第17話 激昂

「かんぱーーい!」


「「かんぱーーい!」」


 俺の乾杯の音頭にライラとニーナは応え、それぞれが手に持った飲み物のグラスが重ねられる。俺たちは宿屋の食事スペースでお疲れ様会を開催していた。


「いやー、レオン商会順調っすね。顧客も500人を超えて、次は1000人っすかね」


「ライラのお陰だよ。俺とニーナじゃこんなの無理だもん」


 ライラは紹介者特典を導入して顧客たちのクチコミ力を更に強めた。その効力もあってか商会設立から5ヶ月程度という僅かな期間で、2000万以上の経験値がすでに溜まっている。更にまだお試しということだが、お金での経験値利息の買い取りの方も試験導入しており白金貨で1枚相当の報酬を得ている。そちらも相当筋がよく儲かりそうな気配がしていた。


 ちなみに金貨が3枚あれば成人男性一人が1ヶ月は楽に食べていける金額で、金貨100枚が白金貨1枚に相当する。


「ただ、そろそろこの町では手詰まりになってきたっすかね」


 この町ティラナでは経験値貸与に興味を持ちそうな冒険者にはすべてといっていいくらいにすでに貸し出しており、クチコミで近隣の都市からも多くの冒険者が集まっているという状況であった。冒険者ギルドの方では突然、町の冒険者たちのレベルが底上げされたということで、俺たち存在は中央の統括ギルドの方にも知られて注目されてきているらしい。


「じゃあ、次はダガール王国の王都かな?」


「そうっすね。前にも伝えてた私の師匠もいますし、ちょっと勝負かけたいっすね。やっぱ王都はこの地方の町、ティラナとは比べ物にならないくらいの冒険者の数と経済規模があるっすから」


「そうかあ、それは楽しみだな。じゃあ、引っ越しいつに……」


 と、俺がそこまで話した途中で、


 バターーーンっと大きな音を立てて宿屋のドアが開け放たれる。なんだデリカシーのない奴がいるなとそちらの方向へ目を向けてみると、そこには体中泥まみれでボロボロのハントの姿が見えた。俺は思わず飛び上がるように椅子から立ち上がる。


「ハント、どうした!?」


 ハントは俺たちの姿を確認するとその顔をぐしゅぐしゃに歪め、その瞳に一気に涙を溜めて、


「にいぢゃん、だずげで…………」


 そういうとその場に力つきたようにハントは崩れ落ちた。




「せいやぁ!」


 夜道を走る馬に鞭をいれる掛け声。俺と一緒にハントが、その後ろには同じように乗馬したニーナとライラが続いている。夜空には満月が顔を出し、控えめな明かりを灯して夜道を照らしている。


「どう、どう! …………あそこだな」


 夜にも関わらず多くの篝火が灯されている場所。事前に町の人間に聞いてきた領兵たちの詰め所がある場所だ。馬屋の前の道端に多くの領兵たちの姿が確認できる。俺たちは近場に馬を止めて、そこに向って走る。


「あーん、何だあお前ら?」


「あっ、その仮面!」


 ハントが道端に無造作に置かれている黒仮面を指差す。

 

「あ!?」


 領兵は慌てて黒仮面を隠す。詰めが甘いな。

 

 俺はライラに領主の財務状況などを調査してもらうのと同時にその周辺についても調査をお願いしていた。領主が奴隷売買を行い、その片棒を領兵たちが担いでいたというのは分かっていたこと。もっと早くに動いていればと悔やまれる。


「連れ去った少女たちはどこにいる?」


 俺は単刀直入に問いかける。


 すると領兵たちはニヤニヤとした視線を馬屋へと向ける。その様を見てハントが馬屋に向ってダッシュする。


「おい、ハント!」


 俺のその声を無視してハントは馬屋の入り口を開け放つ。そしてその馬屋の中に広がっていた光景は…………。


「なんだ? 2回戦に突入しようって時に」


 突然の闖入者にシーザーと他の男たちがずり下がったズボンを履き直す。


「うううわあああああああああああああッ!!!」


 ハントは悲鳴のような叫び声とともにシーザーに剣を抜いて斬りかかる。


 シーザーはすぐさま傍らの剣を抜く。まずい!


 ガァキィイイーーーンッ!!!


 剣が弾かれる金属音が辺りに響く。


 俺が咄嗟に放った弓矢はシーザーがハントを斬り捨てようとした剣に命中した。シーザーの強烈な殺気に当てられたハントはその場にへたりこむ。


「ライラ、ニーナ! ハントと少女たちを頼む! おい! お前らはこっちにこい」


 シーザーたちは意外にも余裕の笑みを浮かべながら素直に俺の言葉に従う。数と実力から万が一にも負けるとは思っていない。彼らの表情とその余裕からそう思っているであろうことが伺える。


「ぐぞぅおおおおおおおお、ごろじでやるーーーー!」


「落ち着くっすハント! 今のハントじゃ無駄死にするだけっす!」


 ライラが必死にハントをおさえる。


 馬屋の中にいる少女たちの中にはハントの妹のサラの姿もあった。


 俺の怒りのレッドラインもとっくに振り切れている。


「まだお楽しみが残っていたとはな。おい、お前ら、俺がやるから手は出すなよ」


 シーザーは配下にそう命令して俺と対峙する。


「あのねこ耳もいるじゃねえかぁ。なんだ今日はついてるな。それにしてもお前、弓しかもってないが、もしかして弓師か?」


「……それがどうした?」


 シーザーは無言で自分たちの仲間を見渡す。そして――彼らから一斉にドッと嘲笑が沸き起こる。


「ぎゃはあははははッ! 弓師だとよ。自殺願望でもあるのかよお前!」


「冒険者じゃあゴミジョブでも通用するのかもしれないけど、俺ら兵士には通用しねえぞ!」


 次々と領兵たちから嘲りと罵倒の声が飛ぶ。


 すると一人、二人……と突然、領兵たちは倒れる。「なんだなんだ」 と目を丸くして慌てふためく領兵たち。そんな中でもシーザーは、

 

「なかなかのスピードだな。弓師にしとくのはもったいねえ」


 領兵たちが倒れたのは、俺が目に止まらぬスピードで弓で射ったからであった。シーザーの目にだけが俺のその動きを捉えていたようだ。


「黙れ……」


「あっ?」


「黙れーーッ!! 畜生にも劣る人間のクズどもが!! 純真な子供の心を踏みにじり、残虐な行為に手を染めるお前らは絶対に許さないっ!!!」


「面白え! 許さなきゃどうするってんだぁ!! 今日はほんとについてるぜぇ。てめえみたいなリベンジ野郎を返り討ちにできるとはな!!」


 こうしてレオンと領兵頭シーザーとの戦いの火蓋は切られた。

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