16. 入部試験

 剣術部が使用する訓練所に到着したフローラとエマ。

 二人が訓練所に顔を出すと、和気藹々としていた訓練所が一気にしーんと静まりかえった。


 剣術部の面々がフローラの美貌に見惚れている……ということではない。

 決して友好的とは言えない視線だった。


 エマは、


 ――やはり、こうなるのね。


 と納得する。

 剣術部の生徒たちは貴族をよく思っていない。

 こんな状態でフローラが剣術部の訓練所に顔を出せば、睨まれるのも当然である。


 貴族生徒には居づらい場所なわけだが、フローラはまったく気にする様子がなかった。

 というのも、彼女は男たちの鋭い視線には慣れていた。

 フォーブズ家で屈強な男たちと接してきたからだ。


 ここにいる生徒たちよりも、兵士のほうがよっぽど厳つい顔をしている。

 フローラが最初にフォーブズ家の訓練所に行った時は、視線だけで殺されそうになった。

 ちなみ、そのときのフローラは恐怖でちびりかけた。


 それと比べれば、


 ――このぐらい可愛いものだ。


 と、フローラがぐるっと訓練所を見渡しているときだ。


「なんだ、嬢ちゃん。冷やかしにきたのか? こっちも暇じゃないんだが」 


 黒髪黒目の男、アレックスがフローラに話しかけにきた。

 アレックスは剣術部の部長である。

 フローラは、


 ――こいつが剣術部部長ってのはちょっと嫌だな。


 と思っている。

 しかし、それを表情に出さず、


「いいえ、冷やかしではありませんわ。剣術部に入部したく参りました」

「入部だと? これは笑わせてくれるじゃねーか。剣舞と剣術を間違えたか? 演劇部希望なら、来た道を戻ることを勧めるぜ」


 アレックスはそう言うものの、フローラのことをただの貴族令嬢だとは考えていない。

 先日の食堂での一件もしかりだが。

 フローラの佇まいやアレックスに気圧されないところから、普通の令嬢よりも芯のある女性だと思っている。


 だが、騎士部に訓練所をとられ、剣術部が隅に追いやられたのもつい最近のことだ。

 貴族であるフローラに対して、アレックスの対応が刺々しくなるのも仕方のないこと。


「もう一度言います。私は剣術部に入りに来ました」

「俺らと一緒に泥臭く剣でも振ろうってのか? はんっ、嬢ちゃんのような子に剣が振れるとは思えんけどな」

「あら? 女だから剣を振れないとでも?」

「剣術は遊びじゃねーんだぞ」

「私は遊びで参加しようと思っているわけではありません。剣を振りたい気持ちをは本物ですわ」


 そう、フローラの気持ちは本物である。

 それは彼女の目を見ればわかることだ。


 なぜなら、フローラは真剣にダイエットしたいから!

 理由はともあれ、フローラは本心から剣を振りたいと思っていた。


「それに、入部の条件に男限定とはありませんでしたわ。それとも、私の知らないところで女子禁制にでもなりまして?」

「ほぉ……言うじゃねーか。だがな、嬢ちゃん。剣術部には入部試験があるんだ。誰でも入れるってわけじゃねーぞ」

「そうなのですね。試験とはどのようなものでしょう?」

「俺と一対一で戦って、俺に勝つことだ」


 と、アレックスが言ったとき。


「それは横暴です! フローラ様と言えども『剣鬼』の異名を持つあなたに、勝てる訳がありません!」


 とエマが怒りを顕にした。


「そういう試験なんだから仕方ない」


 と、アレックスが言うが、もちろんそんな試験なんて存在しない。

 そもそも、入部試験などはなく、剣術部は来る者拒まずの精神なのだ。

 だから、アレックスのやっていることは単なる嫌がらせである。


 加えて、アレックスは学院内で行われる武術大会で優勝した男。

 学院最強の男にフローラが勝てるはずがない。

 しかし、さすがにアレックスもフローラがあまりに不利な条件だと思ったのか、


「もちろん、ハンデはつけるぜ。俺に攻撃を当てられたら、嬢ちゃんの勝ちだ。どうだ? これなら文句ないだろ?」


 と、アレックスが付け加える。

 去年の武術大会でアレックスの戦いを見た者からすれば、これでもフローラが勝てる可能性はほぼないと言えた。

 圧倒的な剣技で相手をねじ伏せるアレックスの姿は、まさに鬼のよう。

 そこから『剣鬼』との異名がついたほどだ。


 フローラに入部を諦めさせるために、アレックスは入部試験と称して無理難題を言っているのだ。


「アレックス。それはさすがにあんまりじゃないか? 彼女が可哀想だ」


 剣術部の生徒がアレックスに言う。

 その生徒、ジャックは剣術部の副部長であり、唯一アレックスに物申すことができる人物だ。

 しかし、


「わかりました。入部試験があるなら、受けるのが道理ですわ」


 フローラがあっさり頷いたのだ。

 これにはアレックスのほうが驚いた。


 アレックスは見た目からして威圧感がある。

 さらに、剣の実力も学院一。

 そんなアレックスと戦うともなれば、男であっても逃げ腰になるだろう。


 しかし、フローラはまったく怖気づいていなかった。

 そもそも、


 ――試験なんてあったのか。それは受けないとダメだよな。


 と、普通にアレックスの言葉に納得していたのだ。

 単純でおめでたい頭である。


「フローラ様……もし、危ない目に遭いそうになれば、すぐにでも棄権してください」

「心配してくれてありがとうございます。しかし、問題ありませんわ。私はフォーブズ家の侯爵令嬢ですもの」


 フローラは顔を強張らせているエマに笑ってみせた。

 エマはきゅっと両手を握った。


 ――フローラ様は美しいだけでなく、強かで勇敢な女性。それは知っているけど、もしものことがあれば……。私が体を張ってでも止めましょう。


 こうして、フローラ対アレックスの模擬戦が行われることになった。

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