27. 訓練所にて

 フローラが訓練所に着くと、騎士部と剣術部が熱心に鍛錬していた。

 ここ最近、日常となった光景である。

 2つの部活は同じ場所で訓練をするようになったのだ。

 これも全てフローラのおかげだが、当の本人は、


 ――はえー、なんか心境の変化でもあったのか?


 と、まったく自分の功績に気がついていない。

 やはり、彼女はポンコツである。


 最初は騎士部と剣術部で探り探りの様子だったが、今はだいぶ良い雰囲気で鍛錬に励んでいる。

 お互いの良いところと悪いところが分かるようになり、訓練が捗っているようだった。

 全体的なレベルアップにも繋がっている。

 しかし、その中でもアレックスの技量は頭ひとつ抜きん出ていた。


 そして、最近のフレディはというと、


「ハア――!」


 毎日のようにアレックスに戦いを挑んでいるのだった。

 彼はフローラに負けてからというもの、誰よりも真剣に剣を振っていた。

 圧倒的な実力差があるアレックス相手に、何度も戦いを挑み、泥塗になりながら稽古している。


 その姿を見たフローラは、


 ――誰、あいつ? もしかして……オレが剣でぶん殴ったから、頭おかしくなったのか?


 と思うほどだった。


 それほどまでに、フレディは変わっていたのだ。

 アレックスとフレディは激しく打ち合う。

 ほとんどはフレディが打たれているのだが……。

 しかし、彼は以前のように、不平不満を言うことがなくなった。


 2人の稽古が終わる。

 休憩に入ったフレディはフローラに気付いた。


「やあ、今日は遅かったね」


 そう言って、フレディは爽やかに笑うのだ。

 あの傲慢なフレディが、今はどこからどう見ても爽やか少年にしか見えない。


「はい、生徒会長のハリー様に呼ばれておりまして」


 と、フローラが言う。

 すると、ちょうど近くにいたアレックスが口を挟んだ。


「さすがはフローラ嬢。生徒会から声がかかったんだろ?」

「はい。でも、どうしてそう思ったんですか?」

「聖女とも名高いあんただ。生徒会が欲しがってもおかしくない」


 ――聖女? オレがか? 何かの間違いだろ。


 とフローラは首を捻った。


「そう言うことなら、今後は剣術部にも来られなくなるな」


 そうアレックスがいうと、彼らの話を聞いていた野郎どもが一斉に肩を落とした。

 男ばかりの集団に紅一点。

 野原に咲く一輪の花。

 下界に舞い降りた戦女神ヴァルキュリー

 彼らにとってのフローラとは、何にも変えがたい貴重な存在であったのだ。

 フローラに会うためだけに、訓練場に訪れる者もいるぐらいだった。

 ただし、そういった不埒な考えの者は、たいていアレックスに扱かれて、翌日には姿を消すのだが。


 と、男たちの心のオアシスであるフローラ。

 その彼女が訓練所に来ないとなると、部員のモチベーションは駄々下がりである。

 男とは女に見られながら、女の前でカッコつけたい生き物なのだ。


「いえ、生徒会に入るとは言っておりませんが……」


 と、フローラが言った。

 すると、周りの男達の顔が急激に輝いたのだ。

 わかりやすい奴らである。


「それに、ここの皆様は優しいですし、私は訓練所に来るのが好きです」


 と、フローラがいうものだから男どもが調子に乗り始めた。

 彼らは、ふんっふんっふんっ、とフローラに見せつけるように剣を振り出したのだ。

 それはフローラに対するアピールなのだが……。

 もちろん、フローラは男どもの頑張りに気づいていない。


「そう言って貰えるとありがたいが、まあ決めるのはあんただ。それに、生徒会に入っても剣術部は辞めないんだろ?」

「はい、そのつもりです」

「なら、別に俺は構わんよ」


 アレックスがそう言うと、男どもはアレックスを睨みつけた。

 フローラが生徒会に入らないと言っているのに。

 わざわざ彼女を生徒会にはいるよう後押しすることはない。

 と、部員たちはアレックスに恨めしい目を向ける。

 しかし、アレックスが男どもを睨みつけると、彼らは黙って剣を振り始めた。


 そんな中、フレディが話に割り込む。


「フローラ嬢が生徒会に行くのは嫌だな」


 そうフレディが言うと野郎どもが、うんうん、と頷いた。

 剣を振りながら、器用なことをする奴らである。


「でも、君が行った方がこの学院は良くなると思う。そう考えたら、引き止めることはできないよ」


 と、フレディが言った。

 本当に、フレディの性格は変わり過ぎだ。

 マイナスの状態からゼロを通り越して、一気にプラスに反転したようなもの。

 それだけ彼にとって先日の一件は衝撃的だったのだ。


 そして、部員たちはフレディの言葉にハッとなった。

 フレディの言う通り、フローラが生徒会に入ったほうが学院のためになる。

 しかし、フローラには訓練所にいて欲しい。

 そんな部員たちの潜在的な悩みを、フレディが代弁したのだ。


「私が生徒会に行ったところで、何も変わりませんよ?」


 ――オレが生徒会に入ると学院が良くなる? どうして、こいつらはそう思っているんだ?


 と、フローラは純粋な疑問を覚えた。


「ははは、フローラ嬢は本当に謙虚だな。そういうところが、人に好かれるのだろうけどね」


 フレディは過去の自分を思い浮かべながら言う。

 彼は今まで高慢な性格だった。

 それが人から嫌われている要因だったことを、今ではよく理解している。


「まあ、なんにせよ、あんたのやりたいようにすれば良い。俺たちは、それを咎めたりはしないってことだ」


 とアレックスが締めくくった。

 そして、部員たちもフローラの意思を尊重しようと思った。


 対してフローラは、


 ――おいおい、めてくれよ。これじゃあ、生徒会を断る理由がなくなったじゃねーか。


 という思いだった。

 フローラは剣術部の活動が忙しいと言って、生徒会を断るつもりだったのだが。

 彼女の思惑は見事外れることとなった。

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