23. 慈愛の心?

 フレディ・K・ハモンド。

 彼はハモンド家の次男として生を受けた。


 ハモンド家は騎士の家系である。

 代々、騎士団長を務める人物を輩出してきた、名門でもあった。

 フレディの父も騎士団長として、その名を轟かせていた。

 そして、フレディの兄も将来騎士団長になるだろう、と噂をされる人物であった。

 さらにはフレディの弟も、フレディよりも剣の才能があり。

 フレディ以外は皆優秀だったのだ。


「なんだ、お前は。こんなこともできないのか」


 ため息、失望の視線。

 フレディは父から蔑みの目を向けられる。


 フレディは落ちこぼれだった。

 剣の腕前は三流。

 明晰な頭脳もなく。

 平凡な人物であった。

 優秀な兄弟と比較され、幼い頃から劣等感を抱いていた。


 そんな現状から逃げるように、フレディは遊びに走った。

 女遊びをしたのも、そこでなら自己肯定感を得られたからだ。

 フレディは顔だけは良い。

 厳つい顔が多いハモンド家の中で、彼だけは甘い顔をしていた。

 最初は使用人に手を出した。

 そして、次はパーティやお茶会で出逢った令嬢に手を出した。


 そうして女性と遊びことで、彼は満たされていたのだ。

 だが、しかし。


「出来損ないめ、女に逃げるとは見苦しいな」

「兄さんは才能ないからね。仕方ないよ」


 兄と弟から馬鹿にされる。

 いくら女遊びをし、女性からもてたところで、家族からの評価は変わらなかった。

 どこまで言っても、フレディはハモンド家に落ちこぼれだった。

 幼い頃から、劣等感がフレディを縛り付けていた。


 父の無感情な視線。

 兄の冷たい視線。

 弟の見下すような視線。

 視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線――。

 それらを断ち切るように、フレディは惟一自分の武器である顔を使って、遊びまくった。


「私にはこの美しい顔がある。そう、私は騎士団長の息子、フレディ・K・ハモンドだ」


 呪縛のように。

 己を騎士団長の息子と言い続ける。

 フレディ・K・ハモンドとは、ちっぽけなプライドを守るのに必死な子供でしかなかった。


 そして、シューベルト学院に入学を果たし。

 自分に従う者たちで周りを固め。

 女と仲良くして。

 騎士団長の息子という立場を使って、剣術部を隅に追いやり。


 しかし。

 どれだけやっても、満たされなかった。

 たくさんの水を飲んでも、潤わない喉のように。

 もっと、自分を認めてほしかった。

 乾いた喉で彼は言った。


 ――私は一体、何がしたいんだ?


◇ ◇ ◇


「もう十分ですわ。フレディ様。謝らなくても結構です」


 ハリーは目を細めて、フローラを見た。


「どうしてだ? これはフローラ嬢が望んだことだろう」

「おっしゃる通り、私はフレディ様に謝罪を望みました。剣術部の方々に迷惑をかけたフレディ様に、誠心誠意、謝って欲しいと思い、土下座を要求しました」


 いつしか、暴言も嘲笑も止まっていた。

 この場にいる者たちは皆フローラの話に耳を傾けている。


「しかし、心の籠もっていない謝罪に、強制されて行う謝罪に意味はありません。謝罪した側も、そして謝罪された側も虚しさが残るだけです。フレディ様が本当に申し訳ないと思っているのなら、私たちに謝ってください。けれども、もし何も思っていないのであれば、言葉だけの謝罪など不要です」


 フローラは立派なことを言う。

 しかし、本心では、


 ――なんか、無理やり土下座させるのって気持ち良くないんだよな。もう、剣でぶん殴ったし、フレディの吠え面も見られて満足なんだよ。


 と、思っていた。

 知ってのとおりだが、最初に土下座を要求したのはフローラである。

 自分で土下座しろ、と言っておきながら……心変わりが早いこと。


 しーんと静まり返る訓練所。

 フローラは焦った。


 ――あ、やべっ。余計なことを言ったかも。こういうのを空気読めないって言うんだよな? やばいやばい、あいつ、空気読めてないぞって思われてる。……ここはどうにかして挽回しなければ……。


 彼女は小心者なのだ。

 どうするか悩んだ挙げ句、フローラはフレディのもとまで行き、彼の前で膝を折った。


「フレディ様。顔を上げてください」


 そっと、フレディの頬に触れる。


 すると、フレディは顔を上げた。

 フローラとフレディの視線が交わる。


 フローラはフレディに、にっこりと笑いかけた。

 ちなみにフローラは、


 ――ああ、なんかそれっぽいこと言いたいけど……何も思いつかねーよ。これどうすればいいんだよ!


 と内心大慌て。

 とりあえず、愛想笑いをしただけだ。

 だが、それは他の人から見れば聖女のような微笑み。

 彼女の美しい髪に後光がさす。

 沈みかかった夕暮れの光が、うまい具合にフローラの演出を手伝っていた。


 フレディの反応は劇的だった。


「――――」


 フレディはぶわっと何かが弾けたような、そんな感覚に襲われた。

 フレディの瞳にはフローラの顔が女神のように映ったのだ。


 誰もがフレディを見下す中。

 唯一、フレディを見て、フレディに接してくれたフローラ。

 フレディにとって、暗闇から救い出してくれる一筋の光であった。


 気がつくと、フレディは土下座の態勢を取っていた。

 そして、


「申し訳ございませんでした」


 彼は心の底から、謝罪の言葉を口にした。

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