第二章

25. 生徒会室にて

 訓練所の一件から数日後のことである。


「剣術部と騎士部の仲裁、見事であった」


 場所は生徒会室。

 ハリーはフローラに向けて、称賛の言葉を口にした。

 この場にいるのは、彼ら二人だけ。

 二人はソファに腰掛け、背の低い机を挟んで顔を見合わせている。


「ありがとうございます」


 フローラは頭を下げる。

 しかし、彼女は、


 ――え? なんのこと?


 と困惑していた。


 周囲の者たちはフローラのことを誤解している。

 彼女は大した人間ではない。

 ポンコツが、彼女の本性である。

 だが悲しいことに、それを見抜ける人間がフローラの周りにいないのだ。


 そして、ハリーもフローラのことを大きく誤解しており。


 ――彼女の美しい瞳は何を映しているのだろうか? その瞳の先に、どんな未来を描いているのだろうか?


 と、彼は考えていた。


 ちなみにフローラが普段想像している未来は『今日の夕食は何かな?』と。

 その程度のことである。

 もしフローラの頭の中を知ったら、ハリーは昏倒してしまうだろう。


「ところで、どのようなご用件でしょうか?」


 フローラは早く解放されたく、単刀直入に用件を聞き出した。

 対してハリーも無駄話を好かないため、さっそく本題に入った。


「フローラ嬢はこの学院の状況をどう考える?」

「どう? と聞かれましても……。教育環境の整った素晴らしい学院だと思いますが」

「俺が聞きたいのは、そういうことではない」


 ハリーが小さく首を振ってから続けた。


「……貴族と平民の対立構造についてだ。フローラ嬢のこれまでの行動から推測するに、誰もが平等な学院、その実現を目指しているように見える。そんなフローラ嬢からして、この学院はどうあるべきだと思う?」


 前々からハリーは、フローラと語り合いたいと思っていた。

 ハリーと同じ次元で会話できる人物が、この学院にはほとんどいないのだ。

 それは知識や経験、能力に差があるのはもちろんだが、それ以上にハリーの立場が相手に影響を与えていた。

 大半の生徒がハリーに媚び、賛成や称賛ばかりするため、ハリーは物足りなさを感じていた。


 要するに、議論や真っ当な会話に飢えているのだ。


 そこで現れたフローラという存在を、ハリーが興味深く思うも当然の成り行き。

 彼は期待の目でフローラの回答を待った。


 そんなハリーに対して、フローラはというと、


 ――こいつは、何のことを言っているんだ? オレが貴族と平民の平等を望んでいるだと? そんなわけない。貴族に生まれたにも関わらず、わざわざ、その優位性を捨てようと思う馬鹿はいないだろ。


 と、考えていた。

 彼女は周りの者が思うような聖人ではない。

 というか、どちらかと言うと凡人の思考だ。


 フローラはしばらく考えた後に、静かに口を開く。


「貴族と平民が平等であるなどと……。そのようなことを私は望んでおりませんわ。革命を起こしたわけではありませんので」


 彼女は自分の考えをそのまま伝えた。

 

 フローラの考えを聞いたハリーは、眉を顰める……と思いきや、なぜか顔に喜色を浮かべていた。

 彼はフローラが理想論を語るだけの人物か、しっかりと現実を見える人物かを見極めるために、あえて先程の質問をしたのだ。


「ほう? 革命とはまた物騒な言葉だ。しかし、なぜそう思う?」

「特権階級の者が自分たちの利権を手放すはずがありませんもの。貴族が優位に立つこの社会で、もし平等を望むならば、一度大きく壊すのが手っ取り早いでしょう。それはつまり革命です」


 と、得意げに言っているフローラだが、

 彼女は前世の世界史の知識を思い出し、それを披露しているだけだ。

 深い考えのもとに発言しているわけではない。


「たしかにな。だが、それならシューベルト学院の現状を良しとするか?」


 ハリーは続けて質問をした。

 彼はフローラの考えを聞きたくて堪らないのだ。


 しかし、フローラは、


 ――いや、学院の現状とか言われてもわからんし。オレ、最近入学したばかりだよ?


 と困惑していた。

 学院のことなど、彼女にとってはどうでも良いことなのだ。

 それよりも、たくさんの肉が食べたい!

 そして、そのためには適度な運動が必要であり。

 フローラは早く剣術部に行きたいのだ!


 だがさすがに、第一王子の前で帰りたい雰囲気を出すわけにはいかず。

 フローラは渋々話に付き合ってあげることにした。

 彼女の今の心境は、老人に絡まれて政治の議論をさせられる、遊び盛りの若者のようなもの。

 つまり、物凄く面倒臭いのだ。

 早く解放されて自由になりたい。

 と、彼女は思っている、


 面倒なときは質問を質問で返すことに限る。

 フローラはハリーに尋ねた。


「そもそも、殿下は学院の何を気にされているのでしょうか?」

「学院というよりも、今の社会についてだが……」


 そう、ハリーは前置きをしてから、


「無能な貴族が上に立つことを、俺は許せない」


 と、告げた。

 それはもはや宣言に近いものだ。

 間違ってもポンコツフローラに言うべき内容ではない。


 公正公平というが、ハリーの根幹にある。

 これまで王子として生きてきた彼は、貴族に無能が多いことを痛烈に感じていた。

 平民であろうと能力が高い者もいるのに、そういった者が無能な貴族の下について苦しい思いをする。

 無能な貴族とは、社会の害悪でしかない。

 そして害悪が利益を貪る社会が続くと、国が崩壊する。

 と、ハリーは考えていた。


 フローラはハリーの底冷える眼差しを見て、背中が粟立つのを感じた。

 そして、同時に彼女は思い出した。

 以前、自分が第一王子の誕生日会で盛大にやらかしたことを。

 思い出すのが遅いのは、さすがポンコツフローラだ。


 ――無能な貴族ってオレのことか? もしかして、今日はオレを断罪しに来たのか? 第一王子は、誕生日会を台無しにしたことを根に持っているんだ……。


 と、フローラは恐怖した。

 おっかなびっくりである。

 だから、彼女は自己弁護するように言った。


「果たして、無能と言って他人を決めつけるのは、いかがなものでしょうか?」

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