13. お風呂!

 シューベルト王立学院の寮には各部屋に浴槽がついている。

 それとは別に共同の浴場があり、巨大な浴槽でゆったりと体を休めることができる。


 フローラはなるべく他の人が使わない時間を狙って、共同浴場に行くようにしていた。

 その理由は彼女がまだ女性の肌を見るのに罪悪感を覚えてしまうからだ。

 現性別を考えると、別にフローラにやましいことは一切ない。

 ……ないのだけど、フローラはそういうところは真面目であった。


 そこまで気にするなら、部屋付きの浴槽を使えば良いだが。

 しかし、前世は日本人。

 天然温泉と言われる共同浴場に入りたいと思うのは仕方のないことだろう。


 基本的に早寝早起きのフローラ。

 その習慣のおかげで美肌を保っているのだ……と、それはさておき。

 早朝の時間、フローラは誰もいない共同浴場に着く。


 高位貴族の令嬢ともなれば、従者に背中や髪を洗ってもらうのが普通だ。

 しかし、フローラはそういうことを無駄だと言って断っていた。

 というより、恥ずかしかっただけである。


「髪が長いというのは面倒ですわね」


 フローラは白銀の髪を洗いながら呟く。


 以前、フローラは長い髪を自分で切ったことがあった。

 夏は暑いし、髪を洗うのは面倒だし、フローラからすれば長い髪は邪魔でしかなかった。

 ばっさりと切って、ショートヘアにした。

 日本ではショートヘアの女性はいくらでもいたから、問題ないと考えたのだ。


 しかし、


「もう二度とこのような真似はしないでください。どうか、お願い致します」


 と、エマに泣かれてしまった。

 家族や使用人にも諌められたことで、フローラは長い髪で我慢している。


 ちなみに、当時の"フローラ髪切り事件"の際に一つの勘違いが生まれていた。


 フローラが髪を切った理由は頭を軽くしたかったからだが、周りの者たちは違う解釈をした。


 まず前提として、貴族の髪は非常に高値で取引される。

 フローラの美しい白銀の髪ともなれば、相当な値がつく。


 当時、スラム街の問題に関わっていたフローラ。

 彼女はスラム街にある教会にバッサリと切った髪を寄付したのだ。

 本人はスラム街を頑張って改善しようと思っていたわけではなく、


 ――こんな髪で喜ぶ人がいるのか……。世の中って変わってんな。


 程度の認識でしかなかった。

 しかし、周囲の者たちは、


「スラム街のためにフローラ様が自慢の長い髪を切ってくださった」


 と捉えたのだ。

 そうして、スラム街の教会にフローラの髪が寄付された。

 しかし、たかがフローラの髪一つでスラム街の貧困が救えるわけがない。


 だが、ここで重要だったのはフローラの髪の値段でない。

 重要なのは、貴族令嬢が自らの髪を捧げたという事実だった。

 令嬢にとっての髪とは大変重要なモノである。

 髪が長い令嬢が美しいとされており、髪の長さが貴さを表すステータスでもあった。

 手入れされた長髪は、それだけで価値があるのだ。


 その大変貴重な髪をスラム街の教会に寄付したフローラ。

 侯爵令嬢が身を切って、スラム街の改善に尽力している、という噂が領内で広まった。

 そうなると、自然に他の者達もスラム街の改善に動き出し。

 スラム街が治安が急激に良くなったのだ。


 そして、その出来事を堺に、フォーブズ侯爵領ではフローラは聖女のように崇められるようになった。

 しかし、如何せんフォーブズ家は北のハズレの地だ。

 その噂が王都まで流れることはなく。

 ほとんどの貴族からはフローラ・メイ・フォーブズといえば、豚令嬢と思われていた。


 と、そんなこともあったのだが、フローラは自身の髪がそこまでの影響を与えていたことに今でも気づいていない。

 そもそも、スラム街の改善だって、初めて彼女がスラムを訪れたときに、


 ――あんな危険な場所があったら、おちおち街も歩けねーじゃねーか。


 という軽い気持ちで始めたものだ。

 ご存知だと思うが、フローラは聖女と呼ばれるほどの人格者ではないのだ。


 フローラは長い髪を洗い終え、さっと立ち上がる。

 そして、浴場に入った。


「ふぅ……気持ち良いですわね」


 温泉に入ったフローラは肩まで浴槽に浸かりながら、目を閉じる。

 極楽の時間である。

 湯気が立ち込める中、フローラは心も体も洗われるような気持ちだった。

 別に彼女に大きなストレスはないのだが……。


 食べ物以外のことで、フローラはストレスを溜めないタチなのだ。

 人間関係ものらりくらり。

 適当に生きているフローラは、ストレスを抱えない幸せな性格であった。


 と、そんな感じで浴槽に浸かっているときだ。


 ガラガラと浴場の扉が開けられる。

 フローラは音のしたほうに目を向ける。

 するとそこにはエリザベスがいたのだ!


 そして、


「な……!?」


 フローラはエリザベスの姿を見て驚愕したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る