17. 勝ち負けって大事

 急遽、フローラとアレックスが戦うことになり、剣術部部員や新入生たちは試合の観戦に来た。

 最強の剣士アレックスと美貌の少女フローラ。

 対戦として面白いが、結果はわかりきっている。


 アレックスが勝利する。

 と、ほとんどの人が思っていた。

 唯一の例外はエマくらいである。


 そして、フローラはあまり気負った様子がない。


「余裕そうだな。俺に勝てるとでも思っているのか?」

「勝負ですので、始まってみないと勝ち負けはわかりませんわ」


 というか、フローラは勝っても負けても、どちらでも良いと考えていた。

 彼女の目的はダイエットであって、剣術部に入ることは手段でしかないからだ。

 周りが思っているよりも、ずっと軽い気持ちで挑んでいる。

 だが、フローラの受け答えがアレックスの闘志をかき立てた。


 ――先日の食事の件と言い、なかなかに豪胆な性格じゃねーか。


 と、アレックスはフローラを睨みつける。


 二人は訓練用に刃をつぶした剣を持っている。

 剣は重く、普通の令嬢なら持つだけで精一杯だろう。

 フローラは短剣を選んだ。

 それでも、ただの貴族令嬢なら、剣に振り回されてしまうだろう。


 だが、厳しいダイエットを乗り越えたフローラは剣術令嬢になっていたのだ!

 TS転生していたり、絶世の美少女であったり、ポンコツであったり、無自覚であったり、剣士であったりと、彼女は設定モリモリの令嬢になっていた。

 もう、お腹いっぱいである。

 ついでに、お腹もちょびっとぽっこりである!


 さておき――。

 フローラの勝利条件はアレックスに一撃を与えること。

 逆にアレックスの勝利条件はフローラに負けを認めさせること。


 つまり……、


 ――オレに負けはないってことだよな。


 参ったと言わなければ、フローラは永遠に戦い続けられる。

 そう簡単な話でもないが、フローラは単純だった!


 審判は副部長であるジャックが務める。

 ジャックはアレックスとフローラを見てから、大きく息を吸った。


「それではッ! 始め!」


 と、ジャックの合図ととともに模擬戦が始まった。

 アレックスは剣を中段に構え、剣先をフローラに向けて佇んでいる。

 ただ、静かに立っているだけなのに。

 アレックスから放たれる威圧は令嬢を慄かせるには十分だった。


 普通の男でも踏み込みを躊躇させる迫力があった。

 だが、しかし。


「行きますッ!」


 フローラは迷いなく踏み込んだ。

 ゴンッっと剣と剣がぶつかり合う。


 ――くぅ……手がしびれる!


 フローラはじんじんと痛む両手に、顔を歪める。


「なかなか、気合の籠もった一撃だな」


 アレックスは余裕の表情で受け止めたあと、フローラを押し返した。


「……うぐっ」


 フローラは吹き飛ばされ、地面を転がる。


「フローラ様!」


 エマが声を上げた。

 エマはフローラに駆け寄りそうになる。

 だが、フローラがエマを手で制した。

 そして、フローラはゆっくりと立ち上がる。


「おい、嬢ちゃん。降参するなら早めが良いぞ」

「降参? それは何の冗談かしら? 私の辞書に降参の二文字はありませんわ」


 フローラはキリッとカッコつける。


 ――おお、今のオレかっこよくね?


 実に残念な思考であるが、フローラの発言はなかなか様になっているのだ。

 なぜなら、フローラは美少女だから。

 美少女は何をやっても絵になる。


「威勢がいいのは結構だが。手加減できず、大事な顔を傷つけるかもしれんぞ」


 もちろん、脅しだ。

 アレックスとて、女性の顔を傷つける気はないし、傷つけないように戦うことも可能だ。


「稽古で傷がつくのは努力の証ですわ。誇りに思いましょう」


 アレックスは眉を上げた。


 ――これは驚いた。ちょちょっと吹き飛ばせば、泣き言を言うかと思ったが……。逞しい嬢ちゃんのようだな。


 しかし、アレックスはフローラを剣術部に入れるつもりはない。


「その強気をどこまで保てるか、試してやるぜ」


 フローラはアレックスを見据える。


「どこまでも……。それこそ、あなたが諦めるまで」


 なんとも格好良いフローラである。

 だが、彼女の内心は、


 ――お腹のぽっこりが凹むまでやったるぜ! なんたって、オレは勇敢なるダイエット戦士だからな!


 というものであった。

 フローラはこっそりお腹を擦る。

 すると、ちょびっとぽっこり。

 これはしっかり痩せなきゃダメだな、と彼女は再認識する。

 そうして、やる気を出した後、彼女はアレックス目掛けて踏み込んだ!


 カンカンカンカンッ――。


 フローラは何度もアレックスに吹き飛ばされた。

 アレックスは決してフローラに攻撃しない。


 フローラが踏み込み、アレックスに剣を受け止められ、そして、フローラが土の上を転がされる。

 その光景が何度も続いた。

 すると、


「もういいんじゃねーか?」


 審判のジャックが口を挟んだ。

 そもそも、今回の入部試験だって、アレックスがでっち上げたものだ。


 アレックスもまさかここまでフローラが粘るとは思ってもいなかったはず。

 すでにフローラの転ばされた回数は十回に届こうとしていた。

 七転八倒。

 何度も立ち上がるフローラの姿に、剣術部の生徒はフローラを認めようとしていた。


 令嬢がここまでやっているのに、入部を断る理由があるだろうか。

 と、疑問を抱く生徒が続出。

 だが、


「いいえ、まだですわ。私はまだアレックスさんに勝っておりませんもの」

「それはそうだが……。なあ、アレックス。もういい加減に意地を張るのもやめろよ」

「ダメですよ。アレックスさん。一度、始めた戦いです。勝負が決まるまで終わってはなりません」


 フローラの目は何よりも真剣だった。

 それは何か、どうしても勝負を続ける理由がある人の顔だった。

 さて、フローラの真意は如何に……?

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