第7話 激突

 ギルドから町を出て岩山に向かう最中、しばらく無言の時が続く。


「……なんで俺に相談してくれなかった?」


 俺のその問いかけにハントは下を向く。


「兄ちゃん強いけど、やっぱり弓師だから……。知らせてもあいつらに敵わないだろうし、迷惑かかるだろうからって……」


 申し訳無さそうにハントは述べる。気を使ってくれたのだろうがそれは不要な気遣いだった。


「あいつら俺たちがいつまでも泣き入れないとみたらサラのこと人質に取りやがって」


「ごめんなさい……」


 サラはすでにその目に涙を溜めている。


「サラは別に悪くないよ」


 少年たちは慌ててフォローする。


「人質って?」


「いうこと聞かなきゃサラの腕へし折るって。あいつらがさっきも言ってたとおり、靴を舐めろって…………おれだちがよわいがらいうごどをぎぐしかなぐて…………」


 悔しさがこみ上げてきたのだろう。途中からハントは必死に涙を堪えながら説明する。


「くづなめざぜられで…………あいつらのこと、ごしゅじんざまっでいわざれで……」


「もういい」


 聞くに堪えない。俺は説明を止めさせた。


「ごめんなさい……止められなくて……」


「ニーナねえちゃんは悪くねえよ。止めようとして殴り飛ばされてたんだから……」


「ニーナはどうしてあんな奴から離れなかったんだ?」


 俺のその質問を受けてニーナは少し躊躇した様子を見せるが、


「私、冒険者になろうと最初いろんな仲間を募集してるパーティーに参加希望してみたんだけど、低レベルの経験の浅いエルフはいらないってどこも断られて。そんな中、私を受け入れてくれたのが彼らだったの。その恩があると思ってたらから辛くても我慢してたけど……。彼らは私を受け入れたんじゃなくて、最初から私は奴隷として考えられていたみたいだね……」


 ニーナはむせび泣く。ニーナのその姿がまた騙され裏切られた俺の姿と重なる。


 みんなの間に陰鬱な空気が流れる。そうこうしている内に岩山が見えてきた。


「よし、それじゃあこの辺りで待機するぞ」


 俺は近場の適当な岩に腰を下ろす。


「え? 兄ちゃん、一角獣の討伐に来たんじゃ?」


「ああ、あれはでまかせだ」


 今日、俺はとくに依頼を請負っていなかった。


「? ……じゃあ、なんでここまで?」


「まあ、待ってろ。多分もう少ししたら来るから」


 怪訝そうにしているニーナと少年たち。不承不承という感じで彼らも近くの岩場に腰を下ろす。西の空には大きな積乱雲が流れていた。それはまるで大きな山一つを飲み込めるほどの大きさの積乱雲だった。


「ひぃっ」


 奴らの姿を最初に確認した少年から小さな悲鳴が上がる。


「えっ? なんで?」


「まずいぞ、後ろは岩山で逃げ場がない」


 ハントたちに動揺が広がる。


「俺を信じろ。信じてくれ」


 ニーナと少年たちの視線が俺に集中する。


「あいつらとは今日ここでかたをつける。俺を信じてくれ……」


 一人ひとりのその視線と俺の視線とが合う。彼らは無言で頷いた。


 さて。


 返済期限を切って追い込み、屈辱も与えた。ヒョードルたちが少年たちやニーナにしたように、俺に対しても暴力での支配を試みようとすることは自明のことであった。


「どうした? めずらしく討伐任務を受けたのか?」


 俺は一人、前に出て奴らを迎える。


「レオン、お前はほんとに気に食わねえ野郎だな。最初に見た時から気に食わなかった。まあそれも今日までだ」


「てめえはここで殺す。ガキどもとは違ってな。経験値を返せだあ? クズジョブの弓師が誰に物言ってやがる」


「経験値を借りてやったのはてめえが弓師からだよ。返す訳ねえだろ? 最初から踏み倒すつもりで借りてんだから。自ら寿命を縮めるように俺らに喧嘩売りやがってよ! 後悔させてやるよッ!!」


 剣士であろう男は剣を抜く。ヒョードルは拳を鳴らしている。こいつは拳闘士か……。後の一人は魔術師のようであった。


「おい、ヒョードル。最初は俺にやらしくれ。お前がやったらすぐに終わっちまうかもしれないからよ」


「いいけど、俺もいたぶりたいからすぐには殺すなよ」


「ああ、分かってるよ」


 奴らは俺が弓師であるというだけで自分たちは負けることなどつゆほども考えていないようだ。自信満々に加虐心が透けて見えるような笑みを浮かべ、わかりやすい殺気を発しながら剣士の男はゆっくり近づいてくる。後5歩、後3歩…………後1歩となった所で急に素早く踏み込み、


「おらぁ!!」


 右上段斜めから俺の肩口にかけて剣を振り下ろす。


「えっ!?」


 剣士の男は信じられないものを見たといった視線を俺に送る。俺は剣士のその剣を二本指で軽く受け止めていた。


「な、なめんなぁッ!!」


 中段、下段、上段から振り下ろしの下段と剣士は連続攻撃を仕掛けてくるが、今度俺はそれを指一本で防ぐ。奴らと俺は10レベル以上のレベル差がある。スピード、パワー、防御力も奴らとは比べ物にならないほど俺の方が高かった。


「ち、ちきしょう! なんで弓師がこんな!?」


 自信満々だった剣士は焦燥と動揺を見せはじめる。ヒョードルと魔術師も驚きを隠せない。


「お前ら一人でも高レベル帯の人間と模擬戦すらやったことないんだろ? こんだけレベル差があったら弓師云々とかはもう関係ないよ」


「う、うるせいっ!!」


 性懲りもなく剣士の男は斬りかかってくる。


「ぐぅええええええええ」


 踏み込んできた剣士に合わせて俺の放った拳が奴の腹部に突き刺さる。たったの一撃で奴は目に涙を溜めて腹を抑え、その場にうずくまる。俺は腰を落として剣士と同じ視線の高さまで自分の視線を落とし、


「あいつらに靴を舐めさせたらしいな。お前にも舐めさせてやるからちょっと待ってろ」


 剣士の男にそう告げたその時、

 

 《氷槍アイスランス


 密かに詠唱をしていた魔術師から放たれた氷槍アイスランスが俺に迫りくる――――が俺は魔法の発動と同時、間髪入れずに弓矢放ち、氷槍アイスランスを粉々に破壊する。


「なっ!? 今のを防ぐだと?」


「こそこそ詠唱してんの聞こえてんだよ」


「ぐっ! ヒョードル! ちょっと時間を稼いでくれ!」


「魔法詠唱したいんなら、存分にどうぞ。俺はじゃましないぞ」


「後悔するなよ!」


 そういうと魔術師は両手を広げながら魔法詠唱をはじめる。すると少しずつ魔術師を中心に辺り冷気が立ち込めはじめる。先ほどの氷槍アイスランスを一回り小さくしたような氷槍アイスランスが、無数に周囲に顕現される。魔術師の周囲一面が氷槍アイスランスに覆われ、その数を数えるのも時間のかかるような数が顕現された後、


「馬鹿め! お前はもう終わりだ! 俺が習得したユニーク魔法を喰らえ!」


 氷槍雨アイスランスレイン


 氷槍アイスランスが一斉に俺めがけて飛んでくる。その数と密度はその名の通り雨あられのようであった。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!


 連続した爆発音の後には、霧散した氷片と冷気とで周囲の視界が遮られる。まるで煙のような冷気が立ち込める。


 それがしばらくして消えて視界がクリアになった時。魔術師の目の前に現れたのは傷一つ負っていないレオンの姿だった。


「ば、ば、ば、ば、馬鹿なっ!!! 今のを防げるはずが、防げるはずがあっ!!! クズの弓師なんかにぃ!!! …………ぐぼぉっ!!」


 みぞおちに拳撃を加えた後に顔面に裏拳も一つ。


「うっ!!」


 地面に膝をついた魔術師の鼻からは血が地面にポタポタと流れ落ちる。


「あいつらにご主人様と言わせたって? お前はあいつらをどんな風に呼ぶのが屈辱的だ? 同じようにご主人様って呼ばせてやろうか?」


「おらぁ!!」


 そこに突然、ヒョードルが加えてきた拳撃によって地面に小さなクレーターのような穴が穿った。辺りには土煙が舞う。

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