ! 大好きっ! 愛してるっ!」

「ありがとうジェニー」


 ママの光が、強くなった。


「わたしも愛してるわ。可愛い可愛い、わたしのジェニー……」

「ママぁぁぁっ!!!」


 ふっと、光が消えた。わたしは最後まで、ちゃんと笑えてただろうか? 頬を伝った涙は、ママに見つかっていなかっただろうか? でももう、ママは答えてくれない。

 程なくして、お兄ちゃんが口を開いた。


「……んんっ、あれ? 今、意識飛んでたような気が」

「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ!!!」


 わたしは抱き着いているお兄ちゃんを呼ぶ。何度も呼ぶ。嬉しくて嬉しくて、何度も何度も呼ぶ。


「ありがとう、お兄ちゃん。ママに、会わせてくれて……お兄ちゃぁぁぁんっ」

「えっ? い、いや。僕はママの恰好してるだけで……」

「ノア」


 やがてパパが、お兄ちゃんを呼んだ。パパも、泣いていた。


「ありがとう、ノア。久しぶりにママに、ステファニーに会えた。お前の、お陰だ……ッ!」

「え、えええッ!?」


 全然理解が追い付いていないお兄ちゃん。そっか、ママはお兄ちゃんに入ってたから、ママが来てくれたことが、解らないんだ。でもママに会えたのは、間違いなくお兄ちゃんのお陰だ。


「みんな見てたーっ!?」


 嬉しくって嬉しくって、わたしはパパの持ってたマイクをひったくると声を上げた。一番欲しかったものをくれた、わたしの自慢のお兄ちゃん。それをみんなに自慢したくって仕方がなかった。


「最高のプレゼントをくれたのっ! これがわたしのお兄ちゃんよっ! こんなにカッコ良くて、可愛くて、素敵なお兄ちゃんなんて他にいないわっ! わたしのお兄ちゃん……ううん。わたしだけのお姉ちゃんよっ!!!」


 わたしの声に、会場中のみんなが反応してくれる。羨ましいーッ! いいなーッ! ノアたんペロペローッ! って周囲からいっぱい声が飛んでくるわっ! ノアたんを愛でる会っていう連中が大弾幕を張ってるわねっ! 凄いっ! キモイっ! キモ過ぎるわっ!

 でも、ふふーん、だ。誰がなんと言おうと、お姉ちゃんはわたしのものなんだからねーっ!


「えっ? あっ、いや、僕はお兄ちゃんで。でもこの格好じゃ、否定できなくて。えっと、あれ?」


 んもう、困惑してる姿も可愛いっ! ズルいわっ! 流石はわたしのお姉ちゃんねっ!


「あとでみんなでケーキを食べましょうっ! わたしの十歳のお誕生日会は、まだまだこれからよっ! みんないっぱい楽しんでいってねーっ! わたし、わたし……」


 一気に息を吸い込んで、お腹の底からわたしは声を出した。


「わたしジェニファーっ!!!」

「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」

「HAHAHAHAHAHAっ!!!」


 今日は本当に人生で一番の日になった。だから笑った。大きな声で笑った。お姉ちゃんもパパも、笑ってた。来てくれたみんなも、笑ってた。そしてママも笑ってくれているような、そんな気がしていた。

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