19. アレックス・アンダーソン
アレックス・アンダーソンは剣の天才である。
幼い頃から負け知らず。
相手が大人であろうと、構わず倒していった。
そして、その類まれなる才能を見込まれ、シューベルト王立学院に入学を果たす。
シューベルト王立学院には優秀な生徒を特待生として出迎える、特待生制度がある。
アレックスは剣の腕前を見込まれ、特待生として学院に入った。
彼の家は特別裕福なわけではない。
さらに、アレックスの外見は相手に威圧感を与える。
でかい図体に鋭い眼光。
そして、言葉遣いも荒く、みんなから遠巻きにされていた。
しかし、そんなアレックスだが、武術大会で優勝を果たすと同時に周囲から一目置かれるようになった。
主に平民の生徒たちがアレックスを認めたのだ。
特に決勝戦にて。
アレックスが貴族生徒をボコボコにしたのが、平民生徒からウケたようだ。
そこから、さらに月日が経ち。
アレックスが2年生となる直前。
騎士部から突然、剣術部の訓練所を遠くにするように言われた。
騎士団長の息子であり、新入生のフレディ・K・ハモンドがそう要求してきたのだ。
「私は栄えるある王国騎士団、団長の息子、フレディ・K・ハモンドだ。低俗な君たちが同じ学院にいるだけで許せないのに、どうして君たちの近くで訓練しなければならない? はっきり言って不愉快だよ」
フレディが入学式の少し前に放った言葉だ。
不愉快なのはアレックスのほうだった。
しかしアレックスたちの主張は通らず、剣術部の訓練所は遠くのほうに追いやられた。
さらに新しく用意された訓練所は至る所に草が生えており、ほとんど手入れされていない場所だった。
「なあ、マシュー。貴族たちをボコボコにしたら、ダメか?」
アレックスは一年時から仲の良いマシューに相談した。
というよりも愚痴を言いたかったのだ。
「そのときはお供する……と言いたいところだけど。ダメだね。武術大会までは待ったほうが良いよ」
マシューもアレックスの気持ちがわかったが、ここで問題を起こすとアレックスのためにならない。
そう思い、マシューはアレックスを宥めた。
そういう経緯もあり、アレックスは相当荒れていた。
もともと、貴族の選民思想が好きでないアレックスだが、さらに貴族が嫌いになる出来事だった。
剣を持てば学院内の誰にも負けない自信があるアレックスだが、それ以外の場では無力だったのだ。
そんな気持ちを抱いているときだ。
フローラ・メイ・フォーブズが平民の食堂であるレンゲツツジに現れたのは。
アレックスは貴族が平民を馬鹿にしにきたのだと思い、フローラにきつく当たってしまった。
そして、そのすぐ後。
フローラが剣術部にも顔を出してきた。
アレックスはつい苛立ちを抑えきれず、無理難題をふっかけてしまった。
だが、フローラはアレックスに正々堂々挑んできた。
何度倒されても立ち上がるフローラの姿に、アレックスは畏敬の念を抱いた。
強さとは何か。
圧倒的な暴力で相手をねじ伏せることか?
いいや、違う。
権威・権力で相手を黙殺することか?
いいや、違う。
強さとは己に定めた一本の芯に従い、それを貫き通すことである。
「一度、始めた戦いです。勝負が決まるまで終わってはなりません」
そう言ったときのフローラの言葉は強さそのものであった。
アレックスはフローラの中に本物の強さを見出した。
結果、アレックスは負けた。
偶然だった。
だが、その偶然を手繰り寄せたのはフローラの力だ。
最後まで諦めずにアレックスに挑んできた強さが、フローラに勝利をもたらしたのだ。
そんなわけでフローラの入部を認めから数日。
フローラは熱心に剣を振っていた。
まるで何かと戦うかのように。
男でも音を上げるメニューを平然とこなしていた。
さらにフローラがいるとことで部内の雰囲気も良くなった。
少女が頑張っているのだ。
男児たるもの、負けてはいられない。
と、剣術部全体の底上げにも繋がった。
以前と比べ物にならないほど、良い雰囲気が出来上がっている。
それも全てフローラのおかげであった。
部員たちはフローラと早く会うために、授業が終わったらすぐに部活に来るようになった。
しかし、肝心のフローラだが。
今日はまだ来ていないようだ。
と、アレックスが周りを見渡したときだ。
「おやおや、平民の諸君。私が用意してやった新しい訓練所はどうだ?」
フレディ・K・ハモンドが騎士部の生徒を引き連れて現れた。
彼らの出現により、訓練所の雰囲気は一瞬で悪くなった。
剣術部が騎士部を歓迎していないことが、ひしひしと伝わってくる。
そんな空気だ。
「なんの用だ?」
アレックスは低い声で問いかける。
「私のパートナーが剣術部の強引な手法によって、むりやり入部させられたようだから。取り返しにきたのだよ」
「パートナー?」
アレックスは眉をひそめた。
「フローラ・メイ・フォーブズさ。こんな薄汚れたところに彼女がいたら、穢れてしまうじゃないか」
「穢れる? 随分な言い方だな。そもそもフローラ嬢がお前のパートナーというのは本当か?」
「もちろん。私とフローラは今度のパーティで一緒に踊る仲だ。有名な話だと思ったが、まさか知らなかったとはね」
フレディはアレックスを小馬鹿にするように笑った。
「それは知らなかったな。お前がただの勘違いクソ野郎だとはな」
「……なんだと?」
「フローラ嬢がお前なんかを相手にするわけないだろ」
アレックスの言葉に剣術部の生徒が頷いた。
フレディとフローラとでは釣り合わない。
貴族のぼんぼんと、心も体も美しいフローラとの間には天と地の差がある。
剣術部の面々はそう考えていた。
「低俗な分際で、私を愚弄するか?」
「愚弄? 事実だろ?」
「ふっ、まあ良い。私は君のような者と言い争うほど幼稚ではないからな。それに君のほうこそ、フローラに負けたというじゃないか? 剣鬼とも言われた男が女性に負けるとは、なんとも情けないことだね」
フレディはアレックスを見下すように言った。
「ああ、たしかに負けた。それは認めてるぜ」
「やけに素直じゃないか」
「事実だからな」
「ははっ、開き直りか。剣術部部長がたかだ女如きに負けるとは! 剣術部とはここまで情けないのか。僕なら、どんなハンデがあろうと女に負ける気はしないね」
と、フレディが自信満々に言ったときだ。
「あら? それほど自信がおありなら、私と一戦交えませんこと?」
フローラ・メイ・フォーブズが現れた。
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