6. フローラ、チンピラに絡まれる!?

 フローラが食堂に入ると同時に、食堂が静かになった。

 フローラは匂い立つような美貌を持つ美少女だ。

 そして、堂々とした立ち振る舞い。

 それだけでも十分、彼女が貴族令嬢だとわかるが……。

 もっとわかりやすく、彼女が貴族の令嬢だと仄めかすものがある。


 それは彼女の着ている服だ。

 袖がふわりと広がるレースをあしらった純白のドレス。

 ドレスはシンプルだが、ひと目で上等なモノだとわかる。

 白銀のサラサラの髪と純白のドレスが相まって、彼女をより美しく見せていた。

 さながら天女のよう。

 これでフローラを平民だと思うほうが無理である。


 その場に佇むだけで人々を魅了する。

 しかし、フローラの内心はご存知の通り、


 ――良し! 肉だ! 肉を食うぞ!


 ……本当に罪な人である。

 彼女の心の中をうち知ったら、多くの人が卒倒してしまうだろう。


 能天気なフローラだが、彼女にも一つだけ大きな悩みがあった。

 それは食欲を抑えきれないことだ。

 前世の記憶が蘇った当初、フローラは食欲を抑えようとしたが無理だった。

 フローラの体は美味しいものなら際限なく食べられる能力を備えていた。

 これぞ7つの大罪の一つ、暴食!


 彼女の持つ暴食の前では食事制限が意味をなさず。

 ストレスがたまって余計に食べすぎてしまうのだ。

 それも本人の無意識のうちにである。

 目の前の食料が消えてなくなったと思ったら、フローラのお腹の中にあった!

 ……なんてことも多く。

 さすがに意識していない状態までは、彼女もコントロールできない。


 むりやりに食事制限するのは良くない。

 そうしてフローラが考えたのは普段の食べるものを変えることだった。


 特に脂っこいもの!

 これは厳禁!

 それと炭水化物!

 これは取りすぎない!


 そうやって食べる物を制限することで、無理なく体重を落とすことができた。


 ちなみに肉は食べても問題ない。

 脂が多い肉はダメだが、赤身の肉なら食べても大丈夫だ。


 フローラは近くで肉を食べている生徒を見つけ。

 じゅるり。

 彼女は心の内でヨダレをこぼす。

 一応は侯爵令嬢であるフローラ。

 さすがに公衆の前でヨダレをこぼすことはしないようだ。


 レンゲツツジにはいくつかのメニューがあり、それぞれの料理の前では列ができている。

 彼女は肉を注文するためにステーキカウンターの列に並ぼうとした。

 そのときだ。


「おい、貴族がこんなところになんのようだ?」


 フローラはチンピラに絡まれた!


 平民が利用する食堂の中に一人だけいる貴族。

 明らかに高位貴族と思われる少女がいるのだ。

 それを気に食わないと思う者が出てきても、なんら不思議ではない。


 全ての人がフローラの美貌に惑わされるわけではないのだ。


 フローラは振り向く。

 そこには黒髪黒目の粗野な男が立っていた。

 普通の令嬢なら後退りをしてしまう威圧感を男は放っていた。

 しかし、彼女はたじろがない。


 なぜなら、フォーブズ家には精強な男たちが揃っているからだ。

 毎日、筋肉隆々の強面共を相手にしてきたフローラが、学生にビビることはない!


「お食事をしにきただけですわ」


 フローラは毅然と言い返す。

 男はむっとした顔でフローラを睨みつけた。


「ここに貴族が期待するもんはない」


 ――それはあれか? お前に食わせるタンメンはねぇってやつか?


 とフローラが前世の漫才ネタを思い浮かべたときだ。


「ああ、ちょっとすみませんね。こいつ。あまり貴族との会話に慣れていないもので」


 粗野な男の横から、茶髪の男がひょいっと現れた。

 こちらは優男といった感じで、粗野な男とは対称的な人物だ。


「いえ、構いませんよ。あなた方は……えーっと」

「おっと、これは失礼。僕はマシュー。で、こっちがアレックス。よろしくね」


 マシューはフローラに挨拶をしながら、冷静に彼女のことを観察していた。

 荒くれ者のアレックスを前にしても動じないフローラの精神力。

 ただの箱入り娘ではないな、とマシューはフローラのことを評価していた。


「私はフローラ・メイ・フォーブズと申します」


 ドレスのスカートを掴んで、流れるような動作で一礼。

 さすがは侯爵令嬢。

 礼の仕方が様になっている。

 お茶会や誕生日会に呼ばれなかったフローラだが、貴族のマナーは一通り覚えていた。


 マシューはフローラ・メイ・フォーブズと聞いて、軽い引っかかりを感じた。

 どこかで彼女の名前を聞いたことがある。

 しかし、思い出せなかった。

 彼は商家の跡取り息子である。

 貴族のことについてはそれなりに詳しく。

 フォーブズ家が北の一帯を治める侯爵家だということは理解している。


 しかし、マシューは平民だ。

 豚令嬢の噂を聞いたことがあっても、フローラがその豚令嬢だとは想像もつかなかった。

 彼は一旦、疑問を意識の隅に置き、


「それで、フローラ嬢はどうしてここにいるの?」


 と尋ねた。

 マシューが聞いているのは平民が利用するレンゲツツジにどうして貴族のフローラがいるか、ということだ。


 しかし、フローラはこれを新入生いびりだと思った。

 新入生のくせに先輩たちを差し置いて飯を食うな、とそう捉えたのだ。

 だが、そんなイビリに屈しないのがフローラである!


「ここで食べてはいけない理由でもありまして?」


 この返しにアレックスが眉を潜めた。


「理由? はっ、くだらないことを聞くな」


 アレックスはフローラが平民をおちょくるためにレンゲツツジを訪れたと思っていた。

 もしくは慈悲深い聖女でも演じるつもりなのかもしれない、と。

 どちらにしても、アレックスをイラつかせる要因でしかなかった。


「お前がどういうつもりでここに来たのかは分からんが、はっきり言って迷惑だ。とっとと消えてくれ」

「おい、アレックス。さすがにそれは言いすぎだ」


 マシューがアレックスを注意する。


「はんっ、知るかよ」


 アレックスはフローラを睨みつけたあとに去っていった。

 それを見たフローラは、ふむふむと頷いたあとに、


 ――ご飯前だから怒っているんだろうな。


 と、随分と呑気なことを思っていた。

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