第13話 仲介人
レオン商会が設立されてから3ヶ月後。
フレドリック = マクルーハンの邸宅にて、とある会食が行われていた。室内にはカチャカチャ、とナイフとフォークで食事切り分ける控えめな音が響いている。
「それで…………」
長テーブルを二人で専有し、お互い、端と端に座っている方の一人が口火を切る。
「統治の方はどうだ? 順調か?」
白髪に白い口髭を生やした初老の男性が問いかける。この順調か? という問い。これにはわしがお前に貸した金の返済は問題ないか? という問いも暗に含んでいた。
「はい、問題ございません。全て順調。アクセレイ様にお借りした金貨100枚も期日には利息を含めてお届けできるとかと思います」
「ふむ……」
その返答に満足そうにアクセレイ = バッサーノはナイフで切り分けた肉を口に運ぶ。
フレドリックとアクセレイはお互い貴族である。ただ階級はアクセレイが公爵でフレドリックが伯爵とアクセレイの方が上だ。当然、アクセレイに借りた借金が返せないなどということがあればフレドリックは大変な目にあう。実際フレドリックは肝を冷やし、冷や汗をかいているがそれがアクセレイにバレないように必死にハンカチでその汗を拭う。
「お前が始めた事業。女王様も期待されておる。ゆめゆめ失敗のないようにな」
「はっ、心得ております」
フレドリックはポーカーフェイスでそう答えはするものの、それは初耳のことであった。
(女王が!? くそっ! 余計なことを……)
上に知られれば知られるほど下のものの取り分は減る。おそらくご機嫌取りで自らの財布が傷まないフレドリックの事業だからこそ、自分の加点のために女王に伝えたのだろう。
ワイン用のブドウの生産。それがフレドリックが新たに始めた事業だ。領地が気候的にワインの栽培に優れていると言われたこと。それにワイン用のブドウの値段が近年値上がりがめざましく、貴族連中がこぞって参入していたことが事業参入判断の決定打となった。
良質のブドウの苗の購入のためにフレドリックは、必ず儲かるからと口説き落としてアクセレイから資金に金貨100枚を借り受けた。ブドウ畑の労働は領地の税金を払いきれない農民などに税金の支払いの代替として一部無償で労働させたりしている。それにも関わらず肥料代、運搬費、初期投資などを含めると大幅な赤字になることがすでに確定している。
その一番の理由は今まで交戦状態だった他国との和平が成立し、その国から価格破壊ともいえるような安価で高品質なブドウが輸入されることになったからだった。品質が劣り、値段も高いフレドリックのブドウが買われる理由がない。作れば作るだけ赤字という最悪の状況だった。
フレドリックはちらりとアクセレイを盗み見る。
もし借金が払えなければ領地と爵位没収……だけでは済まないだろう。命もとられる。それもアクセレイの怒りを少しでも鎮めるためにあらん限りの苦痛を与えられた上で。アクセレイとはそういう男だということが長い付き合いであるフレドリックにはわかっていた。
なんとしても金貨100枚を集めなければならない。
「アクセレイ様、それでちょっと別の話になるのですが。例の仲介人ですが、また派遣頂けないでしょうか?」
「ん? そうか、必要なら派遣するようにいっておこう」
この仲介人というのは二人の間でだけ通じる符号である。
フレドリックは領地から搾り取れるだけ税金を搾り取っている。税金を払えないものの財産があれば没収し、奴隷労働にかりだしている。おそらくこれ以上の税金の徴収は難しいだろう。かといってフレドリックに収益を上げられているような事業はない。今住んでいるこの邸宅も実はフレドリックの持ち家ではない。何年も前に借金のかたに他の者に所有権は移り、フレドリックは賃貸という形で住まわせてもらっている形となっている。フレドリックに現金化できるような財産は一つもないという状況であった。
であれば後、打てる手は一つしかなかった。
その日はなんとかごまかし、アクセレイを気分よく家に帰す。
そしてその数日後。
「お久しぶりでございます、フレドリック様。ご機嫌麗しゅう」
フレドリックたちが仲介人と呼ぶ男が邸宅を訪れる。男は黒のコートに黒のシルクハットをかぶっており、片眼鏡の変わった眼鏡をかけていた。地黒で背が低くしわくちゃな顔をしている。
「久しぶりだな。早速だが、金貨100枚分の商品の出荷を行いたい。今はどういった商品の希望がある?」
「ひっひっひっひっ」
男は不気味に笑う。片眼鏡を少し手にとってその位置を整える。
「現在は若い雌馬の要望がございます」
「雄は?」
「雄の要望はございません。雌のみが研究に必要とか」
「若ければ若いほどいいのか?」
「うーん、ある程度普通にやり取りができればいい、という回答になりますでしょうか」
フレドリックは考えるポーズを取る。しばらく思考した後――
「分かった、近日中に出荷する。追ってまた連絡を入れる」
「かしこまりました。それでは、ご連絡お待ちしております。ひーーひっひっひっ」
男は最後も不気味な笑い声を上げながらフレドリックの執務室を出ていく。
「おい! 誰かいるか!」
男が出ていってしばらくしてフレドリックは家のものを呼び出す。しばらくすると執務室がノックされ、
「入れ」
「失礼いたします」
慇懃に頭を下げながら執事が一人入室する。
「シーザーを呼び出せ。マンハントの時間だと伝えろ」
「かしこまりました」
執事はそう返事をするとすぐさま執務室を退室する。
バタン
扉が閉じられる空虚な音がフレドリックの邸宅に響いた。
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