第二話⑤ 君との出会いは運命だったんだよ。特に信じてもいない神に誓っても良いね。


「剛毛で筋肉モリモリマッチョマンとか、パパみたいで普通に不潔」

「男の癖に女みてーになよなよしてるアイツが気に食わん」


 僕とゴンザレス。同じクラスになった互いのファーストインプレッションは、最悪だった。僕からしたら手入れもしてない体毛に盛り上がった筋肉。自分とは違って男臭さ全開のゴンザレスに対して、男らしさへの憧れと嫉妬が混ざったかのような心地があった。だからこそ、誰にでもあげつらえるような欠点を突いて、文句を言ってた。

 そしてゴンザレスも、僕に対して良い思いをしてなかった。男の癖に女の子とばかり仲良くして、腕っぷしも弱く、女の子みたいに綺麗な僕のことを、彼は気に食わないって思ってた。


 互いが互いを敵視して、ロクに会話もしなかった僕たち。そんな僕たちはとあることがきっかけで、無理矢理にでも話さなきゃいけないことになった。


「た、た、助けてぇぇぇっ!」

「なッ!?」


 ある日。川辺で小さい女の子が溺れちゃってたんだ。それを発見したのは僕。でも僕には、水に対するトラウマがあった。溺れて、水を飲んで、苦しかった思い出。最初なんかはお風呂にすら入れなくて、シャワーの度に泣いてたくらいだ。ようやく普通にお風呂に入れるようになってきて、プールサイドで足をつけるくらいになったばかり。

 そんな僕は彼女を見つけて警察に通報したけど、自分じゃ全然助けに行ける気がしなかった。だって、水が、怖かったから。


「……ま、ママ」


 だけど僕は、あの日のことを思い返していた。溺れていた僕を助けに来てくれたのは、同じく泳げないママだった。ママも泳げないのに、必死になって僕の方まできてくれて。

 そうして、僕は助かったんだ。今を、生きられてるんだ。


「ぁ、ぁぁぁあああああああああああああああああああッ!!!」


 僕は無理矢理声を上げて、自分を奮い立たせて、飛び込もうとした。いつ応援が来るのかも解らないし、それまであの子が無事である保証もない。あの子は今、目の前で苦しんでいる。水の苦しみを、息ができないあの恐怖を。感じているんだって解ったから。

 だけど、飛び込めなかった。トラウマが脳みそにこびり付いていて、全く足が前に出なかった。まるで全身を鎖で締め上げられているかのように、その場から一歩も動けなかった。ただただ、溺れてる女の子を目にするだけだった。


「何やってんだ馬鹿野郎ッ!!!」


 やがて、そんな声と共に僕の横を通り過ぎていく大きな影があった。ゴンザレスだった。


「ップハァッ! おい、無事か?」

「けほっ、けほっ」


 彼はその剛腕で女の子の元まで行って引っ掴み、そのままこちらまで戻ってきた。ようやく陸に上がれた女の子は、咳をしながら水を吐いてこそいるものの、意識もしっかりしているみたいで大事はなさそうだった。

 無事を確認したゴンザレスも水から上がってくる。そして僕を見るや否や、怒髪天を衝く勢いで怒ってきた。


「何してたんだよテメーはッ!? 女の子が苦しんでんのに見て見ぬふりか、あああッ!?」


 事情を知らないゴンザレスからしたら、安全圏に居るだけだった僕のことが気に入らなかったんだろう。自分より先に見つけておいて、何もしようとしなかった僕が気に入らなかったんだろう。

 それは頭では解ってた。でも僕はそれ以上に、溺れかけたあの記憶があった。怖くて怖くて、足がすくんでしまっていたんだ。


「うるさいッ! 僕が助けようとしなかったとでも思ってるのかッ!? 僕は昔溺れかけて死にそうになったことがあるんだッ! それがトラウマで泳げないんだッ! 助けたくても、動けなかったんだよッ!」


 そんな自分の思いを、ゴンザレスにぶつけた。僕だって、ただ見てた訳じゃないんだ。助けたくて、何かしたくて、たまらなかったんだ。

 でも、出来なかったんだ。ゴンザレスは僕のその言葉を受けて、目を見開いている。


「……そうかよ。オメー、カナヅチだったんだな。何も知らねえままに怒鳴って、悪かった」

「ッ!?」


 するとゴンザレスは素直に謝ってきた。僕は心底ビックリした。大きな身体を僕よりも低い位置にまで頭を下げて、彼は謝罪しているんだ。こんなにも、素直に。

 僕はその時、彼の強さを思い知った。ピンチに颯爽と危険に飛び込める勇気。間違ったことを素直に謝れる度胸。それは本来、なんてことないことなのかもしれない。誰にでも出来ることで、殊更褒められるようなものでもないのかもしれない。


 でも、それを実践できる人なんて、そんなにいるのだろうか。ここまで真っ直ぐに生きていける人なんて、これまでいたであろうか。ゴンザレスという人間が、僕にはどうしようもなく大きく見えた。それは物理的な意味ではなく精神的な、人間的な意味で。

 その後は駆け付けた救急隊員達によって女の子も保護され、病院に搬送されることになった。ゴンザレスも一応検査を受けることにはなったが、検査の結果は幸いにしてどちらも異常なし。僕とゴンザレスは、女の子の両親からお礼と頭を下げられることになった。


「ねえ、ゴンザレス」

「んだよ?」

「僕を友達にしてくれないか? 君みたいに、強く、なりたい」


 一通り終わった帰り道。僕はゴンザレスに向かってそう言った。今度は僕が頭を下げる番だった。ゴンザレスはビックリしていた。


「何言ってんだよオメー? 泳げるように教えて欲しいとか、そーゆーのは水泳教室のティーチャーにでも頼めよ」

「違うよ、そんなことじゃない。僕は君みたいになりたいんだ。君みたいな、大きな人間に」

「身長伸ばしたきゃ、鉄棒にでもぶら下がってろ」

「そういう意味でもないさ。君は僕の憧れ。そういう話さ」


 引き下がるゴンザレスに向かって、僕は食い下がる。その後も何度もかわそうとしてくるゴンザレスだったが、僕はずっと食いついていた。こうなりたいって、生まれて初めて思ったから。だから君を、逃しはしない。


「あー、もーッ! わーった、わーったよッ! じゃあオメーは俺のツレだッ! それでいーんだろッ!?」


 遂に根負けしたのか、ゴンザレスは僕の方を見ないままにそう言い放った。僕は心底、嬉しかった。


「うんッ! これからもよろしくね、ゴンザレス」

「ったく、なんで俺がこんなオカマ野郎なんかに……」

「オカマじゃないよ、僕は男だ」

「んな見た目してて良く言うわ」

「こんなの誰だってできることさ。何なら、君にも教えてあげようか? お洒落とお化粧の楽しさをさ」

「ハアッ!? いらねーよ、んなもんッ!」


 でもそれからしばらくして、一回だけって言ってやらせてもらったら、ゴンザレスはゴンちゃんになった。まさかこんなにハマってくれるなんて、僕も思わなかったけどさ。

 何はともあれこの日から、僕たちは親友になったのさ。未だにゴンちゃんには届かないけど、あれからちょっとでも、僕は大きくなれたのかな? 自分じゃ、全然解らないや。



「終わったわよ~、ノア。あ~ん、服が汚れちゃった」

「お疲れ様、ゴンちゃん」


 昔話から戻ってきたら、ちょうどゴンちゃんが全員を殴り倒した後だった。返り血をもらった服を気にしているゴンちゃんに、特に怪我をしている様子はない。相変わらずだね。


「にしても。どうして僕は女の子って見られるんだろうね? ホントに不本意だよ」

「それってジョークで言ってるのよね?」


 愚痴交じりにそう呟くと、ゴンちゃんが真顔でそう返してきた。ジョークのつもりはないんだけどなぁ。

 それはともかくとして。僕は改めて、ゴンちゃんに笑いかけた。


「いつもありがとう。あの時から、ゴンちゃんには助けてもらってばっかりだね」

「んまッ! なんて綺麗なお顔なのッ!? そんなことないわよ~。アタシだってノアにいっぱい綺麗になる秘訣を教えてもらってるんだからね。そのお陰で、今じゃ美女ビューティーなんて言われるくらいになったんだ、も、のッ! 感謝するのはアタシの方よ~ッ!」

野獣ビーストって言われてるのは、しばらく教えない方が良いね)


 うん。夢見る乙女と化してるゴンちゃんだから、もう少し幸せな夢を見させてあげよう。その方が、誰も傷つかないからね。


「それでもさ。君には感謝しかないんだ。僕はまだ、弱いままだからさ」

「あら。ノアだって強くなってるじゃない。今日だって、プールサイドまで来られたのよ?」


 少し自虐的になった僕に対して、ゴンちゃんはそんなことないと返した。


「今日は事故もあって溺れかけたけど、その前にノアが自分の意志で水辺まで来れた。トラウマがあるのに近くまで来れたってことは、とても凄いことなのよ? まだまだみんなには及ばないかもしれないけど、そんなこと気にしちゃだーめ。ノア自身がどうあれたか、それだけを気にしていなさい。自分じゃない他人なんて、どうだって良いのよ」


 ゴンちゃんのその言葉に、僕は目頭が熱くなるのを感じた。どうなったのであれ、僕は今日、水の近くまで行くことができた。それだけで、進歩なんだって、教えてくれた。

 そっか。僕、あれから少しでも進めてたんだ。


「それに来月なんでしょう? 妹のジェニファーちゃんのお誕生日。そこで話すって、決めたのよね?」

「……そうだね」


 続けて彼が話題に出したのだ、来月に迫ったジェニーの誕生日会についてだった。今度で十歳になる彼女。僕にはそこで、やることがある。


「大丈夫、かな。僕は、ちゃんと……」

「大丈夫よ、ノア。貴方なら、できるわ」


 もう一度不安に苛まれた僕に対して、ゴンちゃんは笑顔でそう言い切った。僕ならできる、と。それが嬉しくて、たまらない。


「どうしよう。僕、君へのありがとうが、止まらないんだ」

「止めなくて良いわ。いつでも受け取ってあげる。代わりに、またお洒落とお化粧、教えてね。持ちつ持たれつってやつよ。そうやって友達していきましょッ! アタシ達は、そういう仲で良いのよ」


 彼の言葉に、僕も笑った。そうさ。僕達の友達付き合いは、こういうので良いんだよ。君と僕。まるでパズルのピースみたいにピッタリだね。


「これからもよろしくね、ゴンちゃんッ!」

「こちらこそよろしくね、ノアッ!」

「んじゃ、僕らの友情の証として。とっておきの無添加高級マヨネーズを君に……」

「ノーセンキュー」

「HAHAHAHAHAHAッ!」


 そしていつか親友を僕と同じマヨえる戦士にしてみせるッ! 僕はそう心に決めたよ。一番の友達の君だからこそ、僕の一番好きなものを解ってもらいたんた。覚悟してね、ゴンちゃん。

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