第24話 迷子の二人

「さてと。ここはどこだ?」


 ダガール王国の王都の一角で周りを見渡しながら俺はそうつぶやく。呟く俺の目の前を多くの王都の人々が通り過ぎていく。


 ティラナから本拠点を移すために王都に到着し、一旦宿をとって冒険者ギルドにニーナとライラと一緒に向かう途中のことであった。ちょっと目を離したすきに。いや、ちょっと目を離されたすきに俺は迷子になってしまった。今では元いた宿屋も場所や方向さえも全く分からない。さて、どうしたものか……。


「絶対叱られるなあ、ライラに。なんて言い訳しよう。そうだ、困っている人がいたから助けたがいいな。でも誰をっていわれたらどうしよう……」


「きゃあっ! ああ、返すのです! それはソフィの宝物なのです!」


「お宝だなんていわれて返す訳ねえだろうが、この馬鹿女がぁ!」


 道行く女性がカバンをひったくられたようだった。ひったくった男は猛スピードで逃げ、それを女性は走って追いかけている。気がつくと俺はその二人を追っていた。男は大通りから裏路地に入っていく。


 右に左に、塀を越えて柵を超え、途中花壇を踏み潰し、洗濯竿を倒して抗議の声を聞き、女性に追いつき追い越せで、びっくりした表情で俺を目で追う女性を横目に、俺は遂に男を捕まえた。


「ち、ちきしょう! なんだよ、てめえは! あの女だけなら絶対まけたのに!」


 よし、捕まえた! そこへ息を切らさた女性が追いつく。


「はあはあ、私のバックを返すのです!」


 女性は男からバックを奪い取る。そのバックを開くとそこからは白い何かが出てきた。


「きゅぅーーーーーー」


 そう鳴き声を上げる何かは真っ白な小さな生き物で女性は大切そうにそれを抱きかかえる。かわいいなあ。


「もう大丈夫なのです。キュイはソフィとずっと一緒なのです」


「ま、まさか、そいつは耳うさぎか? そんなものの為に俺は……」


 ひったくりは肩を落とす。耳うさぎは主に草原に生息する草食の動物だ。大きな耳をしており、その耳で空を飛ぶことができる。変わりにといってはなんだが、動きはうさぎにしては随分と鈍く、肉食動物の餌食となることが多い動物だった。もふもふにふわふわなかわいいその姿。触りたいな……。



 

「…………さてと」


 衛兵が近くにいたのでひったくりを引き渡した後。ソフィと自分で名乗った女性はキュイと呼ぶ耳うさぎを抱きながら、俺と対面している。そういえば彼女に冒険者ギルドまで連れて行ってもらえばいいのだと俺は思い立つ。大切なペットを救ったのだからそれぐらいしてくれるだろう。たぶん。


 ソフィは薄い青色のショートカットをしており、その瞳の色も青い。種族は人族で陶磁器のような白く艶のある肌をしていている。年の頃は俺よりは年下だろうが、10代は超えているかもしれない。くりっとした青い瞳がキュートであるがどこか中性的な魅力も感じられる女性だ。それでいてどこか脆さや儚さも感じられてそういった背反性が彼女の魅力を更に際立たせていた。

 

「そのソフィでいいよね。俺はレオン」


「レオン……私はソフィなのです。それは覚えているのです」


 名前なのにそれは覚えている? 変わったことをいう娘だな、と思いつつ。


「あのよかったら冒険者ギルドまで案内してくれない? 昨日王都に来て、ちょっと迷っちゃってさ」


「……それは無理かもなのです」


 ナンパをしてると思われたのだろうか。そんなつもりはないのだけど。


「私は記憶喪失でキュイと私の名前以外何も覚えていないのです」


「えーー?」


 ソフィは純粋な目をして俺にそういう。嘘をついているようには見えない。その手に抱いているキュイも「きゅぅーーーぃ」 と返事をするかのように可愛らしく鳴いている。困ったなそれは……。


「どうしよう…………」


 その時、ぐぅーーーという音がソフィのお腹から聞こえた。

 

「い、今のは……ソ、ソフィではなくてキュイの鳴き声なのです!」


「きゅぃ?」

 

 その音なんて出してないけどっといわんばかりにキュイは鳴く。

 

「キュイはお腹が空いたみたいなのです。よって何か栄養補給が必要なのです」


「…………じゃあ、とりあえず腹ごしらえにいこうか。お金はある?」


「ソフィの所有物…………友達はキュイだけなのです!」


「きゅぃ!」


 ソフィはおけらということね。じゃあ、俺も腹減ってるし丁度いい。俺は目に入った適当な飲食店にソフィを連れていった。



 

「むぅ……」


 ソフィは飲食店のメニューとにらめっこでもするかのように真剣に向き合っている。そうしてメニューから顔を上げると、


「なんでも頼んでいいかもですか?」


「なんでも頼んでいいかもです」


「ひゃあああああああ、どうしましょうキュイ? このパフェというのも美しい甘味で捨てがたいのですが、でもこのクリームパスタも、ああ、このページはみんな高いのです! 一つ5枚以上の銀貨するのです、こんなのいけません、いけません!」


 そこでまたぐぅーーーっという音がソフィから聞こえる。


「そ、そんなにお腹が空いているのですか、キュイは。全くしょうがないのです」


「きゅぃい!」


 キュイは抗議の声を上げる。ソフィはそうこうしながらなかなかメニューを決められないようだった。


「じゃあ、いっそのこと食べたいもの全部頼んじゃえば」


 俺がそう提案すると、


「いひぃいいいいいいい」


「きゅぃいいいいい」


 ソフィとキュイのコンビはオーバーリアクションを取る。


「すいませーん」


 俺はウェイターを呼び、自分の注文とソフィが欲しそうにしていた食べ物を全部頼む。


「他に何か欲しいものある?」


「じゅ、十分なのです!」


「きゅぃい!」


 ソフィは背筋を伸ばすようにして、期待に胸をふくらませるように目を輝かせてそうこたえた。

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