29. お茶会
少女たちはわいわいと歓談に興じる。
令嬢とは、つまり乙女。
乙女が集まれば、彼女らのする会話は一つ。
自然と恋愛話に移っていった。
とくに皆が気にしているのは、フローラの恋愛事情についてだ。
「アレックス様と仲がよろしいようですが、普段はどのような会話を?」
と、令嬢の一人がフローラに尋ねる。
「会話はあまりしませんが。手取り足取り剣を教えていただいております」
フローラは無難に答えたつもりだった。
しかし乙女たちは、きゃあきゃあ、とはしゃぎ始めた。
手取り足取りという言葉が、乙女達の妄想を膨らませたのだ。
意外にも、アレックスは令嬢たちからの人気がある。
ワイルドな顔。
精悍な体つき。
一流の剣士であり、か弱い乙女を守ってくれる強い男というイメージがある。
特に筋肉フェチの女子から人気があるようだ。
他にも、ちょっと乱暴にされたいと思う少女からも需要があるのだ。
「フローラ様はマシュー様とも仲が良いですわね」
他の令嬢がそう言う。
マシューは童顔であり、ワイルドなアレックスとは正反対のタイプだ。
人懐っこい笑みと親しみやすさで定評のある人物だ。
「アレックス様とマシュー様と言ったら……」
「とても想像が膨らみますわね」
「ええ、お二人が肩を並べている姿は、控えめに言って最高ですわ」
と、令嬢たちが妙な盛り上がりを見せた。
話についていけないのは、フローラとエリザベスの二人だけ。
会話に参加できていないエリザベスが、
「お二人に何かあるのでしょうか?」
と、取り巻きたちに尋ねた。
取り巻きたちは顔を見合わせたあと、
「いえ、なんでもありませんわ」
と告げた。
アレックスとマシューのコンビは絵になる。
乱暴なアレックスに、押しに弱そうなマシュー。
そう、ボーイズラブ的な意味だ。
令嬢たちの妄想を掻き立てる二人組なのだ。
「でもフローラ様と言えば、ハリー様がお似合いですわ」
と、取り巻きの令嬢が言う。
すると他の令嬢たちは、うんうん、と頷いた。
「先日、ハリー様と生徒会室で二人っきりになられたようですね」
「ええ、はい。そうですが?」
フローラが頷くと、少女たちは「きゃあ!」とか「まあまあ、それは」としきりに頷き始めた。
シューベルト王立学院には見目麗しい人物が多い。
しかし、その中でもハリーの容姿は抜きん出ていた。
凛々しく男前であり、神の創り出した彫刻品のような整った顔立ち。
それを証明するかのように、ハリーの顔は人が最も美しいと感じる黄金比となっていた。
古今東西、美人とは、少女たちのハートをがっしりと掴んで離さないものなのだ。
そんな第一王子と精霊のように美しいフローラが並んだとき、大聖堂に飾られる絵のような神々しさを放つ。
お似合いの二人だ、と誰もが納得する。
そうして、恋愛話をしていると一人の少女が不貞腐れ始めた。
エリザベスだ。
彼女は恋愛話に疎く、話についていけていなかったのだ。
しかし、エリザベスはどうしても話に乗りたく。
――私がフローラ様とお話するためのお茶会ですのに。
と、ハンカチをぎゅっと掴みながら、
「それはそうとして、フローラ様。ダンスパーティのお相手は決めまして?」
と、エリザベスは質問した。
すると、フローラは、
――あ、やべっ。忘れてた。
と、焦り始めた。
ダンスパーティまで残り3日。
それなのにパートナーがいないという状況は、結構詰んでいる。
「もしかして、まだお決めになっていないのですか?」
「最近、とても忙しくて……」
と、フローラは言う。
最近忙しかったので、という言い訳を日本人はよく使う。
そういう人に限って、結構暇だったりする。
夏休みの宿題を最後の1週間に詰め込んでやるような、そんな計画性のなさ。
フローラは無計画な少女であった!
こんなポンコツが聖女として崇められているのだから、世も末である。
「それは困りましたわね。フレディ様からお誘いはどうなりましたの?」
「断らせていただきました」
と、フローラが言うと、取り巻きり令嬢たちは驚いた。
てっきり二人がパートナーを組むものだと思っていたのだ。
フレディの誘いを断ってから、フローラは他の人からパートナーを申し込まれることがなく。
未だに一人なのだ。
つまり、ぼっちである。
なんだかんだ言っても、フレディは人気者だ。
そんな人からの誘いを断ったフローラに、ダンスを申し込もうとする猛者はいなかった。
なんと、フローラは高嶺の花のように思われているのだ!
高値の豚から高嶺の花に昇格したが故の弊害である。
どちらもぼっちであることに変わりはないのだが……。
「フレディ様は私とダンスを踊りますの」
そう、得意げに言ったのはセリーヌだ。
彼女は勝ち誇った目をフローラを向けた。
他の令嬢たちも羨ましそうにセリーヌを見る。
最近のフレディは高慢さがなくなり、以前よりも女性からの人気が増していた。
女性関係が酷いと言われていたフレディだが、フローラとの一件から爽やかで真面目な人物に変貌。
そして、付き合っていた者たちと一斉に別れたのだ。
その隙間を縫うように、セリーヌはフレディにダンスの相手を申し込んだ。
ちょうどその頃、既にほとんどの淑女にはパートナーがおり。
フレディからすると、特に断る理由もなかったため、快くセリーヌの相手を引き受けたのだ。
「フローラ様はまだお相手がいないようですが。もう時間がありませんわよ。まさか、一人でパーティに参加されるわけではありませんよね?」
セリーヌがフローラを煽るように言う。
ダンスパーティに一人で参加するというのは、かなり恥ずかしいことである。
特に貴族女性からすると、居たたまれなくなるほどの羞恥だ。
周囲から嘲笑されること間違いなし。
しかしフローラは、
「もし誘いがなければ、一人での参加もあり得ますわ」
と、相手がいなくても気にしないのだ。
――ていうか、パートナーって必要なのか? 一人で参加しても良いなら、その方が楽なんだけど。
フローラは相手がいない方が気楽だと思い始めた。
セリーヌは眉間に皺を寄せた。
マウントを取ろうにも、相手がまったく気にしていないなら、独り相撲になるだけである。
「そうですわ! フローラ様。私の兄上はどうでしょうか?」
と、エリザベスが目を輝かせながら言った。
エリザベスの兄とは、ノーマン・パラー・ノーブル。
第2学年であり、学院内でハリーとの人気を二分している貴公子だ。
ミステリアスな人物であり、そこがまた良いとされている。
「しかし、ノーマン様は第2学年です」
と、フローラが言うと、
「問題ありませんわ。ダンスパートナーに決まりなどありませんもの」
ダンスの相手は誰でも良いのだ。
極端な話、家族でも良いのだ。
だが、暗黙の了解として、パートナーは一年生同士で組むものとされていた。
「兄上もフローラ様に興味がおありでして。フローラ様さえ良ければ、お話を通しておきますわ」
フローラは迷った。
正直な話、彼女からすれば一人での参加に気持ちが向いていた。
しかし、エリザベスの輝いた目を見ていると断り辛く。
「わかりました。ぜひ、お願い致します」
そうフローラが言うと、エリザベスはぱあっと顔を輝かせ、
「はい!」
と、意気込んだ。
エリザベスは、お友達のフローラと尊敬する兄上が組めば、理想的なコンビになると考えていた。
他の令嬢からしても、フローラとノーマンならお似合いだろうと思った。
だがしかし。
セリーヌだけは恨めしい目でフローラを見ていたのだった。
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