第6話 教育という名の暴力支配
それから数日後。
「それでは…………はい、こちらで貸与終了です」
「え!? これでもう?」
ギルド内の一つのテーブルで俺は冒険者パーティーと向き合っている。
「はい。レベル上がってると思いますので確認してみてください」
「ほんとだ上がってる!」
「すげーほんとにレベル一瞬で54まで上がった!」
彼らは驚きとともに喜びの表情を浮かべる。今回貸与した経験値は50万。トイチの利息で3ヶ月以内の返済予定だ。
「それじゃあ返済できるようになったらまた声かけてください」
「はい、ありがとうございました! よし、これで俺たち一気に銀級だぞ!」
「どれだけ強くなったか試しにいこうぜ!」
意気揚々と冒険者パーティーは去っていく。
ワイルドウルフの討伐後、実績を残してその実力をある程度証明した俺はさっそく経験値貸与の営業活動に入った。ヒョードルたちが突然レベルを上げたのも俺の経験値貸与によるものだと知った所も大きかったのだろう。すぐに評判となって次々に顧客が付き、経験値を貸与した冒険者はこの町だけですでに20人を超えている。
ただ俺は誰にでも経験値を貸している訳ではない。貸す条件として成人で冒険者経験が3年以上、レベルが30以上のものだけに貸している。経験が少ないものに貸すと事故につながる可能性が高いと思われるからだ。ハントたちにも経験値貸与をせがまれたが経験も少ないし、まだ子どもだということで断っている。彼らは経験値を貸与なんかしなくても十分強くなれるはずだ。
さて、顧客も増えて管理も一人では難しくなってきた。できたら商人も仲間にしたい。その前に商人でなくても普通の仲間が欲しい。さすがに宿屋から冒険者ギルドまでの道程で迷子になることはないが、行動範囲が現状随分と制限されてしまっている。
「ぎゃあーーーはっはっはーー!!」
耳障りな嘲笑の声が届く。ヒョードルたちは相変わらず昼間っから酒をくらって愉快そうに歓談している。前回の言い合いから少し剣呑な雰囲気を醸し出していたが、どうやら今日は機嫌がいいらしい。よろしいことで。エルフ少女のニーナも所在なさげに彼らと一緒のテーブルに座っていた。
カランコロン
ギルドのドアが開く音。そちらに何気なく目を向けるとここ数日姿を見せていなかった、ハントたちの姿が見える。
「おーー…………」
と俺は声をかけようとするけど様子が何かおかしい。少年たちは一様に顔を少し腫らして下を向いて暗い顔をしている。
「おい! クソガキ!!」
ヒョードルのその言葉にハントたちはビクっとなる。
「…………はい」
「挨拶は? 冒険者ギルドの先輩たちがこうしているんだろうが!」
「…………ヒョードルさん、おはようございます」
ハントたちはそういうと一斉にヒョードルたちに頭を下げる。彼らの握りしめられた両拳はプルプルと震えていた。
「よし、行っていいぞ。っあ、後で酒のつまみ買いに行かせるからちょっと待ってろ」
「それだったら私が……」
「ニーナ、てめえは黙ってろ!」
ハントたちは下を向いたままギルドのテーブルの一つに腰を下ろす。
「…………どうした?」
俺はハントたちのテーブルに歩み寄り声をかける。彼らは下を向いたまま答えようとしない。ヒョードルたちはニヤニヤとした嫌らしい笑みを俺たちに向けていた。ハントたちがヒョードルたちに何をされたのか大体の想像はついた。
俺は次にヒョードルたちのテーブルに向かい、近くの椅子を引いてきて彼らの近くに座る。
「あいつらに何をした?」
「ああーー? 何をしたって?」
ヒョードルたちはニヤニヤと喜悦の笑みを浮かべている。一方ニーナは神妙な顔をして下をうつむいている。彼女もよく見ると顔が少し腫れていた。
「ちょっと生意気なクソガキに教育をしたやったのよ。先輩、目上の人間に口の聞き方を教えてやったってわけだ」
「すいませんでしたー、もう生意気いいませんー、って涙流して鼻水垂らしながら命乞いしやがってよ! はははっ! 傑作だったぜあれは!」
ヒョードルたちは弾けるように嘲笑を上げる。ハントたちに目を向けると、彼らは下を向いたまま肩を震わせている。
「まあ、俺らも鬼じゃないからな。泣きわめいて俺の靴まで舐めたんだ。そこまでしたら許してやろうって気になるじゃねえか?」
「嘘つけ! お前自分で靴舐めさせておいて、俺の靴汚すんじゃねえってガキの顔面蹴り上げてだろうがよ!」
「鬼畜だぜ鬼畜!」
「それによお、」
「もう止めてください!」
ニーナが下を向いたまま大きな声で抗議する。
「なんだあ? てめえもまた同じように教育的指導受けてえのか?」
「あんなの……教育でも指導でもなんでもありません! ただの虐待にいじめです!」
「よーし、てめえはまだ指導が必要なようだな」
ヒョードルが立ち上がろうとしたその時、俺は彼らの会話に横入りする。
「ニーナ、前も言ったが俺の仲間になる気はないか? こんなクズどもといつまで仲間でいるんだ?」
ニーナはその顔を俺に向ける。ヒョードルたちの剣呑な視線が俺に突き刺さる。
「それは…………」
「こんなクズどもに何の気を使ってるのか知らないが、君に良心があるなら俺の所に来てくれ。これは最終勧誘だ。選ぶのは君次第だよ」
「………………」
ニーナは瞠目して考え込む。途中何度か首を振りながら、それから数十秒が経過して彼女は瞠目していたその瞳を開くと――
「私でよければよろしくお願いします」
「あーー!? てめえ何言ってやがる!」
ヒョードルたちは気色ばむがそれを無視して、
「よろしく!」
俺はニーナと固く握手を交わす。
「ちっ、奴隷が一人いなくなるからまた探すか」
「いや、その4人のガキが新たに俺たちの奴隷に加わったからいいだろ!」
「違えねえ! おい、レオンてめえロリコンか? そんなペッタンコの色気もクソもねえ、実力もねえメスガキをよく仲間にしようと思うな?」
「まあ、穴が開いてるには開いてるからそれ使うんじゃねえのか、このロリコンは?」
ヒョードルたちはまた大きな嘲笑を上げる。
「お前らに貸してる経験値、明日までに返済しろよ」
「………………」
嘲笑は止み、ギルド内に静寂が訪れる。ヒョードルたちの表情が剣呑なものへと変わる。
「じゃあ、ニーナ行こうか。一つ近くの岩山に生息してる一角獣討伐の依頼を受けてるから」
俺は
「おい、お前らも一緒に行くぞ」
俺はハントたちのテーブルに歩み寄り告げる。
「え……でも……」
ハントたちはヒョードルたちに怯えた視線を向ける。
「下を向くな前を向け! 胸を張って堂々としろ! お前たちは何一つとして間違っちゃいない!!」
「兄ちゃん……」
ハントたちはヒョードルたちへの恐怖からだろう、葛藤し逡巡している様子だ。
「大丈夫……。大丈夫だから俺を信じてくれ」
少年たちはその腫れた顔を見合わせる。そしてそれぞれが頷くと一斉に椅子から立ち上がった。
「おい、どういうことか分かってるんだろうなあ? また教育が必要かあ?」
ヒョードルたちのその言葉にハントたちはビクッとなるが、
「子どもや女性に暴力を振るうのがお前らのいう教育か?」
「相手が強いからって芋引いてちゃ冒険者は終わりなんだよ。どんなにレベルが開いてようが、絶望的な戦力差があろうが、諦めて、心折れちゃいけねえ。それを教えてやったのよ」
詭弁だろう。後でその言葉が真実かどうか確かめてやる。
「……大丈夫だ。無視しろ。ほら先に進んで」
俺はハントたち、ニーナを先に進ませてギルドを出る。そのギルドを出る途中、ヒョードルたちのテーブルを通りすぎる所で、
ガラガラガッシャーーーンッ!!!
俺はヒョードルたちのテーブルに並べられている酒瓶を横薙ぎに弾き飛ばす。酒瓶やグラスが割れる音がギルド内に響き渡る。
「経験値の返済は明日までだ。耳揃えて返しにこいよ!」
「てめえ…………」
今にも飛びかかってきそうなヒョードルたちを無視して俺はギルドを出た。
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