30. ノーマン・パラー・ノーブル

 お茶会をした翌日。

 エリザベスの紹介により、フローラはノーマンと顔を合わせていた。

 お互いに相手のことを知っていたが、会話をするのは初めてである。

 先にフローラが挨拶をした。


「はじめまして、フローラ・メイ・フォーブズと申します」


 ちょこんとスカートを上げ、一礼。

 そのあとに、ノーマンが挨拶を仕返す。


「これはどうも、ご丁寧に。僕はノーマン・パラー・ノーブル。よろしくね」


 まさに貴公子の笑み。

 第一王子との人気を二分するのも頷ける、美しい青年だ。

 赤髪と切れ長な目。

 少し近寄り難く、ミステリアスな雰囲気があるものの、ノーマンは穏やかで面倒見の良い性格だ。


「妹が世話になっているよ」

「いえいえ、こちらこそ。先日もエリザベス様とはお茶会で楽しくお話させていただきました」

「それは、仲が良いようで何よりだ。フローラ嬢のおかげで、友達ができた、と妹が喜んでいてね。エリザベスはああ見えても、寂しがり屋で臆病だから。これからも付き合ってあげて」


 フローラはこくりと頷いた。

 ノーマンが続けて言う。


「ところで、ダンスパーティの相手を探しているらしいね」

「ええ、お恥ずかしながら」

「それなら、僕をパートナーに選んで欲しい」


 と、ノーマンがストレートに言う。

 それも普通の令嬢なら、一発で落ちるだろう笑みをもって。


 ノーマンはフローラと踊りたいと思っていた。

 妹から頼まれたから、という理由に加えて。

 次々に周囲を魅了していくフローラの人柄を知りたいと思ったのだ。


 フローラからしても断る理由がない。

 というか断ってはいけない。

 ノーマンの誘いを断ると、エリザベスに迷惑がかかる。


 しかし、それでも、


 ――このタイプのイケメンって苦手なんだよな。笑顔が胡散臭いし。


 ノーマンの笑みを見て、フローラの体から拒絶反応が出た。


 そもそも、フローラはイケメン嫌いだ。

 イケメンなんて爆発してしまえ、なんて思う少女なのだ。

 その割に、最近はイケメンに囲まれているフローラである……。


「お話は非常に嬉しいのですが、ご迷惑ではありませんか?」


 新入生歓迎パーティで、第2学年の生徒が第1学年の生徒のパートナーになるのは、前例があるとは言え、珍しいことだ。

 フローラは念のため尋ねてみた。


「迷惑だなんて……。むしろ、この上なく光栄なことだと思っているよ。ただ一つだけ、お願いがある」

「はい、なんでしょう?」

「生徒会に入ってくれないか?」


 と、ノーマンが言った。

 既にハリーがフローラを生徒会に誘っているが、ノーマンはその事実を知らない。

 これはノーマンの意思である。

 フローラが生徒会に入れば面白いことになる、とノーマンは考えているのだ。


 それに対してフローラは、


 ――うわー、また来たよ。どんだけオレを生徒会に入れてイジメたいんだ? 第一王子もねちっこいなぁ。


 と、ため息をつきたい気分だった。

 彼女の考えは何一つ当たっていない。

 そもそも、フローラの考えは大抵的外れなものだ。

 とても残念な少女なのだ。


 フローラが言い淀んでいると、


「ダメかい?」


 ノーマンが困ったように眉を曲げた。

 憂いの君、とノーマンは呼ばれている。

 女性から同情を誘うのは、ノーマンは得意技だった。

 彼の困った表情を見れば、ほとんどの女性は気を許してしまう。

 しかしフローラの感情はピクリとも動かない。

 むしろ、イケメン爆発しろ、という思いを強めているほどだ。


「ダメではありませんが……」


 フローラは言葉を濁らせた。

 元日本人の、はっきりと断れない性格が出てしまっている。

 しかし、それがいけなかった。


 ノーマンは『フローラが生徒会に入ることを了承してくれた』と捉えた。


「それは良かった。フローラ嬢がいれば、きっと生徒会も楽しくなるよ」

「いえ……まだ入るとは……」


 フローラは目を伏せた。


 第一王子の件を抜きにしても生徒会に入りたくない。

 と、フローラは思っている。

 生徒会に入ったら忙しいこと間違いなし。

 ここ数日間、エマに情報収集を頼んだ結果、生徒会の労働環境が過酷であることを突き止めた。

 基本的にめんどくさがり屋のフローラからすれば、できれば断りたい話である。


「そうか。それなら、パーティの終わりまでに返事をくれない?」


 ノーマンはにっこりと笑って言う。

 さすがは紳士。

 無理矢理に女性を誘うようなことはしない。


 しかし、ちゃっかりと返事の期限を決めている。

 これでフローラは、パーティまでに返事を用意しなければならなくなった。

 ぬらりくらり躱しながら、相手が忘れるのを待とうと思っていたのだが……。

 フローラの思い通りにはいかないようだ。


「わかりました。それで、ダンスパートナーの件はどうなります?」

「ああ、大丈夫。パートナーはしっかり務めるよ。生徒会に入るかどうかは関係なくね。僕自身、麗しのフローラ嬢と踊ってみたいから」


 とノーマンは甘い言葉を吐きながらウィンクした。

 それが憎いぐらいに様になっているのだ。

 以前一度、フレディからウィンクされたフローラだが、それとは比べ物にならないほど、ノーマンのウィンクは綺麗だった。

 もし、ウィンクの世界選手権が開催されたら、ノーマンは優勝するだろう。


 乙女を殺しにきている。

 だが、しかし!

 乙女ではないフローラからすれば、ゼロダメージである。

 これぞ無自覚TS転生美少女!

 略して、M・T・B!


「私もノーマン様と踊れることを楽しみにしておりますわ」


 と、フローラはにっこりと笑い返した。

 ノーマンは僅かばかり瞠目する。


 ――ふむ。普通の令嬢なら、顔を真っ赤にするところだろうに。全く反応なしか。


 ノーマンはフローラが他の令嬢とは一味ひとあじ違うと感じた。


 それもそうだ。

 フローラには様々な要素が盛り込まれている。

 転生要素とTS要素とポンコツ要素と美少女要素と……。

 要素盛り込みのフローラを、他の令嬢と比べてたら、一味ひとあじどころか七味ななあじぐらい違うのだ。


 そんなフローラは、


 ――パーティって、コルセットがキツいから食事を楽しめないんだよな。あーあ、考えるだけで憂鬱になってきた。


 普通の令嬢とは全く別の思考をしていた!

 そもそも、ダンスパーティで食事を気にする令嬢などいない。

 やはり、普通の令嬢とフローラとでは一味いちみ七味しちみぐらい違うのだった。

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