28. お茶会

 フローラはお茶会に呼ばれていた。

 主催者は縦ロールの公爵令嬢、エリザベスである。

 彼女の一派と一緒にお茶をすることになり、フローラは今、学院内にある庭園でお茶をしていた。


 オホホホっと高笑いするエリザベスはいつも通りである。

 しかし、彼女は内心で、


 ――お友達とのお茶会ですわ! フローラ様に楽しんで頂けるでしょうか?


 と、わくわくドキドキしていた。

 今までのエリザベスは取り巻きとのお茶会ばかりであり、好き勝手に振る舞えていた。

 しかし、フローラとはお友達であり対等な関係なのだ。

 そのためエリザベスはいつものお茶会以上に気合を入れていた。


「聞きましたわよ、フローラ様。剣術部に入られたようですわね」


 そうエリザベスが切り出すと、


「あら、まあ。剣術部ですこと?」

「随分と活動的ですわね」


 と、周りの令嬢がクスクスと笑い始めた。


 フローラとエリザベスは友達である。

 しかし、それは2人の間のものであって、エリザベスの取り巻きたちはフローラを未だに敵対視している。

 というのも、取り巻きたちは基本的にエリザベスの駒であり。

 フローラはエリザベスの敵。

 そう認識している彼女らはエリザベスのために、フローラを貶しているのだ。


「剣術部は良い部活ですよ」

「まあまあ、平民の男たちとお戯れですか? それはまた、面白いことをやっておりますわね」


 そう言ったのは取り巻きの一人。

 彼女の名はセリーヌ・ド・アルノー。

 アルノー伯爵家の令嬢である。

 おかっぱ黒髪の少女だ。

 気の弱そうな外見とは裏腹に、結構な毒舌である。


「はい。いつもは楽しく、しかし、ときに厳しく。剣術を学び、体を動かしております」

「剣術とは、また野蛮ですこと。刺繍部のほうが繊細で美しくてよ」


 と、セリーヌは言った。

 彼女は刺繍部であり、女性の価値とは刺繍をいかに上手くできるか、と考える少女であった。

 いかにも貴族らしい令嬢だ。


 セリーヌはエリザベスを見て、言ってやりましたわ、と得意げになる。

 だが、しかし。


「セリーヌ様。あなたが刺繍の腕前に自信がおありなのは、私も存じております。しかし、フローラ様を貶すのはよしてくださいな」


 そうエリザベスが言うと、セリーヌは目を見開いた。

 彼女だけでなく、取り巻きたちは一様に驚いた顔をしている。


「あ、あの……エリザベス様?」


 セリーヌが呆然となる。

 彼女はエリザベスのためを思って言ったのだ。

 まさか、自分が注意されるとは思ってもいなかった。


「はい、どうしました?」

「それは……どういう意味でしょう?」

「フローラ様を貶める発言は聞き捨てなりません。と私は述べたのです」


 エリザベスはきっぱりと言った。


 ――今日こそは、私とフローラ様との関係を伝えるときです。これ以上、私のお友達を馬鹿にされるのは許せませんもの。


 彼女はそう決意をして、取り巻きをお茶会に誘ったのだ。

 エリザベスがフローラを嫌っている、という空気を払拭し、仲良しアピールをしたかったのだ。


「私とフローラ様はお友達です、なので彼女を貶めることは、私を貶めることにも繋がります。その覚悟はおありで?」


 と、エリザベスが言うものだから取り巻きたちは萎縮してしまった。

 それもそうだ。

 公爵令嬢であるエリザベス。

 そして聖女と名高いフローラ。

 第1学年のツートップとも言える彼女らを敵にすることなど、取り巻き令嬢たちができるとは思えない。


 セリーヌは苦々しく思いながらも、エリザベスに謝罪する。


「も、申し訳ありません」

「私は構いませんわ」


 エリザベスは鷹揚に頷いた。


「しかし、謝る相手が違うのではありませんか?」


 と、彼女は言った。

 すると、セリーヌは逡巡を見せたあとに、フローラを見て、


「分を弁えずに、失礼なことを申しました。どうか、ご容赦をお願います」


 と、謝ったのだ。

 セリーヌからすると屈辱である。


 しかし、当のフローラは、そもそも自分が貶されていたことに気づいておらず。


 ――んん? 状況が理解できんが、まあ良いや。


 と、呑気なものだった。

 彼女は他人からの視線に疎いのだ。

 賞賛も批判もフローラには通じない。

 他人の視線が気にならないのは、ある意味とても幸せなことだろう。


 とりあえず、フローラは、


「いえ、気にしておりませんわ」


 と微笑んだ。

 そんなフローラを見て、エリザベスは、


 ――フローラ様は心が広いですわ。


 と、感心していた。

 そして、ようやくフローラとお友達であることを周囲に知らせることができ、エリザベスは大変満足であった。


 取り巻きたちもエリザベスとフローラの仲が良いのなら、そのように振る舞えば良いだけのこと。

 彼女らは、臨機応変に行動できるのだ。

 そもそも、フローラに対して嫌な気持ちを持っている令嬢のほうが稀だ。

 令嬢たちは基本的に美しいものが好きなのだ。

 フローラほどの美貌の前では、嫉妬の気持ちすら抱かない。

 アイドルに嫉妬しないのと同じような原理である。

 それほどまでに、彼女の容姿は現実離れしていた。


 エリザベスのお友達発言を機に、お茶会は和やかになったのだった。

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