2. フローラ・メイ・フォーブズ

 フローラ・メイ・フォーブズ。

 シャングリア王国の北の一帯を治めるフォーブズ侯爵の娘。

 侯爵令嬢である。


 フォーブズ家は精強な軍隊を持ち、北の異国民から辺境の地を守り抜いてきた武門の家だ。

 そして、そのフォーブズ家の男は幼い頃から訓練に訓練を重ね、立派な青年に育てられる。

 対して、フローラは兄妹の中で唯一の女であり、さらに年齢も一番下であった。

 家族に可愛がられ、甘やかされて育ってしまった。


 そうして、食べたいものを食べた結果、丸々と太った豚のような令嬢が誕生したというわけだ。

 さらに甘やかされて育ったため、わがままな性格でもあった。

 加えて、たちが悪いことに自分の顔が世界一可愛いと信じていた。

 それも兄たちがフローラを可愛い、可愛いと言っていたのが原因である。


 そして、先日。

 第一王子の誕生日会が開かれた。

 10歳を迎えた第一王子。

 その誕生日会でフローラは第一王子に一目惚れされると本気で思っていた。

 さらには白百合のように可憐で繊細な自分(無論、本人の勘違いだが)は会場中の男たちを魅了すると信じて疑わなかった。


 これまでの社交の場でも男たちに褒められてきた。

 もちろん、それらは全てお世辞の上にお世辞を重ね……重ねすぎて本心が一ミリも入っていない言葉なのだが、フローラは気づかない。

 なぜなら、本気で自分のことを可愛いと思っていたから!

 お世辞なんて言うわけがないと考えていたのだ。


 もし、当時の彼女に少しでも相手を見る目があれば、フローラにお世辞を言ってきた男たちの顔が引き攣っていたことに気づいただろう。

 だが当然、フローラの目は節穴であった。

 自分のことを本気で可愛いと思っている時点で、彼女の目は間違いなく節穴なのだ!


 そして、フローラは知らなかったのだ。

 貴族たちから自分が豚令嬢と呼ばれていることを。


 そんな状態で彼女はウキウキした気持ちで誕生日会に臨んだ。

 誰からもダンスの誘いが来ないのは、自分が美し過ぎるから男たちが安易に近寄ってこれないのだと解釈していた。


 ――美しいって罪なことですわ。


 高嶺の花というやつだ。

 もちろん、彼女は高嶺の花ではない。

 宝石が散りばめられた高級なドレスを身に纏う彼女の姿は……そう、高値の豚なのだ!


 しかし、さすがに誰からもダンスを誘われないことに彼女はしびれを切らして、近くにいた男性をダンスに誘った。

 男はフローラが侯爵令嬢ということで断れず、嫌々ダンスに応じた。

 そのときの男の暗い表情を見たフローラは、


『私のような下賤な者が、この麗しいお方の相手を務めても良いのだろうか?』


 と男の気持ちを明後日の方向で理解した。

 明後日というよりも、真逆の方向だ。

 男が思っていたのは、


 ――くっ、豚令嬢に目を付けられてしまった……。断りたいけど、フォーブズ家が怖くて断れない!


 というモノだ。

 見事に二人の気持ちはすれ違っていた。

 そのことを全く知らないフローラは相手の緊張を和らげるために、


「緊張しなくても良くてよ?」


 と朗らかに笑ってみせた。

 そう、フローラは笑ったのだ。

 しかし、顔の周りの分厚い肉がクシャッと歪んだ姿は豚そのもの。

 相手の男性は逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、もちろんフローラがそのことに気づくわけもなく。


 そして、ダンスが始まった。

 フローラはダンスが得意……というわけではない。

 むしろ、苦手だ。

 しかし、ダンスは男性がリードしてくれるモノと思っていた。

 それはフローラの兄たちがフローラをリードしながら踊っていたのが原因だ。

 フォーブズ家の子息はみな、屈強な男たちだ。

 フローラが好き勝手踊っても、彼らはフローラをリードしながらも軽々と踊れるのだ。


 その基準をフローラは相手にも求めてしまった。

 だがもちろん、普通の貴族の子息はフローラのような巨体をリードできるわけがない。

 そして、フローラが好き勝手に踊ったらどうなるか……。

 その結果は誰が見ても明らかだ。

 相手の男性はフローラに振り回され、二人は盛大にコケた。


 そして、近くにあった机にぶつかり、食べ物がフローラに降りかかり……フローラに味付けがされた。

 会場に盛大な笑いが巻き起こった。

 ここでフローラは初めて自分が馬鹿にされていることに気づいた。


 そして、逃げるようにその場を去り、木陰で休んでいるときだ。

 彼女はそこでも自身の悪口を聞いてしまった。

 自分が豚令嬢と呼ばれていることを初めて知ったのだ。


 あまりのことにショックを受けた彼女は家に帰って、天井から縄をぶら下げて自殺を図ったのだ。

 しかし、首の皮が厚く、自殺することができずに前世の記憶が蘇ったというわけだ。

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