33. パーティ当日

 パーティの日が来た。

 学院の生徒たちはそわそわしている。

 特に第一学年の生徒たちは落ち着かない様子だった。

 彼らにとっては学院に入ってからの初めてのイベントであり、舞い上がるのも無理はない。

 講義が終わり、生徒たちがダンスパーティの準備を始めた。


 フローラも準備のために一度部屋に戻っていた。

 自室でパーティ用のドレスに着替える。

 フローラからすれば、


 ――今だってドレスを着ているのに、わざわざ着替える必要なんてないんじゃないか?


 という思いだった。

 だがしかし。

 学生のダンスパーティとは言え、フローラは侯爵令嬢としてのマナーを求められる。

 仕方なくドレスを着替えていた。


 そんなフローラとは違い、エマは張り切っていた。


 ――フローラ様を誰よりも美しく飾り立てるのが私の使命よ!


 ダンスパーティはフローラの晴れ舞台になること間違いなし。

 そうエマが確信するのにも理由がある。

 フローラの相手がノーマン・パラー・ノーブルであるからだ。

 フローラとノーマンはまさに理想のカップルである。

 フローラたちがパーティの主役になることに、疑いの余地がない。

 そしてフローラを着飾ることが、エマにとっての一世一代の重大ミッションであった。

 全身全霊で取り掛かる決意をもって、エマは挑んでいるのだ。


 相変わらずフローラへの評価がバカ高いエマである。


 この日のために実家から送られてきたドレスは、コバルトブルーの美しいドレスである。

 背中がゆったりと見え、スカートがふわっと広がっている。

 落ち着いた色のドレスであり、相手に安心感を与えるものだ。


 ちなみに、フローラの着るドレスは現在流行りのドレスと比べると些か地味である。

 しかしフローラなら、地味なドレスでも輝いて見える。

 逆に派手なドレスを着てしまった場合、ドレスが主張し過ぎてフローラの美貌を損なわせる危険性がある。

 エマはそう思った直後、首を振って自分の浅はかな考えを否定した。


 ――どんな服を着たとしてもフローラ様が美しいことに変わりはない。


 例えばフローラがスラム街の住人が着るようなボロい布切れに身を包んでいたとする。

 きっとエマには天使の白衣のように見えてしまうだろう。


 フローラ信者であるエマにとって、フローラはどんなときでも輝いて見えるのだ!

 かなーりの重症である!

 

「それではドレスの着付けを行いますね」

「はい、お願いしますね」


 フローラは頷く。

 エマとは違って、フローラは今宵のパーティに乗り気ではない。

 どちらかというと面倒に思っている。

 そもそも、フローラはパーティが好きじゃない。

 できることなら欠席したいと思っているほどだ。


 それは第一王子の誕生日会でやらかした記憶がトラウマになっている……わけではない。

 もちろん、フローラはそんな些細なことを気にする性格ではない。


 単純に面倒なのだ。

 パーティとは良くわからない人とよくわからない話をしてよくわからない時間を過ごす場所だ、とフローラは認識している。

 目の前にある料理も食べられずに、ひたすら会話やダンスに興じる。

 それは餌を前にして食べるなと言われる豚のような状態。

 フローラからしたら拷問でしかない。


 ――嫌だなー。面倒だなー。体調不良で休んでもいいかな?


 そう思いながら立っている間にも、エマが手際良くフローラを飾り立てていく。

 フローラはエマに言われるがままに動く。

 すると、あら不思議。

 ドレスの着付けが終わっていた。

 髪を整え、最後に化粧をして完成。

 こうしてパーティの準備が整ってしまった。


 エマはフローラの完成した姿を見て、


 ――いつ見てもフローラ様は美の女神だけど、今日のフローラ様は格段にお美しいわ。きっと会場全体がフローラ様に恋するに違いない。


 うっとりとしていた。


「いつもありがとうございます」


 フローラがお礼を言うと、エマは首を振って応えた。


「いえ、フローラ様のためなら命をかける所存です」


 とエマが言うものだからフローラは目を丸くした。


 ――え? そこまでの覚悟は求めてないんだけど……。なんでいきなり命かけるって話になるの?


 フローラはエマを優秀な従者だと認めている。

 だが、彼女は時々エマのことを理解できないときがある。

 エマもフローラのことをこれっぽっちも理解できていないため、お互い様である。


 ドレスを着終わったフローラはパーティ会場に向かった。


 パーティは学院内にある大ホールで行われる。

 学校とは思えないほど、絢爛豪華なパーティ会場だ。

 パートナーであるノーマンとは、ホール手前にある控室で合流する予定だ。

 フローラは控室に向かって歩いていた。


 しかし、その途中。

 フローラたちが階段を下っているときだ。

 突然、上空から黒いものがフローラ目掛けて降ってきたのだった。

 びしゃり。

 フローラに黒いものがかかった。

 冷たい、とフローラが感じた次の瞬間、


「ああぁぁぁぁ! フローラ様ぁぁ!」


 エマがこの世の終わりのような悲鳴を上げた。


 フローラはすぐに上を向く。

 しかしそこに人影はなく。

 タッタッタッと誰かが走り去っていく音が廊下に響いた。


 すぐさまエマがハンカチを取り出す。

 そして、フローラに駆け寄ってきた。

 遅れて、フローラは自分の状態を確認した。


 ――うわっ、ドレスが真っ黒だ。


 そう、フローラのドレスはどす黒いインクで汚れていた。

 フローラはインクをぶっかけられたのだった。

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