5. カサブランカとレンゲツツジ
フローラは入学式が終わってから、廊下を歩いていた。
ちらほら……いや、結構な視線がフローラに向いている。
フローラの美貌に加えて、彼女の歩き方が綺麗であり、注目を集めていたのだ。
重心をぶらさずに、背筋をピンと伸ばす。
美しい姿勢を保って、まっすぐ歩く姿から貴さがにじみ出ていた。
ちなみに彼女が美しい歩き方を身につけたのは、何も綺麗に見られたいからではない。
ダイエットのためである!
正しく美しい歩き方をマスターすれば痩せられる。
そう考えたフローラはダイエットのために美しい歩き方をマスターし、見事健康的な体を手に入れたのだ。
白百合のように可憐で美しい少女をその目に刻もうと、多くの生徒がフローラを見ていた。
そんな視線を一切気にせずに、フローラは歩く。
フローラが向かっているところは食堂である。
待ちに待った食事の時間だ。
学院長のヅラに意識を集中させ過ぎて、彼女は疲れていたのだ。
体力の無駄遣いである。
ちなみに、この学院には二つの食堂がある。
一つ目は貴族が通う食堂で、名前は『カサブランカ』。
高貴の意味合いを持つ百合の花をイメージした食堂だ。
そして、高貴さを体現するような見目麗しい少女、フローラもカサブランカに向かっている……のではなかった!
彼女が向かうのは『レンゲツツジ』と呼ばれる食堂だ。
平民が利用することの多い食堂であり、節制の花言葉を持つ"ツツジ"を表すかのように比較的安いメニューが揃っている。
ところで、平民はお金がなく、貴族はお金を持つというイメージがあるが、この学院に関して言えば必ずしもその考えは当てはまらない。
学院に通う平民生徒のほとんどが富裕層であるからだ。
商家の跡取り息子、労働者を抱える資本家の娘などなど、一部の下位貴族よりもよっぽど裕福な平民である。
彼らは
他にも特別な才能を見いだされて学院に入学してきた平民もいるが、それは圧倒的少数派といえる。
広く門戸を開いているシューベルト王立学院でも貴族や資本家の子供が多くなるのは仕方のないこと。
と、そんなわけだが。
彼ら
にも関わらず、彼らはカサブランカではなく、レンゲツツジを利用していた。
それは貴族と平民による格差、暗黙の了解というモノだ。
貴族は『カサブランカ』、平民は『レンゲツツジ』。
食堂一つとっても貴族と平民に隔たりができている。
それはシューベルト王立学院の生徒なら誰もが知っている事実であり。
もちろん、新入生でも知っているはずのことだ。
もし、この暗黙の了解を知らずに、身分に合わない食堂を利用したときは大恥をかくことになる。
そして、フローラはというと、
――食堂が2つあるのか。おっ、レンゲツツジのほうが美味そうな肉があるじゃねーか! こっちに決めた!
という軽い気持ちでレンゲツツジのほうに向かっていたのである。
彼女は暗黙の了解を知らなかったのだ!
彼女の軽率な行動を第一王子であるハリーは見ていた。
ハリーはフローラを何も知らない馬鹿な娘だと思った……のではない!
なんと!
ハリーの目にはフローラが貴族、平民の隔たりをなくそうと行動する少女に見えたのだ。
――この学院の現状を嘆き、さっそく行動に移すか。その行動力は目をみはるものがあるな。
とハリーは考えていた。
勘違い甚だしい!
ハリーの中でのフローラの評価が勝手に上がっていく。
公平公正であり、確かな目を持つと言われる生徒会長ハリー。
しかし、フローラを見る目に関して言えば、眼科に行ったほうが良いぐらいの曇り具合であった!
「何か面白いものでも?」
ハリーに話しかけたのはノーマン・パラー・ノーブル。
偉大なるノーブル公爵家の長男であり、いずれ公爵家を継ぐと期待されている男だ。
ノーマンとハリーは同い年である。
さらに第一王子と公爵家の長子という近しい立場から、二人は一緒にいる機会が多かった。
そのため、彼らは友人のように気安い関係を築いていた。
ノーマンの容姿は誰が見ても美しいと言えるモノだった。
燃えるような赤髪
ミステリアスな切れ長の目。
女子生徒から絶大な人気を集めている。
ハリーとノーマン。
彼らは学院の2大イケメンであり、二人を見つめる女子生徒の目がハートになっている。
「面白いものか……そうだな、今年は面白そうな一年が来たな、と」
「ああ、彼女のことね。謎の美少女が来たと話題に上がっていたけど……。ハリーはああいう顔が好みだっけ?」
「いや、たしかに顔は美しいと思うが……」
ハリーは第一王子である。
美人など見慣れており、フローラがいかに美しいといえども、それだけで心を奪われることはない。
外側が如何に美しくても、内側が醜ければ意味がないと思っている。
外見や地位、権力などの外面が良い者こそ、より注意して観察するべきだ、とハリーは考えていた。
それなら、フローラの中身がポンコツであることも見抜いて欲しいものだが……。
「俺が感心したのは別のところだ」
「ほぅ……それはどういうところを?」
ノーマンはちらっとフローラを見た。
そして、ハリーの意図をすぐに理解した。
「なるほど、そういうことね。これは面白いことになりそうだ」
ノーマンもハリーと同じ結論に達した。
高貴な生まれの者がレンゲツツジに向かう意味。
まさか、フローラが何も知らずにレンゲツツジに向かっているとは思わず……。
「どうなるか楽しみだけど、僕たちが行くといらぬ混乱を招く」
「そうだな。今日のところは大人しくしておこう」
ハリーはフローラと話をしてみたかった。
そして、もし彼女が知性溢れる少女であった場合、生徒会に誘うのもありだと考えていた。
だが、焦る必要はない。
話す機会はまだいくらでもある。
そう考えたハリーはノーマンとともにカサブランカに向かうのだった。
そして男たちの間違った思い込みを他所に……。
――良し! 肉だ! 肉を食うぞ!
フローラはレンゲツツジに辿り着いた。
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