第36話 秘密の研究所

 数年前のこと。


 森の中にひっそりと佇むように建つ一軒の邸宅。邸宅の広さと大きさから貴族が住むものだとは分かるが、ほとんどの人はなぜこんな人気のない森の中に隠れるようにと疑問に思うだろう。人気がないだけでなく、人が住む一番近い集落まで数十分かかるという辺境だった。


 コンコン


 そんな辺境の邸宅を訪れる一人の小柄な黒のシルクハットをかぶり黒のスーツをきた男が一人、邸宅のドアをノックする。


「ひっひっひっひっ、商品をお届けに参りました」


 男の傍らにはさるぐつわで喋れなくさせられて、手に手錠をかけられている一人の少女の姿があった。


「おおーー、待ちかねていたぞ! さあ来い! …………料金の方はバッサーノ家から?」


「ええ、アクセレイ公爵様より頂いております。こちら手錠の鍵になります。それでは」


 邸宅の扉が閉じられる。


「こっちに来い」


 邸宅は3階建てで20近くの部屋があろうかという大きさだ。玄関ホール正面には3階まで上がる吹き抜けの階段があった。少女はその階段ではなく一階の一室に連れられると、男はその壁にたてかけられている燭台を右に半回転回す。


 すると本棚が横にスライドし、その奥から地下に繋がっているだろう階段が現れた。


 階段を降りると貴族の邸宅からは一転して何かの研究所のような様相へと変わる。通路には棚が置かれ、そこには何か不気味なものが液体に浸されて瓶に詰められて並べられている。通路突き当りの部屋の扉が開かれる。


 そこには地下とは思えないような広い空間が広がっていた。どこから伸びているのからパイプが縦横無尽に中央の巨大な金属製の容器へと繋がっている。金属製の容器にはガラスの窓がつけられており、その中を満たしているであろう小金色の液体を確認することができた。


 その部屋にも棚が置いてあり、こちらの棚には何かの実験に使うと思われるような器具が所狭しと並べられている。


 他にも中央の金属製の容器の前には人が寝転ばせるような台が置いてあり、その台の上にナイフが並べられている。またその台の所々に血のようなものがついており、それを見て少女はぞっとする。


 だがもっと恐ろしいのはその部屋に吊り下げられている何かだ。少女にはそれが何かはわからないが、それが何かの生物の一部分であるということは分かった。棚にも生物の標本のような瓶もいくつか見受けられた。


 少女は小さな街の出身である日、何の前触れもなく奴隷商に攫われた。特に変わった能力などあるわけでもなく、家柄も一般庶民のどこにでもいるような少女だ。


 少女は男にさるぐつわを外される。


「それではまず問診をはじめよう。持病はなにか持ってるか? 最近体調が悪かったりすることはないか?」


 自己紹介も何もせずに男は唐突に少女にたずねる。


「おうぢにがえしでぐだざいーー」


 少女は泣きながら答える。


「そんなことを聞いているわけではない。病気を持っているかどうかを聞いている」


 その少女の言葉に男は無表情に言葉を返す。話の通じない男に少女の顔がさらに恐怖でそまる。


「ひっく、どぐにびょうぎはないどおぼいます。ひっく」


「よろしい」


 そういって男は台からナイフを手に取る。


「いやだぁーー、ごろざないでぇーー」


 少女の懇願を無視して男は――――





 男は巨大な金属容器の中の液体に浸された少女に目を凝らしている。少女は目を閉じその液体に全裸で浮いている。


「遂にだ……いよいよだ……」


 そういって男は金属容器の傍らの魔導機械を操作する。金属製の容器の上部からプシューという音がした後に金属容器を満たしていた液体が徐々に抜かれていく。


 液体がすべて抜かれきった後に男は金属容器の扉を開く。その中に倒れている少女の頬を少し叩く。


「おい、大丈夫か? 意識はあるか?」


 少女はぱちりと目を見開く。そして容器内を眺め、そして男に目線を向ける。


「よーし、よし、目覚めたな。じゃあこちらに来い」


 金属容器から少女を連れ出し、部屋に立たせる。全裸の少女の身体は部屋の灯りによって妖しく照らし出される。


「ああ、すばらしい」


 そういって男は少女の身体を視覚だけでなく触りながら確認する。一方の少女はされるがままで無表情である。


「魔力は…………素晴らしい量を秘めている! 初級魔法を少し使ってみろ。威力を最大限抑えてな」


「初級魔法…………」


 そう呟いた後に少女の目が小さく光る。その後に手をかざすと。


火弾ファイアボール


 彼女の手の先からは火弾ファイアボールが排出された。


「素晴らしい、実験は成功だぁ! やはり私は間違っていなかった。神をも恐れぬこの所業によっては私は頂点に君臨するのだ! 今に見てろよ、私を追放したものたちよ…………この研究を更に進化させていつの日か私は神の使徒たちを作成してみせる!!」


 男のそんな一人で盛り上がっている様子に少女は不思議そうに顔を傾ける。


「ああ、すまない。お前はまだなんのことだか分からないよな。お前には俺の指示を従順に聞くだけの知能と記憶しか残していないからな」


「……私は……記憶が……ないのです……」


 片言のように少女は言葉をつむぐ。


「お前が私の使徒、第一号だ。そうだ、まずはお前に名前が必要だな……」


 男はそういって少し考え込む。


「そうだ、お前の名前は……」


 少女はその美しい肢体を晒しながら無表情に佇んでいた。

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