15. 部活動

 シューベルト王立学院には様々な部活動がある。

 王国の将来を担う優秀な子どもたちが通う学校だけあって、部活動も本格的だ。

 淑女であれば、刺繍部やダンス部。

 紳士であれば、騎士部や馬術部。


 そうして、フローラが向かったところは、


「剣術部に入りますわ」

「フローラ様。しかし、剣術部に貴族女性は一人もおりません」


 エマがフローラに言う。


「もちろん、知っておりますわ。しかし、私はフォーブズ家の娘。剣術を習っておいて損はないでしょう」

「フローラ様の剣術の腕前は存じておりますが、今の剣術部に入るのは……。いえ、なんでもありません。フローラ様には深いお考えがあるのでしょう」


 無論、フローラにふかぁーい考えはない。

 フローラの考えは、雨の日にちょびっと出来た水たまりぐらい浅い。

 フローラが剣術部に入りたい理由。

 それはダイエットのためである!


 彼女はフォーブズ家でもダイエットと称して、兄や兵士たちとちゃんばらして遊んでいた。

 遊ぶといっても、武門の名家フォーブズ家の遊びだ。

 下手な貴族の鍛錬よりもよっぽど過酷なモノであったが。


 そういう訳で、フローラは剣術部に入れば体型を維持できる、もしくは食べすぎても大丈夫だと考えていた。

 というのも、ここ最近彼女は食べすぎていたのだ。

 学院の食事があまりにも美味しすぎるため、フローラはかつてない危機感を抱いていた。


 それはさておき。

 剣術部に男しかいない理由だが、この世界でも戦場に出るのは男という考えが一般的だ。

 だから、貴族令嬢のフローラが剣術部に入るのは大変珍しいことである。


 男だけの集団にか弱いフローラが放り込まれる。

 それはエマから見れば、とても心配なことであった。

 しかし、主人には崇高な考えがあると信じ、エマは黙ってついていった。


「随分と遠いところにありますわね」


 学び校舎から歩いて30分以上。

 外れたところに剣術部の訓練所があった。


「最近までは校舎近くに訓練所があったとのことですが……。騎士部とのいざこざが原因でしょう」


 と、エマが言うとフローラは顎に手をおいた。


 ――え、そんなことあったの? 全然知らなかったんだけど。ていうか、エマの情報収集能力高いすぎるだろ!


 と驚愕していた。

 フローラは情弱なのだ。

 しかし、エマはフローラの何かを考える姿勢を見て、


 ――やはり、フローラ様は騎士部と剣術部の対立を気にしていらっしゃるのだわ。


 と考えた。


 シューベルト王立学院は社会の縮図であり、騎士部と剣術部はそれを顕著に表しているのだ。


 シャングリア王国には騎士団と国軍がある。

 王都王族を守るのが騎士団であり、主に貴族の子息が所属する。

 それに対して、国軍はほとんどが平民で構成されており、国内の治安維持や国境警備が仕事だ。


 辺境に在中する兵士は国軍であり、フォーブズ家に仕えているエマは国軍のほうに親しみを持っている。


 そして、騎士団と国軍は非常に仲が悪い。

 騎士は国軍を低俗な集団だと見下し、国軍は騎士をお気楽なぼっちゃんの集まり、と馬鹿にしている。


 シューベルト学院にはある騎士部と剣術部も、実際の騎士団と国軍のような関係にあった。

 騎士部には将来騎士を目指す貴族の子息が所属する。

 そして、剣術部には騎士以外、つまり平民の剣士が所属している。


 シューベルト学院始まって以来、ずっと対立関係にあった両者だが、今が最も険悪な状況と言えた。

 その理由は、剣術部が騎士部の都合で遠くの訓練所に移動させられたからだ。


 今年の騎士部の入部者の中に現騎士団長の息子がいる。

 その騎士団長の息子が、騎士部の訓練所をもっと広くできないか、と言ってきたのだ。

 しかし、校舎近くの訓練所はすでに埋まっていた。

 そこで、剣術部に白羽の矢が立った。

 平民で構成されている剣術部は発言力がなく、騎士部の都合により、遠くの訓練所に追いやられたのだ。


 そのせいもあり、剣術部は騎士部に対して敵対心を抱いていた。

 さらに加えると、剣術部の生徒は貴族に対しても良い感情を持っていなかった。


 と、これはエマがここ数日で集めた情報である。

 今のフローラが剣術部に行けば、きっと彼女は遠巻きにされ、嫌味だって言われるかもしれない。

 さすがに暴力を振るわれることはないだろうが、貴族令嬢が足を運ぶところではない。


 しかし、それを承知でフローラが剣術部に行くと言うのであれば、


 ――私もお供します。何かあったときはフローラ様の盾になりましょう。


 とエマは決意を固めていた。

 そんな決意を他所にフローラは、


 ――学院の料理は美味しすぎだよな。うん、あれは良くない。つい食べすぎてしまう。オレは悪くない。悪いのは美味しい料理を提供する学院側だ!


 と、しょうもないことを考えていた。

 そして、


 ――だけど、このままだと太るよな。それは……ダメだ。太った体は許せん。というわけで、しっかりと体を動かさねば!


 とエマとは別の方向で決意を固めていた。

 そうして二人はそれぞれ異なる思惑を持ちながら、剣術部の訓練所に辿り着いた。

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