37. シャル・ウィ・ダンス?

 ダンスが始まった。

 平民生徒はぎこちなく、貴族生徒は優雅に。

 紳士淑女が踊り始める。


 フローラはダンスが得意ではない。

 かと言って不得意でもない。

 リズム感があるわけではない。

 ないわけでもない。

 つまり、ダンスの才能は平凡なのだ。


 しかし、そんなフローラだが、彼女のダンスは観衆を虜にしていた。

 フローラは運動神経が良い。

 剣術でフレディを圧倒するほどの運動神経を、フローラは備えているのだ。

 そこらの貴族令嬢よりも運動は得意である。

 ダンスも言ってしまえば運動の一つであり、フローラは持ち前の運動神経を頼りにダンスを披露していた。


 また踊りやすいドレスというのも、フローラのダンスに磨きをかけていた。

 シンプルな型のドレスのため、体を大きく動かせるのだ。

 フローラは可動域を広くして踊ることで魅せるダンスをしている。


 それは荒々しい踊りである。


 貴族令嬢のような優美さはない。

 代わりに見る者を圧倒する力強さがあった。

 さらに彼女と一緒に踊る相手がノーマンという点も良かった。

 ノーマンはダンスの才能に関していえば、学園随一だ。

 完璧超人と言われるハリーよりも、ノーマンのほうが女性のリードが得意である。


 暴れ馬のように縦横無尽に動き回るフローラをノーマンは上手に制御していた。


 ――まったく、とんだじゃじゃ馬だ。外面の美しさに惑わされていたら痛い目に遭いそうだよ。


 ノーマンはフローラと踊りながら内心で感想を漏らす。

 フローラは麗しい見た目の令嬢だが、その踊りは男のような逞しさがあった。

 ノーマンがフローラに対して抱いた感情は的を射ていた。


 すぅーと、フローラが体を仰け反らせる。

 そして彼女は周囲を流し見る。

 その視線の強さに、周りの者達は動きを止めて見惚れた。

 いつしかノーマンとフローラだけの演舞になっていた。


 フローラが力任せに踊る。

 くるくると回転する彼女をノーマンが悠々と制御する。

 美しい舞だ。

 白と黒のコントラストが鮮やかな色彩を放つ。

 二人を中心にして色が広がっていく。

 美男美女の圧倒的な演舞が会場を飲み込んでいく。

 周囲の視線を釘付けにしていた。


 フローラとノーマンの動きがパタッと止まる。

 ダンスが終わったのだ。


 生徒たちは呆然としていた。

 彼らは夢の中にいるような気分だった。

 フローラの衣装によって衝撃を受けたその直後に、荒れ狂う波のようなダンスを魅せられたのだ。

 衝撃の上に衝撃を重ねられ、脳がオーバーヒートするほどのダンスだった。


 そして一泊置いてから万雷の拍手がパーティ会場を包んだ。

 悲鳴とも怒号とも取れる歓声を伴って。

 生徒たちの興奮と感情が伝わってきた。


 ハリーも周りの者達に負けず劣らずの盛大な拍手を送った。

 しかし、彼はやもやした気持ちを抱えていた。


 フローラの隣で踊っているのがノーマンではなく自分だったなら?

 そう考えると同時に、ハリーの足は動いていた。

 歓声鳴り止まぬ会場。

 ハリーはフローラの手前で膝を突き、手を差し出した。


「私と踊っていただけませんか?」


 その途端、先程の歓声が嘘のように、会場に静けさが漂った。

 ごくり、と喉を鳴らす音が響く静寂だ。

 第一王子ハリーが自ら踊りを申し込んだのは初めてのことである。

 それだけに衝撃的な出来事であった。


「ここで踊れば許してくれますか?」

「許すとは……何をだ?」

「私が昔、誕生日会を台無しにしたことです。覚えておりませんか?」


 ハリーは少し考えた。

 そして思い出す。

 そういえば以前、自身の誕生会で嗤われていた少女がいたことを。


 豚のように太り、豚令嬢と呼ばれていた人物がダンス中にコケて料理を頭から被った出来事。

 ハリーはその少女の名前を知らず。

 そもそも、どうでも良いことだと思い忘れていたのだ。

 目の前の麗しい少女が豚令嬢と呼ばれていた少女だと知り、ハリーは僅かに瞠目する。


 しかしやはり、ハリーからすれば大したことではなかった。

 過去よりも、今この瞬間に意味を見出すのがハリーである。


「そんなこともあったな。だが、いまさら気にするようなことじゃない」

「そう……なのですね」


 ――あれ? 気にしてなかったの? まじか……。心配して損したぜ。でもそれなら、どうしてこいつはオレに関わるんだ?


 フローラが疑問を浮かべる。

 まさか自分に好意があってハリーが近づいているとは、フローラは夢にも思わなかった。

 鈍感な少女である。

 外見が精霊のように美しいことに気づかず。

 無自覚に周囲を魅了するフローラは、まさに小悪魔的な存在だ。


「昔のことなど忘れ、今を楽しもう」


 ハリーが笑顔でそういうと、不意にフローラは胸の痛みを覚えた。


「いいえ、あの日の続きをしましょう」


 フローラは微笑み、ハリーの手を握った。


 次の瞬間、パーティ会場で音が鳴り始めた。

 楽器団による演奏が始まったのだ。

 二人の踊りを促し、男女の出会いを祝福するような曲だ。


 ハリーが動き出す。

 フローラも流されるように動き出す。

 キラキラと煌めくシャンデリアのもとで主役たちが踊る。

 華やかなパーティを飾るダンスだ。


 ハリーはちらっとフローラを見る。

 彼の目には、フローラの雰囲気がいつもと違うように映った。

 まるで子供のような笑みを浮かべるフローラ。


 二人の踊りにつられて他の組も踊り始めた。

 それぞれのカップルが今宵ひとときの喜びを全身で味わう。

 そこかしこから笑顔が溢れるダンスパーティになった。


 しかしそんな中。

 一人だけ恨めしい視線でフローラを射抜いている少女がいた。


 ――許せない! あの豚令嬢め。ノーマン様と踊っただけでなく、ハリー様とも踊るなんて。昔のように醜い姿を晒し、嗤われば良かったのに……。私は絶対にフローラ・メイ・フォーブズを認めない。


 セリーヌが怨嗟の籠もった目でフローラを睨みつけていた。

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