21. 模擬戦
フローラはすーっと目を細くし、フレディを見据えていた。
お互い訓練用の剣を持ちながら、見つめ合っている。
男と女?が見つめあっているが、当然そこに恋愛の感情はなく。
フレディは敵意を。
フローラは冷たい視線を。
それぞれが相手をやり込めてやろうという気持ちを込めて、睨み合っていた。
審判を務めるのは騎士部の生徒だ。
すらっとした体型であり、妙な迫力があった。
アレックスのような力強さではなく、静かに相手を黙らせるような、そんな迫力だ。
「そうだ、賭けをしないか?」
「賭けですか? 条件によりますが」
二人は小さな声で話し合う。
彼らの会話が聞こえるのは、審判ぐらいだ。
「では、まず君が勝ったときの条件を聞こうか」
「剣術部の訓練所をもとの場所に戻してください」
――ここまで遠すぎて面倒なんだよな。校舎からも遠いし、寮からも遠いし。ダイエットにはなるけど、ダイエットは剣術部の練習だけで十分足りてるし。
わずか一週間。
すでにフローラは訓練所まで足を運ぶのを面倒に思っていた。
「はははっ、なんだそんなことか。もちろん、構わないよ」
フレディは余裕の笑みを浮かべる。
先程フローラにやり込められたばかりなのに、もう立ち直っているようだ。
「では、こちらの条件を言おう。私はね、じゃじゃ馬よりも従順な子のほうが好みなのだよ。そこで私が勝ったら、君は私の奴隷となる。どうだい?」
審判の青年が眉を潜めた。
それもそうだろう。
奴隷という言葉に嫌悪感を抱くのは当たり前だ。
かくいうフローラも、
――こいつ、とんでもないクソ野郎だな。
と、さらにフレディのことを見下していた。
「奴隷? それは穏やかではないですね」
「ああ、大丈夫。学生のうちだけにしておくさ」
「奴隷制度はこの国では禁止されているはずですが」
「はははっ、本物の奴隷ではないよ。奴隷のようなもの。私の命令に服従する、それだけだ。もちろん、性的な行為は避けるよ。僕は紳士だからね。それは約束しよう」
――どこが紳士だ。紳士なら相手を奴隷にしようなんて言わないはずだ。こいつ、ほんとにゲスいなぁ。本性隠さなくなった途端にクズになったぞ。
あまりにもフローラに不利な条件だ。
「おや? もしかして怖気づいた? あれほど自信満々だったのに、怖くなったのかい? まあ、仕方ないさ。所詮、女とは口だけの生き物だからね」
安い挑発だ。
こんなものに乗るやつはいないだろう。
もちろん、フローラだって、
「わかりました。受けて立ちましょう」
あっさりと頷いた。
――ああ、ムカつく! 女だからって勝てない? 舐めんなよ。オレはもと男だ!
……なんとも単純なことか。
安い挑発に乗ってしまっているじゃないか。
「ただし、私のほうに条件を一つ加えさせてください」
「なんだい?」
「私に負けたら、剣術部の方々に土下座して謝ってください」
「……そのぐらいか。まあ、良いだろう」
フレディはにやりと口角を上げた。
――色々とあったが、こいつを私の手駒にできるだけでも十分だ。性格は気に食わんが、顔だけは良いからな。私好みに調教してやる。
本当にゲスい男である。
フレディの顔にもそのゲスさがにじみ出ている。
と、そんな二人の会話を聞いていた審判の青年が口を挟んだ。
「……本当にいいのか?」
「は? 君は黙って審判をやっていればいいのだ。神聖な戦いに口を挟むな」
どこが神聖かはわからないが……。
フレディにとっては神聖なのだろう。
審判はフレディの発言を無視してフローラに目を向けた。
「私は構いません。負けるつもりはございませんので」
と、フローラは審判に対して頷いた。
――この審判、フレディの取り巻きじゃないのか? まあ、なんでもいいや。
「くっ、どいつもこいつも調子に乗りやがって」
「見返したいのであれば、あなたの誇りとする剣で私を叩きのめしてはいかが? それができれば、ですけど」
「ふんっ! もとから、そのつもりだよ」
フローラとフレディが目を合わせた。
審判はそんな彼らを交互に見る。
そして、右手を高々と上げ、
「では、始めッ!」
と言って振り下ろした。
開始の合図と同時に、フローラが踏み込んだ。
彼女の動きは速かった。
フローラは剣のグリップを強めに握り、一閃。
剣身が美しく弧を描いた。
それに対し、フレディは相手が女だと言って高をくくっていた。
だから、初動が遅れた。
そして彼はフローラの動きに目を見開いた。
フレディはとっさにフローラの剣を、自身の剣で受け止める。
ガキンッ、と剣同士がぶつかり合う音がした。
直後、
「な……!?」
フレディは剣の握りが甘かったために、剣を落としてしまった。
フローラはそのスキを逃さない。
彼女は両手で力強く剣を握り、さらに一閃。
フレディの腹に一撃を入れた。
「ぐ……ぁ……!」
フレディがドンっと尻もちをつく。
そして、フローラは、
「私の勝ちです」
剣先をフレディの首元に向けながら、凛とした声で告げた。
「勝者、フローラ・メイ・フォーブズ!」
審判が高らかに宣言する。
その瞬間、周りの生徒から悲鳴にも近い歓声を上がった。
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