24. 勘違いはさらに加速する

「申し訳ございませんでした」


 不思議とフレディは、謝罪の言葉を口にすることに、抵抗がなかった。


 ――私は惨めな男だ。それはわかっている。誰からも認められず、ちっぽけなプライドを守ってきた。でも、この人はそんな私を認めてくれた。


 今まで守り抜いてきたモノが、とんでもなく無価値なものだと悟ったのだった。

 それはフローラの笑顔が彼の心に一筋の光が射したからだ。


 しかし、当の本人であるフローラは、


 ――おお、何がどうなってんだ? どうしていきなり謝った? わけがわからん。


 というものだった。

 前世日本人の頃に取得した技術、愛想笑いをしたら、なぜかフレディが謝っていた。

 フローラからしたら、意味がわからないだろう。


 だが、フローラ以外の反応は違った。


 まずは、ハリー。

 彼はフレディが謝罪したことよりも、この状況を作り出したフローラに舌を巻いていた。

 公平公正とは、すなわち、ある基準をもって裁く。

 それは法をもって人を裁く、裁判官のようなものだ。

 そこに感情はいらない。

 とハリーは考えていた。

 だから、ここでフレディを無感情に裁くことが、彼の正義であった。

 しかし、フローラの取った手法は違った。


 ――相手を問答無用に裁くのではなく、相手に寄り添うことで問題を解決に導く。それは俺にはなかった視点だ。


 もし、ハリーのような、ただ裁くだけの解決方法だったら。

 問題が解決しても両者のもとに深い溝が出来ていた。

 それは根本的な解決にはならず、下手をすれば別の大きな問題に発展しかねないものだった。

 それをフローラは見事に収めたのだ。


 ――フローラ・メイ・フォーブズ。そこまで考えての行動だったのか? 彼女は生徒会に、いや、この国に欠かせない人物だ。


 明後日の方向でフローラを大絶賛しているハリーであった。


 そして次に、アレックス。

 彼は小さく唸った。


 ――驚いたな。ここまで綺麗に問題を解決するとは。力だけが全てではない。また、彼女から大切なことを学ばせてもらったようだ。


 と、アレックスはフローラの手腕に感心し、そしてフローラに尊敬の眼差しを向けていた。

 他の剣術部や騎士部の生徒も、フローラの行動に胸を打たれ、称賛の声を上げる。

 誰もがフローラ・メイ・フォーブズの行動を讃えていた。


 そして、最後に。

 フローラの狂信的な信者であるエマだ。

 彼女は、


 ――さすがはフローラ様。お見事としか言いようがありません。


 と、主人の勇姿を目の当たりにし、感動していた。

 そもそも、フローラがフレディに土下座を要求したことに対しても、


 ――フローラ様が何も考えずに、相手を辱めるだけの要求をするはずがないわ。


 と考えていた。

 フローラのことをよく知っている(つもり)であるエマは、土下座をさせて終わり、というのをフローラが望んでいるとは思ってもいなかった。

 何か深い考えがある。

 そう、エマは確信していたのだ。


 ――フローラ様は敵にすら慈悲を与える。いいえ、きっとフローラ様には敵や味方なんていう概念がないのだわ。どんな相手にも歩み寄る、深い度量を持ち合わせている。本当に美しい方だわ。


 盲目のエマはフローラに絶大な信頼を寄せていたのだ。


 もちろん、フローラはハリーの思うような聡明さも、エマの思うような慈悲の心も持ち合わせていない。

 全ては気の赴くままに行動した結果である!

 そして、たまたまそれが良い方向に転がっただけで。

 彼女はなーんにも考えていなかった。


 ――よくわからんけど、無事解決ってことだな。よしよし、オレはよく頑張った!


 と、脳天気なことを考えているフローラであった。

 こうして、剣術部と騎士部のいざこざは解決したのだった。




 この出来事を機にフレディは改心し、好青年になる。

 そして、剣術部と騎士部の仲も急速縮まって行くのであった。

 剣術部と騎士部の生徒たちはフローラの慈悲深さを讃え、そして彼女のもとに一致団結したのであった。


 後のことである。

 フローラ世代の生徒たちがシューベルト学院を卒業し、剣術部の生徒が国軍、騎士部の生徒が騎士団に入ってからだ。

 その頃から、騎士団と国軍の対立が少なくなっていった。

 さらに数年後。

 アレックスが国軍のトップとなり、フレディが騎士団の団長となった頃。

 騎士団と国軍の連携がさらに強化され、国の治安が大きく改善された。

 長年いがみ合っていた二つの組織が手を取り合うようになったのも、全てフローラ・メイ・フォーブズという清らかな心を少女のおかげである。

 それは、騎士や兵士を目指す者なら誰もが知っている、奇跡のような有名な話である。

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