40. セリーヌの過去

 セリーヌはフローラと幼い頃からの知り合いだった。

 小さい頃のセリーヌは今よりもずっと大人しかった。

 人見知りでいつもおどおどしていて、話すのが苦手な内気な少女。

 それがセリーヌだった。


「セリーヌはいつもビクビクしてるよね」


 そう言ったのはフローラだ。


「ふ、フローラちゃんは自信があって……す、すごいね」

「当たりまえじゃない。私はフローラ・メイ・フォーブズよ。世界一うつくしい少女なのよ!」


 当時のフローラはぽっちゃり……というか、かなり太っていた。

 間違っても美少女といえるものではなかったが、フローラは自分を美少女だと信じて疑わなかった。

 自分で自分のことを世界一の美少女と豪語するのは、さすがフローラと言うべきか……。


 その自信満々な姿に、セリーヌは、


「羨ましいなぁ」


 とフローラに憧れを抱いていた。

 間違った憧れである。


 とにかく、セリーヌは自信に満ち溢れているフローラを凄いと思っていた。


「ふふんっ。セリーヌちゃんを私の友達にしてあげる」

「ほんと!?」

「ありがたく思いなさい。世界一のびしょうじょのお友達よ」

「う、うん! ありがとう!」


 幼い頃、フローラとセリーヌは友人だった。

 人との会話が苦手なセリーヌと人との会話ができないフローラ。

 お互いボッチだからこそ二人は通じ合うことができた。


 それからしばらく経つ。


「フローラちゃん。ハンカチ作ってきたの。貰ってくれるかな?」


 セリーヌはフローラに水玉模様のハンカチを見せる。

 可愛らしいデザインだ。


「セリーヌちゃんが作ってくれたの?」

「う、うん。初めてだからあんまりうまくできなかったけど」

「そんなことないわ! すごいわよ! セリーヌちゃんは手先が器用なのね!」

「えへへ、そうかな。ありがとう」

「まあ私はこの美貌があるから、刺繍なんてできなくても問題ないけどね!」

「う、うん。フローラちゃんは可愛いからね」

「そうでしょ、そうでしょ! お兄様やお父様からも世界一かわいいって言われるわ」


 かつてのフローラは自信に満ち溢れていた。

 そして自分のことを正しく評価できていなかった。

 鏡をよく見てみたら、豚のように太った令嬢がいるのに。

 なぜか、どうしてか、不思議なことに、フローラは自分を美少女だと思っていた。


 この後、フローラは第一王子の誕生日会で盛大にやらかすことになる。

 そうしてフローラとセリーヌは疎遠になった。


 フローラが家に閉じこもっている間、セリーヌは必死に自分の居場所を探した。

 結果としてエリザベスの取り巻きに収まった。

 それもすべてフローラのもとで身についた『おだて力』のおかげである。

 セリーヌは他人に媚びを売ることを覚えていた。

 だからエリザベスの取り巻きになることができた。

 と、セリーヌは考えていた。


 さらに月日が流れ、シューベルト学院の入学式の日。

 エリザベスが取り巻きを連れてフローラのもとに行った。

 取り巻きの中にはセリーヌもいた。


 誰もフローラが豚令嬢だと気づいていない中、セリーヌだけはひと目見てわかった。

 だがフローラの方はセリーヌのことを覚えていなかった。

 セリーヌはショックを受けた。

 それはフローラに忘れられていること……だけではない。

 フローラが美少女になってしまったことに、セリーヌは言い知れぬ不快感を覚えた。

 セリーヌは美しくなったフローラを見て嫉妬心を抱いたのだ。


 さらにフローラが次々と周囲を虜にしていき……。

 セリーヌはフローラに対して憎悪を抱くようになっていた。


 ――昔は豚だったフローラがどうしてちやほやされるのよ。傲慢で自信過剰でただのデブのくせに。フローラが聖女? ばっかじゃないの。あんなのはブタよ。


 セリーヌは昔のフローラと仲が良かったからこそ、今のフローラを認めたくなかった。

 自分でも制御できないほどに負の感情が膨れ上がる。

 そして、それが頂点に達したのがお茶会のときだ。


 セリーヌは同学年で一番華がある男、フレディとカップルになった。

 今までパーティの飾りでしかなかった自分が主役になれる日が来た。

 そう喜んでいたのに。

 カップルがいないフローラを馬鹿にできたのに。


 それなのに、エリザベスがフローラの味方をし始めたのだ。

 加えて、フローラとノーマンをカップルにしようとエリザベスが提案した。

 そんなことになれば、セリーヌは自分の居場所がなくなってしまう。

 それだけは嫌だった。

 もっと自分を見てほしかった。


 そうしてセリーヌは愚かなことを考えた。

 悪魔がセリーヌの耳元で囁いたのだ。


「憎きフローラを害しなさい。そうすれば、あなたは満たされます」


 その声は自分の内側から来る声だったのか。

 はたまた他人の声だったのか。

 セリーヌにはわからない。

 どうでもいいことだ。

 セリーヌは従者にフローラのドレスを汚すように命令した。

 作戦は失敗した。


 フローラがダンスパーティの華になってしまった。

 そうなると、セリーヌなどもはや壁の華でしかなくなり。

 セリーヌは苛立ちを抑えきれなくなった。


 その後、エリザベスが部屋に来てセリーヌを追い詰めた。

 そして、


「夜分遅くに申し訳ありません。フローラ・メイ・フォーブズです」


 憎きフローラがセリーヌの前に現れたのだ。

 セリーヌはフローラを睨みつけた。

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