22. ドドーンと登場!
あまりにも呆気なく、勝敗がついた。
フローラの剣の腕前は剣術部の中でも上の方に位置している。
アレックスが規格外に強いのであって、他の者が相手なら、普通に良い勝負ができる。
フォーブズ家の鍛錬のおかげで、女性とは思えないほどの剣を習得していた。
それに対し、フレディは真面目に剣を磨かずに、今まで怠惰に過ごしてきた。
フローラは事前にエマからフレディの実力を聞かされていた。
そのため、彼女は負ける気が全くしていなかった。
だから、あんな不当ともいえる賭け条件にも乗ったのだ。
「い、インチキだ!」
フレディは顔を真赤にして叫ぶ。
「インチキと叫ぶ前に、自分の実力不足を嘆きなさい」
「は? なんだよ、クソアマ!」
フレディの口調がただのヤンキーになった。
よほど、負けたことがショックだったのだろう。
今まで取り繕っていた仮面が、すっかり剥がれ落ちている。
「騎士を目指す者として恥ずかしくないのですか? 仮にも騎士団長のご子息でしょう」
「はんっ、そうだ! 私は騎士団長の息子だ! 私は貴族なのだ! こんなのが許されると思っているのか!」
と、怒鳴り声を上げる。
なんとも哀れなことか。
正真正銘、実力でフレディは負けたというのに。
それも大勢の前で無様に。
それでも己のちっぽけな誇示を守るために、必死にフローラに噛みつく姿は、実に哀れであった。
「な……なんだ、その目は! 私を馬鹿にするのか!?」
「フレディ様。もうこれ以上みっともない真似をしないでください」
――さすがに見ていて恥ずかしい。もう、素直に負けを認めろよ。
「私は認めないぞ! こんなのは絶対に認めない」
と、フレディが叫んだときだ。
「フレディ・K・ハモンド」
審判の青年が静かにフレディに言った。
それは決して大きな声ではなかったが、よく通る声だった。
そして、威厳のある者の声。
「な、なんだ君は……」
フレディはたじろぎながら、審判を睨む。
「――恥を知れ」
たった一言。
しかし、底冷えるような声だった。
馬鹿にするでも、嘲笑するでもなく。
ただ無価値な者へと送る言葉。
フレディは、上から押し付けられるような息苦しさを覚えた。
そういえば、とフレディは審判の顔をまじまじと見る。
すると、その顔に全く見覚えがないことに気づいた。
自分の取り巻きにこんな青年はいない。
じゃあ、誰だ。
と、フレディが疑問に思ったとき。
審判の青年はパチンと指を鳴らした。
その瞬間。
彼の体からキラキラと光る粉が舞った。
すると、審判は先程とは全く異なる顔立ちの青年になっていた。
「……第一王子」
ぽつりとフレディが呟く。
なんと、審判はシャングリア王国、第一王子にしてシューベルト学院の生徒会長、ハリー・エル・シャングリアだった。
ハリーは魔術によって姿形を変えていたのだ。
訓練所が先程とは別種のざわめきに包まれる。
「貴様はシャングリア王国貴族としての誇りがないのか? 負けを認めず、泣きわめき。無様な姿を大勢に晒しても、自らを貴族だと言い張る。それは、他の貴族に対する侮辱である。恥を知れ、フレディ・K・ハモンド」
冷酷に、冷徹に。
ハリーはフレディに告げた。
「あ、ああ……」
フレディは口をわなわなと震わせる。
言葉が続かないようだ。
ハリーは生徒たちを見渡して、最後にフローラを見る。
フローラもハリーを見る。
そして彼女は、
――なんで、こんなところに第一王子がいるんだよ! 聞いてねーよ。
とパニック中だった。
加えて、
――くっ……第一王子が眩し過ぎる。非の打ち所がないイケメンめ。オレが一番苦手な部類だ。
令嬢が感嘆の吐息を漏らすほどのイケメン。
公平公正を体現したような人物。
第一王子という、社会のトップに立つ権力。
さらに溢れるばかりのリーダーシップとカリスマ。
完璧なイケメンとは、フローラが最も苦手とする存在であった。
ハリーはフローラを一瞥した後、声を張って、
「剣術部の訓練所はもとに戻すことを約束しよう!」
と宣言した。
「それと、フレディ・K・ハモンド。貴様はフローラ嬢に負けたら、剣術部の者たちに土下座すると言ったな」
「そ……それは。言葉の綾と言いますか……」
「見苦しいぞ。貴様の醜態など、もはや見るに耐えぬ。が、約束は約束だ」
「く……ッ」
フレディは苦虫を噛み潰したような表情をする。
しかし、ハリーの圧力に屈して、仕方なく正座をするが。
彼はなかなか頭を下げようとしなかった。
「どうした、早くしないか?」
ハリーが催促をする。
そして、剣術部の生徒はあざ笑うようにフレディを見ていた。
さきほどまで威張っていた存在が、惨めに土下座をするのだ。
ざまーみろ、という気分だった。
だが、フレディの矜持が謝ることを拒んだ。
――こんな奴らに謝るなんて……。くそっ、第一王子さえ出てこなければ。
と、フレディは歯を食いしばって屈辱に耐えていた。
「謝罪しろよ、フレディ」
「そうだ、そうだ! はやく謝れよ」
剣術部の生徒が言う。
最初は謝罪の要求だった。
しかし、なかなか謝らないフレディに、生徒たちが痺れを切らす。
「これだから、口だけ達者な貴族は困る」
「騎士団長の息子とか言ってるが、へなちょこな剣だったよな。あんなので良く騎士団長の息子と言えたな」
「俺だったら、恥ずかしく言えねーよ」
生徒たちから、次々に暴言や嘲笑が飛び出してきた。
それは今まで溜まった鬱憤を晴らすかのように。
いくらフレディとて、多勢に無勢。
さらには取り巻きにしていた騎士部の生徒も、フレディを見下す目で見ていた。
――くそっ、どうして私が……。私は騎士団長の息子、フレディ・K・ハモンドだぞ!
フレディは屈辱であった。
そして、それ以上に孤独を感じていた。
誰も味方がいない状況。
今までは取り巻きを従え、自分は騎士団長の息子なんだ、と叫ぶことでプライドを保っていた。
だが、今はなにもない。
ふと、フレディは恐怖を感じた。
本当に今までの自分は何もなかったんじゃないか、と。
皮肉にも、この状況は父や兄からまったく期待されていない現状と重なっていた。
フレディはハモンド家の落ちこぼれだと揶揄されている。
周りを見ると、誰も彼もがフレディを見下していた。
馬鹿にする視線。
見下す視線。
無感情で無価値なものを見る視線。
憤りの視線。
「ひっ……ひぃぃ」
彼の口からは情けない声が漏れる。
皆がフレディを嘲笑っていた。
たくさんの視線に晒され、フレディは恐怖を感じてしまったのだ。
そして、フレディは頭を抱えて、視線から逃げた。
そんな目で見ないでくれ。
彼は心の中で叫んだ。
と、そのときだ。
「もう十分ですわ。フレディ様。謝らなくても結構です」
フローラが毅然とした態度で言ったのだった。
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