第31話 進軍開始

 王妃は一枚の報告書をプルプルと震える手で持ちながら見ている。そしてその報告書から顔上げると、


「至急、アクセレイ公爵を呼びなさい。潰して欲しい新興勢力があると伝えて」


「かしこまりました」


 命じられた執事はすぐさま王妃の部屋を退去する。


 その王妃が手にもつ報告書には王族への献上金リストが載せられており、その上位にリディア王女が後援を務めるレオン商会が載っていたのであった。




 

「お呼びに上がり参上いたしました」


 王妃にひざまづきアクセレイは口上を述べる。


「下賤な平民の娘のリディアが後援を務めるレオン商会とやらがひどく儲けているらしい。知っているか?」


「はい、存じ上げております」


 アクセレイはレオンより融資を受けて面識があるので、当然知っている。

 

「レオン商会を潰せ。こちらに取り込めるならそれでもいい。万が一でもリディアが王宮内で立場を強めるのを避けたい」


 偏狭的にリディアとその母を嫌う王妃はその目を血走させながら命じる。


「御意にて。ただレオン商会の後援にリディア王女殿下がいらっしゃる限り、公爵の私ではやれることに限度があります」


「向こうがリディアを出してくるなら私の名を出してもいいぞ」


「その場合は王まで話がいってしまう可能性があるかと」


「確かにのう……」


 王妃は手にもつ扇子を閉じて口元によせて少し考え込む。


「経験値貸与とかでこのレオンは儲けておるんだろう。それに税をかけられないか?」


「……確かにそれはいいアイデアでございます。その税の徴収という形で我々が出向き、その時に向こうが抵抗したとしてレオンを排除することも可能かと」


 瞬時にアクセレイは悪知恵を働かせる。


「よし、それでいこう。財政法の細かいところまでは王は感知しない。王の耳に入る前に片付けるのだ。その時にはお前のところの……」


「はい、プラチナ級の冒険者である息子のルディを向かわせます。それでまず間違いないかと」


「完璧だ。それではよろしく頼むぞ」


「御意にて」


 こうして王妃と公爵の企みのもとレオン商会へとその魔の手が伸びることなった。

 

 


 

 バッサーノ公爵領の領兵のうち腕が立つものが20名ほど集められたある日。その領兵の一人であるカーボンはなんの指令をくだされるのかと欠伸をしながら指揮官の到着を待っていた。そんな中、一人の男が広場に表れ領兵たちがざわつく。


 男は領兵たちの正面まで歩を進めて対面する。魔術師のローブを着ておりその瞳からは冷たい光が放たれていた。


「諸君、招集ご苦労。私を知らないものに自己紹介をすると私はルディ = バッサーノ。バッサーノ家の次期後継者である」


 次期後継者って長男のブレンダン様じゃないのか、などの声が領兵たちから上がる。ブレダンは剣士でもあるため領兵たちの合同演習に参加したこともあり、領兵たちに顔が知られていた。


 カーボンは何の面識もなく初対面で偉そうな態度のルディに対して嫌悪感を抱く。それにルディの服装から彼は魔術師だと推測される。魔術師程度が俺たちの指揮をとるつもりか? との反感も湧いてきた。騎士は魔術師に、魔術師は騎士に反感を持つことが多いが、伝統的にこの騎士団ではそれが顕著にあらわれていた。

 

「何点か注意しておく。私の許可なく口を開くな。私の前でクズで無能な兄たちの名前を出すな」


「ですがわれ……」


 一人の領兵がルディに口をはさもうとしたその時――――


 激しい音を立てて一瞬の内に落雷がその領兵に降り落ち、領兵はプスプスと黒焦げとなって絶命して倒れる。その光景に息を呑む領兵たち。


「私の許可なく口を出すなといったはずだ。私に逆らうもの、いうことを守れないものはこうなる。ぬるい軍法会議にかけたりはしない。私が上官である以上は私が絶対的な法である。心しておくように」


 カーボン他領兵たちの背筋が自然と伸びる。

 

「今回我々はレオン商会とかいう税を滞納している不届き千万な商会に天誅を下しにいく。王都の警備局には我々の活動は事前に通告してある。職務の遂行に遠慮はいらん。存分にやりたまえ」


 ルディは整列した領兵たちの前を後ろ手を組みながら右へ左へと歩を進めながら説明する。


「抵抗するものは殺せ! 私が殺せといったものも殺せ! 今回の作戦はもちろん現当主アクセレイも了承済みであるし、王妃殿下の許可も頂いている。何を行ったとしても免罪符はすでに発行済だ」


 カーボンは領兵になってからその力と権力とを存分に振るってみたいと密かに願っていた。ルディの言葉からその願いが叶うかもしれないという暗い欲望が頭をもたげる。


「レオン商会のものであればお前らの判断で殺してしまっても構わぬ。殺し奪い犯せ。レオン商会は今日をもって壊滅させ、この世から消滅させる。主のレオンの死をもってそれを完遂される。レオンには手を出すな、私の獲物だ」


 領兵たちは期待に満ちた眼差しをルディに向けている。


「後知らないものの為にいっておくが私はプラチナ級の冒険者だ、何も怖いものなど無い。逆賊のレオン商会より法も権力も武力もすべて我々の方が上だ、私についてこい! …………それでは声を発することを許可する!」 


 うぉおーーーーっという領兵たちの咆哮が広場に響く。カーボンも併せて咆哮を発する。気分が昂揚する。何をやっても許されるという想像はそれだけでも一種の快感だった。


 ルディは高揚した兵士たちの様子に暗い笑みを浮かべる。実はルディは洗脳魔法を途中から領兵たちにかけていた。人が通常持つ倫理観を無視してルディの言葉を全面的に指示する洗脳魔法だ。


 こうしてルディ率いる一団は馬に乗り込みレオン商会に向けての進軍を開始した。

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