第9話 歓待
「もうこれくらいでいいでしょ、レオン兄ちゃん」
ハントたちの足元にはボロ雑巾のようになったヒョードルたちが転がっていた。
「ひぃー、ひぃ、ひぃいいいい、すいません、すいません、命だけは、あっあっあああああああ、ひぃいいい、すいません、すいません、……」
まるで熱病に侵されて気が狂ったかのようにヒョードルは命乞いの言葉を繰り返し唱えている。もうこいつらは冒険者としては終わりだ。命までは取らない。経験値負債を負わせたままこの先の人生を送らせるのだ。そうさせることで今までこいつらがやってきた所業の報い、償いとなるだろう。
「よし、じゃあ帰るか」
「てか、レオン兄ちゃん、強制執行っていう能力持ってんだったら早く言ってよ!」
「そうよレオンお兄ちゃん! 負けたらどうしようってヒヤヒヤしてたのに! あんな能力あっていっぱい経験値貸してるんだったら絶対に負けないじゃない!」
ハントたちはプンプンしながら俺に抗議する。そりゃあ、そう思うよなあと思いつつ、
「ごめんごめん。あんまりまだ大っぴらにはしたくなくてさ。奥の手としてとっときたかったんだよ」
「そしたら…………罰として一度、俺たちの家に来てよ」
「え?」
「ねーーいいでしょーー。ママにもレオンお兄ちゃん一度連れてきてって言われてるのー」
それは招待してもらってるってことでいいのかな。何か歓待してくれるってことだろうか?
「もちろんニーナねえちゃんも一緒な!」
「今回もまた兄ちゃんに救われたし、返そうとしてもなかなか返せないぜ、この恩」
「恩を返そうなんてと思わなくたっていい。ただお前たちがこれから先に成長して同じように困っていた子たちがいたら助けてやってくれ」
「「「うん!!」」」
ハントたちは目を輝かせながら同じように返事をする。
「それより俺たちの招待、受けてくれるの!?」
「招待受けてくれなかったら俺たちの気が済まないぜ!」
「ねーいいでしょーレオンお兄ちゃんーー」
ハントたちに手を取られて甘えられる。仕方ない、お呼ばれすることにしよう。
「分かったよ。招待を受けよう」
「やったーっ! じゃあ、母ちゃんに腕によりをかけてもらわなきゃな」
「サラも料理頑張るんだから!!」
「これから準備に忙しくなるな!」
いやいや準備ってあんまりしてもらっても恐縮しちゃうんだけど。でもまあ、これにて一件落着。新たな仲間のニーナもできたし、追放からの再出発としてはなかなか順調だとも思う。憂いがなくなり、嬉しそうに帰り道をはしゃいでいるハントたちの様子を見ていると俺まで嬉しくなってきた。
ガタゴト、ガタゴト
馬車が土道をゆっくりと進んでいる。西の空はちょうど太陽が沈む所で美しいグラデーションによって空を染め上がっている。
「おいしかったねー、料理。あんなに歓迎して感謝してくれるなんてねー」
「うまかったなー。ちょっとお招きしてもらうぐらいの気持ちだったのにあそこまで歓待されて恐縮しちゃったよ」
「ははは、レオンがびっくりして恐縮してる様子、おもしろかったよ」
俺とニーナは二人で馬車の荷台で揺れている。ハントたちの歓待を受けての帰りだった。村からティラナまでの帰り道。十分歩いて帰れる距離だから必要ないと言ったが、聞き入れてもらえず馬車を手配してもらってこうして町に今帰っている。
歓待をしてくれるということでハントたちの家族が集まったささやかなものかと事前は思っていた。だが村に着いてみると入り口から村人総出で迎えられ、歓迎の花輪をかけられ、村を上げての祭りのような感じの歓待であった。ハントたちへの報酬で村全体が生き永らえたこと、そしてハントたちをヒョードルたちから救ったことで英雄視されてしまったのだった。
「そのうち、レオンの銅像とかつくられるかもねあの村」
「勘弁してよ」
今は大丈夫みたいだが村の状況はハントたちに聞いてた以上に厳しいらしい。この圧政が続けばそのうち限界を迎えて反乱を起こさなければならないかもしれないとも漏らしていた。反乱を起こさなければ餓死するのみなので、反乱を起こすしかない状況に追い込まれるかもと。
この世界は階級が絶対だ。庶民は貴族に逆らうことはできないし、下位の貴族は上位の貴族に逆らうことはできない。逆らうときは命がけですべてを敵に回さなければならない。そうならないことを願うのみだった。
「そうだ! ヒョードルから返済された経験値、ニーナに譲渡してあげるよ」
「じょ、譲渡?」
俺は経験値が譲渡もできることをニーナに説明する。
「えっえっ? そんなの悪いよ! レオンが貸してたものなんだし!」
「いいんだよ。俺があげたいと思うんだから。それにヒョードルたちの経験値はニーナが受け取るべきだという気もするし。それじゃいくよ!」
「えっちょ、ちょっと……」
《
俺から発せられる経験値の光の粒がニーナにもたらされる。
「ひぁあっ、ひぁあーーんっ!」
ニーナは素っ頓狂な声を上げながらもどこか恍惚の表情を浮かべている。光の粒がすべてニーナにもたらされ、まるでそこだけ特別な証明に照らされていたような空間も元に戻る。
「え、こ……これで……わっ! すごい!!」
鑑定で確認すると……よかった、はじめての譲渡で少し不安だったが、譲渡前のレベル30から譲渡後にレベル60までしっかり上がっている。ステータスは…………おお、人族だったらレベル70台はあるのじゃないかというステータスだ。
「私がレベル60……人と比べてあんなに上がりにくかったのに…………ありがとうレオン!!」
弾けるような笑顔をニーナは向けてくる。
「どういたしまして」
俺たちのそんなやり取りとチラリと見やった馬車の操者はまた前を向いて、夕焼けの中、馬車を走らせ続ける。
村からティラナの町までの道のりは牧場地帯が続いている。放牧している家畜を小屋に追い立てているであろう、牧場人たちの姿もちらほらと見受けられる。そんな中、先の街道で一台の馬車が止まっており、その周辺に人が群がっている。なんだろう? ほとんど人が通らないような田舎道のはずだけど。
「話が違うっす! お金貸してるんだから耳揃えて返してもらわないと困るっす!」
どうやらネコ耳でしっぽを生やした獣人族の女性が馬車に乗っている人間に抗議しているようだった。
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