32. 流行りについて

「話は変わるけど。今度、僕たちの作ったドレスを着てみない?」


 マシューはフローラに提案する。


「……ええ、はい。構いませんわ」

「それは良かった。ちょっと変わった形のドレスだけど、フローラ嬢に似合うと思う」

「変わったドレス? それは儲かるのでしょうか?」


 フローラは、お金のことで頭がいっぱいである。


「儲かるかはわからないよ」


 マシューがそういうと、フローラはがっかりした。


 ――ちぇっ、儲け話じゃないのか。

 

 どうせ、フローラが商売を始めたところで上手くいかないだろう。

 計画性のないフローラに商売は向かないからだ。

 いや、ひょっとすると、勘違いに勘違いを重ねた結果。

 一周回って上手くいくかもしれない。


「今は、スカートが横に広がっているドレスが流行りだよね?」


 現在流行りのドレスには、スカートが横長のものが多い。

 横に長過ぎるせいで、ドアを通るのに苦労する令嬢もちらほら。

 ファッションとは我慢というけれど、非常に大変そうである。


 ちなみに、フローラの普段着るようなドレスは、スカートがふわっと広がったものである。


「はあ、まあ、そうですね」


 フローラはおざなりに答える。

 もはや、彼女の興味はそこにはなかった。

 稼げない話よりも目の前の食事だ。


 フローラは、きのこのマリネを美味しく頂く。

 きのこの香りが鼻腔をくすぐり、ふわーっとなる。


 ちなみに彼女は、最近食べ過ぎることが多く。

 今はダイエット中なのだ。

 ダイエットのときに大事なのは、少量のものをよく噛んで食べることだ。

 フローラはきのこのマリネをたくさん噛んで、ゆっくりと飲み込んだ。


 ――よく味付けがされていて、それでいて素材を味を殺さない。うむ、絶妙な味付けだ!


 と、感心していた。


 頭の中がきのこ畑のフローラだ。

 しかし、ここで彼女の特技が発動していた!

 それは相手の話を聞いているような雰囲気を醸し出す技だ。

 フローラはマシューの話をいかにも聞いているかのような感じを出す。


 マシューは、フローラに対して真面目に話を続けた。


「意匠を凝らしたドレスは素敵だけど、実はこれも今の流行りなんだ」


 現在のドレスには、高級な絹地きぬじや金銀の糸などがふんだんに使われている。

 贅沢を見せつけ、権威を示すためだ。

 しかし、それも最近の流行りだ、とマシューは言っている。


 ちなみに、フローラの着るドレスは質素なものが多い。

 彼女は無駄にキラキラしている、女性らしいドレスを好かないのだ。

 それも前世の記憶が影響している。

 質素なドレスとは言うものの、平民からすれば十分高価なわけだが……。


「僕の予想では、そろそろ次の流行が来ると思う」


 と、マシューは言う。

 流行りに敏感であることが、商人としての大事な才能といえる。

 いち早く流行を察知し、そこに巨額を投ずれば、やがて大きな儲けとなるのだ。


「それで、今の流行りから少し外れたドレスを作ってみたんだ。次の流行を見据えてね」


 そうマシューが言うと、フローラは疑問を覚えた。


「流行を事前に察知することは可能なのですか?」


 ちゃっかりと話を聞いているフローラである。

 彼女はマシューの話から金儲けの匂いを感じ取ったのだ!


「流行というのは、時代の流れを追っていくことで、なんとなく掴めるものだよ。歴史が証明している」

「まあ、それは凄いですね」


 フローラは目を輝かせた。


 ――つまり、流行さえわかれば稼ぎ放題ってことだな!


 単純な少女である。


「では、次はどのような流行りなんでしょう?」


 頭がきのこ畑から金貨畑になったフローラは、マシューに尋ねた。


「今度、僕の作ったドレスを試着するよね? そのときに教えてあげるよ」


 フローラはとっさに周りを見た。

 すると、大勢の者達がフローラを見ていた。


 ちなみに、彼らはフローラの美貌に見惚れて凝視しているだけだ。


 しかし、そのことに気づかないフローラは、


 ――なるほど、ここだと情報が漏れるというわけだな。ふんっ、お前らに稼げる情報を渡してたまるものか!


 と、考えた。

 がめつい少女である。


 余談だが、侯爵家は質素倹約の貴族家であるものの、貴族の中でもお金持ちの部類に入る。

 浪費をしないため、資金に余裕があるのだ。

 そして、侯爵家の者たちはフローラに甘い。

 フローラが望めば、実家のお金を使って豪遊できる。

 実際、彼女は前世の記憶が蘇る前は、我が儘を言いまくっていた。


 しかし、今のフローラは真面目である。

 実家がお金持ちだからと言って、自分がお金持ちであるとは思っていなかった。

 自ら稼いだお金にこそ価値がある、と彼女は考えているのだ。


 そういうわけで、稼げる情報を独占し、がっぽがぽ稼ごうと思ったのだ。

 最終的に行き着く思考が、非常に残念なフローラである。


「わかりました。楽しみにしておりますわ」


 フローラは、マシューからの情報を使ってお金儲けをする未来を想像した。

 そして、金貨のたっぷり入ったお風呂に埋もれる自分を想像し、ぐふふふふ、と愉悦に浸る。

 もうすでにお金持ちになった気分でいたのだ。


 取らぬ狸の皮算用とは、フローラに打って付けの言葉である。

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