41. 認められない

「ふんっ、豚令嬢フローラのお出ましね。昔みたいにブヒブヒ鳴かないの? そういえば第一王子の誕生日会は最高だったわね。豚が踊っていたわ!」

「それ以上の暴言は私が許しませんわ」

「もう関係ないのよ。どうせ私に学院の居場所はないわ。それなら最後に言いたいことを言ってやる」


 どこか吹っ切れた感じのセリーヌ。

 セリーヌを睨むエリザベス、およびその取り巻き。

 さらにフローラの従者であるエマもセリーヌを睨んでいた。


 そんな殺伐とした雰囲気の中、フローラはというと、


 ――あれ? これはどういう状況だ? わけがわからんぞ。


 一人だけ状況についていけず、困惑していた。

 フローラがセリーヌの部屋を訪れた理由、それはセリーヌを追い詰めるためではない。

 むしろその逆。

 彼女は謝罪するためにセリーヌの部屋を訪れたのだ。


 フローラは、以前セリーヌから貰ったハンカチを台無しにしてしまったことを謝りに来た。

 彼女はセリーヌのことを覚えていたのだ。

 というよりもついさっき思い出しただけだが……。


 インクまみれのハンカチを見て、それがセリーヌから貰ったものだと気づき。

 フローラはセリーヌとの過去を思い出し、慌てた。

 大事なハンカチを雑巾のように汚れを拭くために使ってしまい、フローラは罪悪感を覚えたのだ。

 そして、セリーヌの部屋に向かったのだ。

 しかし、セリーヌの部屋に来てみれば、そこにはエリザベスとその取り巻きがおり。

 セリーヌが何やら怒鳴り散らしていた。


 フローラは状況がわからず困惑する。

 それに対し、従者であるエマは、


 ――さすがはフローラ様。すぐにセリーヌ様が犯人だと思い、行動されたのですね。


 と勘違いし、感心していた。

 そして、


 ――きっとフローラ様はセリーヌ様に救いの手を差し伸べるはずよ。


 エマはフローラに期待を寄せていた。

 彼女の目にはフローラが聖女や女神のように映っている。


 重苦しい雰囲気の中、フローラが口を開いた。


「これは何の集まりでしょうか?」


 馬鹿だ。

 馬鹿がここにいる。

 もちろん、フローラのことだ。

 フローラは抱いた疑問をそのままぶつけた。


「何の集まりって? 悪趣味極まりない断罪の時間でしょ?」


 セリーヌが吐き捨てるように言う。


「悪趣味? 因果応報というものよ」


 エリザベスがすかさず反論する。


「断罪?」


 フローラが首をかしげる。

 そして直後に思い当たった。


 ――はっ、まさかこれはオレの断罪か? ハンカチを汚したオレをどうやって成敗しようか、皆で会議していたのか? やだ……貴族女性の集まりって怖い……。


 フローラの考えはいつも明後日の方向に飛んでいく。

 そのポンコツ具合がフローラ・メイ・フォーブズなのだ!

 ハンカチを汚した程度で断罪されるわけがない。

 そも原因はフローラにないのだから。


 しかし、フローラは自分が断罪されると思って焦った。

 そして口を開いた。


「セリーヌ様。申し訳ありませんでした」


 フローラは深々と頭を下げたのだ。

 先手必勝とばかりに謝罪を口にした。


 ――悪いことをしたらすぐに謝る。うん、大切なことだよな。


 部屋の中が凍りついたように止まる。

 誰もが唖然とした顔でフローラを見ていた。

 なぜ、フローラが謝るのか?

 フローラ以外のみなが同じ疑問を抱いた。


「どうしてあなたが謝るのよ」


 セリーヌが言った。


 フローラは顔を上げる。

 そしてポケットバッグからゴソゴソとハンカチを取り出す。


「あなたとの思い出の品を汚してしまいました」


 フローラはハンカチをセリーヌに見せた。


「どうして……それを……」


 セリーヌが呆然とする。

 セリーヌはフローラが自分のことを忘れていると思っていた。


 しかしフローラはちゃーんとセリーヌのことを覚えていたのだ。

 というより、ついさっき思い出したわけなのだが……。

 フローラは「あなたのことは忘れておりませんよ」というふうな口ぶりで話し始めた。


「セリーヌ様との大事な思い出です。忘れるわけがありません」


 嘘である。

 真っ赤な嘘である。

 堂々と嘘を吐くフローラ。

 どの口が言うか、とツッコミを入れたくなる。

 だが、この場においてフローラ以外に真実を知るものがいない。


「覚えておられたのですね」

「もちろんです」


 ――オレのせいじゃないよ? インクをぶっかけた奴が悪いんだよ?


 とフローラは内心で言い訳をする。

 ちなみにフローラは未だにインクをぶっかけた相手が、セリーヌの従者だと気づいていない。


 セリーヌは黙り、俯いた。

 彼女の肩が小刻みに震えている。


 フローラはセリーヌが怒りを覚えていると勘違いした。


 ――セリーヌは刺繍が好きだと言ってたもんな。汚されたら怒るよな。オレだって自分の好きな食べ物にインクをぶっかけられたら、ブチ切れる自信がある!


 それとこれとは話が違う気がするが……。

 と、まあそんな感じでフローラの勘違いは止まらない。


 フローラに謝罪されたセリーヌは、罪悪感を覚え始めた。

 だが、それを振り切るように彼女は声を荒げた。


「何よ! 何なのよ! あなたは! 何がしたいの!」

「謝罪がしたいのです」

「はっ!? そんなのいらないわ! 昔はデブで自信過剰で周りのことなんて何も考えなかったじゃない! 今さら聖女ヅラ? はんっ、いいわね。みんなにちやほやされて。さぞかし気持ちがいいことでしょうね!」


 自分の過ちを認められないセリーヌは、フローラを貶すことで優越感に浸ろうとした。

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