序章

第1話 踏み倒し追放

「うるさい! お前みたいな役立たずはもう追放だ!」


「……それは俺が貸した経験値を踏み倒すということか?」


 ダンジョンでの突然の通告。

 俺は呆然となって立ち尽くす。


 貸した経験値を返す返さないの問答の果てでの通告だった。


「ああ、それは迷惑料として受け取っておいてやる」


 所属している冒険者パーティーのメンバーは俺を含めて4人である。


「一人当たり1,000万もの経験値をか? その1,000万もの経験値があったからこのパーティーはプラチナ級へと上がれたんだろうが!」


 俺からそれぞれメンバーたちへの1,000万の経験値の貸与によって、レベルが70台で停滞していたメンバーは一気にレベル80台まで上がれたという事実があった。


「プラチナ級に上がれたのは俺たちの実力だよ。それに俺たちはお前に経験値を借りたんじゃない。借りてやったんだ。役立たずの弓師のお前を少しでもこのパーティーで役に立たせる為にな!」


 俺は弓師だ。弓師は外れジョブと言われている。理由はレベル20台まではまだ使えるが、それから先のレベル帯では攻撃力が弱すぎて同レベル帯の敵には牽制的にしか使えない為だ。レベル80を超えてマジックアローを覚えるとかなり強いという話だが、外れジョブと言われている弓師をそこまで上げた奇特な人間は、ほぼ皆無とも言われている。


 しょうがない。俺に適性あったのが弓師しかなかったのだから。


 そして経験値貸与。


 これは俺が1年前に取得したユニークスキルの名で、経験値貸与の制限と仕様は以下の通りとなっている。


 ・自分が保持している以上の経験値を貸すことはできない。


 ・経験値を貸与すると当然自分の取得経験値が下がるので場合によってはレベルも下がる。


 ・経験値を保留して溜めておける。それを貸してもレベルは下がらない。


 ・利息は相手の同意を得れば自由に設定できる。


 ・得られる利息に上限はない。


 ・経験値は貸与だけでなく譲渡できる。


 ユニークスキルである経験値貸与を最初取得した時、パーティーメンバーたちはしょうもないスキルだと言って馬鹿にしていた。一体それが戦闘の何の役にたつのだと。だが、俺は試しにと翌日から冒険者ギルドの冒険者たちに経験値を借りないか声をかけてみる。すると想像以上に食いついてきた。


 一番経験値を欲しているのが〜40レベル帯を突破できない層で、50万も貸してやれば一気に50レベル帯まで上がれるためだ。次々に貸してほしいとの声上がり、瞬く間に冒険者ギルドで評判となった。それを見たパーティーメンバーたちは手のひらを返して、自分たちにも経験値を貸して欲しいと言ってきたのだった。


 メンバーに貸した経験値は今までで一人当たり累計1,000万を超える。


 俺たちの元の冒険者ランクは金級。金級でも国単位で数組というレベルなので大したものだが、プラチナ級はこの国では俺たちの冒険者パーティーしかいない。それ以上のダイアモンド級となると世界でただ一つの冒険者パーティーのみが到達しているという状況だ。1,000万経験値など一気にプラチナ級の80レベル台まで上がれるような経験値でその価値は計り知れないものがあった。


 ちなみにレベルと冒険者ランクの関係は以下の通りとなっている。


・レベル〜20台

 銅級


・レベル30〜40台

 鉄級


・レベル50〜60台

 銀級


・レベル70台

 金級(国単位で数組)


・レベル80台

 プラチナ級(この国では一組。世界で数組)


・レベル90台

 ダイアモンド級(現在世界で一組)


・レベル100〜

 神級(現在世界に0組で伝説のランク)


「それにここで追放するとはどういうことだ?」


「どういうこともこういうこともねえ。お前とはここでお別れだ」


「お前らに経験値を貸しているせいでレベル20台なんだぞ俺は? そんな俺がここで別れられたら生きてこのダンジョンから出られないだろうが!」


「知らねえよ、そんなのは。弱いお前が悪い。それだけの話だ」


 冷たい笑みを浮かべながらパーティーリーダーのディーンは告げる。剣士のディーンはその剣を鞘からは抜いていないが、腰からは外し、両手を据えて地面に突き刺すような形でその剣を据え置いている。念の為の牽制であろうか。口調はそうでもないが、気配から警戒していることはわかる。


 他のパーティーメンバーたちもニヤニヤとしながら俺とリーダーとのやり取りを眺めている。こいつらはこんなリーダーの言に対してほんとに何も思わないのか?


 ここは適性レベル60のダンジョンの20階層ほどある所の内、10階層ほど潜った所だ。レベル20の俺がこんな所で置き去りにされたら、死ねと言われているようなものだった。


「……これはパーティーメンバー全員の総意なんだな?」


「役立たずが抜けてくれるのはありがたい。そもそも弓師が冒険者になろうなんて考えを持つのが、愚かとしか言いようがないしな」


 攻撃系魔術師のルディが冷淡に言い放つ。人によって態度を変える人間で自身の利益に関係のないものに対しては冷淡なタイプだ。その冷たい視線をあざ笑うかのように俺に向けている。


 最初、まだパーティーメンバーが10レベルにも満たない時にこの冒険者パーティーは結成された。そして後衛の牽制、並びに、奇襲役が欲しいと弓師の俺が誘われたのだ。そこから随分と考えが変わったものだ。


「正直、レオンに治癒魔法かけるのすこい嫌だったんですよね。いつもタダ飯食べさせるみたいな感じがして。はっきり言って魔力の無駄ですし。まあ、弓師なんて生きる価値もないんだからここで死んで頂いた方が社会にとっても有益でしょう」


 パーティーの中で紅一点の治癒系魔術師カトリーナが冷淡に言い放つ。


 肩を露出させ、胸元をはだけさせた独特の魔術師のローブを着て、周りに色気をふりまいている。こんな身なりをしているが聖女らしい。この女の聖女らしいところなどみたことなどないが。


「ということでこれがメンバーの総意だ。ま、なんでここで死んでくれや。お前が死んだからと言って社会には何一つとしてデメリットないわけだからさ」


「むしろ、役立たずの弓師を間引いてやったんだから善行じゃね?」


 弾かれたようにメンバーたちの嘲笑が起こる。


 経験値の踏み倒し。そしてパーティーメンバーからの追放。この二点については途中から態度が変わってきた、こいつらならいつかやりかねないという予想はついていた。


 しかし、まさか殺そうとまでするとは……。


「……分かった、なら行けよ。ただ一言言っておくが……


 俺は歯を食いしばってうつむきながら告げる。


「後悔? するわけねえだろ! やっと役立たずのゴミクズとおさらばできて、せいせいするわ!」


「寄生虫の宿借り君とは今日でおさらばですわ。その顔を今後見なくていいと思うとせいせいしますわね」


「じゃあな、ゴミクズ。借りている経験値はこのまま有効活用させてもらうぜ! お前みたいなゴミクズの汚点を俺たちの歴史から消して、この後はさらなる高みに上り詰めてやる!」


 メンバーたちは踵を返し、ダンジョンをもと来た方向へと戻っていく。


 奴らの姿と足音と俺への嘲笑が聞こえなくなった後――





「…………まさか、ここまでクズだとはな」


 俺はそう呟き顔を上げる。そして――


 《経験値割当:500万》


 俺は保留経験値を自身に割り当てる。すると俺のレベルは一気に71まで上がった。


「よし」


 俺は自身の身体の底から溢れてくるような力を実感する。


 奴らがまさか俺を亡き者にしようとまでするとは思わなかった。だがこんなこともあろうかと奴らに貸した経験値とは別に、保留経験値として500万を経験値として別途溜めていたのだ。経験値を保留して溜めておけることは奴らには伝えていない。


 レベル71あれば弓師とてこのダンジョンから抜け出すだけならまず問題ないだろう。


「さて……」


 念願の冒険者パーティーの脱退だ。まあ、あいつらからしたら追放か。


 あいつらと冒険者パーティーを組んだのは2年前のことだった。パーティーメンバー全員がレベル20台になってから、急激に俺への態度が変わってきた所から脱退を考えていたのだ。


 無能に役立たず。今日なんかはタダ飯食らいに寄生虫の宿借り君とまで言われた。今まで俺に吐いた暴言の数々。それだけならまだ許せもしたが、あまつさえ殺そうとまで……。


「まあ、とりあえずは別の所に行ってレベリングかなあ」


 今まで拠点としている都市エルドモント。中程度の都市で中堅の冒険者パーティーが集まり、過ごしやす都市ではある。だが、元の冒険者パーティー暁の流星が拠点としている都市でもあった。その時がくるまでは俺を亡き者にしたと思っている奴らには、なるべく会わないようにしたい。なので近隣の同程度の都市ヤスミンに拠点移動しようと思う。


 ヤスミンはエルドモントよりどちらかと言えば冒険者の初心者が多い都市。経験値貸与によってより多くの経験値が稼げるはずだ。そうすれば俺自身はダンジョンに潜ったり、魔物を狩ったりしなくても自動的に経験値を得ることができる。


 必要なレベリングができた後は、経験値の販売を行おうとも思っている。これは下手をしたら冒険者ギルドなど、既存の利権を保持している勢力から敵視されるかもしれないので慎重に行わないといけない。権力を持っている貴族からも狙われる可能性があった。


 今まで経験値貸与をしてきた感触だとニーズは確実にあり、事業としてはかなり有望なのではないかと思う。そこまでの仕組みがもし構築出来たら、労せず経験値を取得して、労せずお金も得られるようになるはずだ。一種の俺だけの特別な能力による不労所得である。


 よし、奴らが去ってからしばらく待ったので、俺もダンジョンの出口を目指して歩き出す。


「見てろよ……いつの日か俺は…………」


 冒険者ランク最高峰の神級の冒険者。現在の世界にその高みにまで登れた冒険者は一人もいない。


 危険領域という冒険者ギルドで定められている領域がある。その領域区分は複数あり、危険領域、即死領域、暗黒領域と難易度が上がっていく。そんな中、過去、最高峰の神話領域まで到達し、踏破した伝説の冒険者がいた。その冒険者のみが得られた称号が神級。


 幼い頃にその冒険者の伝説を吟遊詩人から聞かされ、神級の冒険者になるというのを俺はずっと密かな目標としてきた。その冒険者は不可能と言われていたレベル99を超えていたとも伝えられている。


 もしかしたら俺も経験値貸与によってレベル99を超えられるのではないか? そして神話領域。今ではそれがどこかも分かっていない領域であるが、そこを踏破し、俺も神級になれるのではないか? 夢物語かもしれないが密かにそんなことも期待している。


 そしてこの経験値貸与というスキル。


 利息として経験値を得られる。経験値を譲渡することで金銭を得られる。この二つのメリット以外に後一つ、経験値を譲渡することで俺だけの最強パーティーを組めるのだ。


 弓師以外にもレベリングがしにくい種族であったり、ジョブであったりと、不当に扱われているという事例は多く有る。できれば自分と同じようなそんな境遇の人たちをパーティーメンバーに加えて救っていきたい。そして俺だけの最強の冒険者パーティーを結成するのだ。


「ああ、そういえば……」


 経験値貸与の仕様を一つ忘れていた。


 経験値貸与は強制執行というサブスキルがあり、踏み倒そうとしても強制的に利息と貸した経験値を取り返せるのだ。サブスキルとは思えないような強力なスキルである。


 ちなみに元のパーティーメンバーたちにはそれぞれ利息はトイチで貸している。3ヶ月もすれば元金の倍以上の借り入れとなる。半年もすれば借り入れ値は4,000万を越え、1年を過ぎると3億を越えるはずだ。借り入れ値3億などその状態で強制執行したら保有経験値は間違いなくマイナスになるだろう。


 そうなったら一体どうなるんだ?


 弓師で長かった不遇な時代。そして恵まれなかった仲間たち。今日追放を告げられた時に強制執行をしてもメンバーたち全員を倒すことはできただろう。だがそれでは一線を越えた奴らに対して俺の気がすまない。


 俺の胸に灯った復讐の炎が燃え上がる。

 

 奴らがベストな状態な時に、散々に俺を馬鹿にして蔑んでいた奴らを弓師の俺が完膚なきまでに叩きのめすのだ。俺のことを蔑み、騙し、そしてあまつさえ殺そうとしたその借りをすべて返してやる。そしてその後に強制執行を行って、奴らに経験値を返済させるのだ。最後には精神的にもとどめを加えて奴らの冒険者としての人生を殺してやる。


 未来への期待に胸を踊らせながら、自然と俺のダンジョンを脱出しようとする歩みが早くなってくる。


 先々が色々と楽しみである。





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