12. 誰もが勘違い

 フローラがフレディをいけ好かないやつだと考えているとき。

 逆にフレディはフローラが初なために萎縮していると考えていた。


 ハモンド伯爵領は王都周辺にあり、中央の貴族は辺境の貴族を田舎者だと馬鹿にする傾向にある。

 当然だが、伯爵が侯爵よりも偉いなんてわけはなく。

 フォーブズ侯爵家は場所だけみれば田舎だが、決して軽んじられる存在ではない。

 異国民からの侵略に備えるための軍事指揮権を有しており、さらには伯爵よりも広い領地を持っている。

 立派な大貴族なのだ。


 反対にフォーブズ家のような小競り合いが絶えない地域の領主たちは、中央貴族を平和ボケした連中だと見下していた。


 そんな事情を全く知らないフレディはフローラを男慣れしていない田舎娘だと考えていた。


「これは失礼。まずは名乗るのが先でしたね。私はフレディ・K・ハモンド。よろしく」


 一応、クラス内では自己紹介を済ましている二人。

 しかし、フレディは紳士の嗜みとして名乗った。

 中身はともかく、フレディの見た目や仕草は異性を引きつけるモノがあった。

 そういう意味では、フローラとフレディは似た者同士なのかもしれない。


「フローラ・メイ・フォーブズと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」


 フローラは淑女の礼をする。


「まだ学院に馴染めていないのかな?」


 フレディはフローラが一人でいることを気に病んでいると思っていた。

 フローラがボッチを気に病んでいるはずがなく。

 むしろ、彼女はボッチをエンジョイしているのだが。


 だが、フレディの言う通り、フローラは学院に馴染めているかとどうかと言われれば、馴染めていなかった。

 学院よりもよっぽど実家のほうが楽だ、と彼女は考えていた。

 さらには、もうすでに実家に帰りたいとすら思っていた。


「そう……ですね。あまり馴染めておりませんわ」

「まだ、始まったばかりだ。これから慣れていけばいい。そういう私も緊張しているのだけどね」

「フレディ様もですか?」

「君のような素敵な女性との会話に、緊張しているのさ」


 フレディはキザなセリフ吐いて、フローラにウィンクを飛ばした。

 フローラは全身がぞわぞわとし、鳥肌が立った。

 フレディのことを気持ち悪いと思ったのだ。


 ――いきなり、ウィンクしてどうしたんだ? 目にゴミが入ったわけじゃないよな?


 とフローラはフレディを凝視した。

 しかし、フレディーはまじまじとフローラに見つめられ、


 ――ふむ、なかなかいい反応だ。これなら押せば行けそうだな。


 と、見当違いなことを思っていた。


「私もまだ学院に馴染めていないから、どうかな? 私と友達にならないか?」


 とフレディが言った瞬間。

 フレディはどこからか強い視線を感じた。

 彼はあたりを見渡す。

 すると、エリザベスがフレディたちを睨んでいた。


 これに対し、フレディは、


 ――おっと、エリザベス嬢を怒らせてしまったか、これはしまったな。フローラ嬢と仲良くすると、エリザベス嬢と敵対することになる。女同士の争いって怖いな。


 と考えていた。

 無論、エリザベスが睨んでいた理由はまったく別にある。


 ――わたくしを差し置いてフローラさんと仲良くなるなんて許せませんわ!


 とエリザベスは思っていた。

 そして、肝心のフローラだが、


 ――おい、フレディ。赤髪ドリルちゃんに睨まれてるぞ。痴情のもつれに、オレを巻きこまないでくれよ。


 と思っていた。

 フローラはフレディが遊び人であることを見抜いている。

 エリザベスとフレディが恋愛関係にあり、そこに自分が巻き込まれたのだと考えた。


 三者三様。

 フローラもエリザベスもフレディも皆が勘違いをしていた。


 と、まあそんな感じで。

 フレディはエリザベスに睨まれて肩をすくめた。

 しかし、彼はここで黙って去るような男ではない。


「そうだ、フローラ嬢。今度のパーティ。私と一緒に踊らないか?」

「パーティ……ですか?」

「もうすぐあるじゃないか。生徒会主催のダンスパーティが。どうだ? 私と踊る気はないか?」


 フレディはフローラに断られるはずがないと思っている。

 彼はこれまでずっとちやほやされて生きてきた。

 顔が良くて、話上手。

 家柄も悪くなく、多少女遊びが酷いことを除けば優良物件だ。

 女性の扱いに長けているフレディは田舎娘のフローラに断られるとは微塵も思っていなかった。


「あの……えーっと」


 ――パーティなんてあったっけ?


 フローラはここで初めてダンスパーティの存在を知った。

 周りの話を聞いていればわかるものだが、フローラはどうでも良いことは覚えないタチなのだ。

 いや、どうでも良くないことでも覚えないのだ。


 この時期、生徒たちはパーティで踊る相手を必死に探している。

 女は良い殿方を、男は綺麗な子を。

 水面下ではパートナー探しによる熾烈な争いが行われていた。


「返事はまた今度でいいよ。じゃあ、またね」


 とフレディは言い、フローラのもとを颯爽と去っていった。

 フローラはフレディの後ろ姿を見ながら、


「断り損ねましたわ」


 と呟く。

 正直パートナーは誰でも良い、とフローラは思っている。

 だが、フレディのようなリア充だけは嫌だった。

 それはモテなかった前世の記憶から来る妬みだ。

 しょうもない妬みである。

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