9. お友達になりたい

 赤髪ドリル少女の名はエリザベス・パラー・ノーブルという。

 ノーブル公爵家の令嬢であり、ノーマンの妹でもあった。


 エリザベスは入学式からずっとフローラのことを見ていた。

 彼女は自分よりも目立っているフローラに嫉妬していた……わけではない。

 フローラの美貌に見惚れていた一人であった。

 何を隠そう、エリザベスは美しいモノが好きなのだ!

 彼女はフローラとお友達になりたいと思っていた。


 しかし、フローラが平民の食堂を利用していたため、話しかけに行けず。

 フローラの動向を握り、わざわざフローラとお話をするために待ち伏せていた。

 だが、しかし。

 エリザベスは友達の作り方を知らなかった!

 今までは公爵令嬢という肩書に釣られた者たちが、向こうのほうからすり寄ってきた。

 だから、エリザベスは何もしなくても良かったのだ。

 彼女は自ら話しかけに行くのが苦手だった。

 本当はフローラと仲良くなりたいだけの少女である。


 エリザベスはフローラが黙っていることに、焦りを覚えていた。

 フローラの碧い瞳がエリザベスを射抜く。

 まるで、エリザベスがフローラをイジメているような状況……。


 ――これはまずいですわね……。しかし、こうなってしまった以上、安易に引けません。


 簡単に謝れない状況に陥っていた。

 エリザベスの取り巻きたちがフローラを敵として認識しており。

 その流れを作ってしまったエリザベスが、謝罪を口にすることは許されない。


 と、エリザベスが悶々としているときだ。

 ようやくフローラが言葉を発した。


「思慮が足りず、申し訳ございません」


 フローラが深々と頭を下げて謝ったのだ。

 ちなみにフローラは別に悪いことをしたとは思っていない。

 というより、自分とは関係ない人のことだ、と未だに考えている。

 しかし、彼女が謝罪を口にした理由は、


 ――とりあえず謝っておけばなんとかなるでしょ。


 というモノだった。

 お腹も満たされ、天気も良く、フローラの気分も良かった!

 もし、この出来事がフローラが空腹のときに起きていたら、彼女は怒っていたかもしれない。


 ……そんな感じでフローラに謝罪されたエリザベスだが。

 エリザベスはフローラの謝罪の意味をすぐに悟った。

 平民の食堂に行ったことで余計な心配をかけて申し訳ございません、とフローラは言いたいのだ。


 確かにフローラの行動は浅はかな行動にも見える。

 しかし、エリザベスは決して、彼女の行動を馬鹿にしていなかった。

 貴族と平民の軋轢をなくすために動くのは素晴らしいこと……とまではいかなくとも、フローラの行動を認めていた。

 そして同時に、ここまで言われても素直に謝罪するフローラを見て、


 ――ますますお友達になりたいですわ。


 と思ったのだ。

 加えて、フローラが謝ってくれたおかげで、エリザベスはこの場を収めることができる。


「殊勝な態度ですわね。まあ、この話はここで終わりとしましょう。以後、気をつけるように。ところで、あなた。お名前は?」

「フローラ・メイ・フォーブズと申します」


 フローラはスカートの裾を軽く持ち上げて挨拶。

 やはり、彼女のお辞儀は様になっていた。


 エリザベスはフローラの名前を聞いて、


 ――はて、フローラ・メイ・フォーブズ。どこかで聞いたことがあるような……思い出しましたわ!


 エリザベスはフローラの体を上から下までじっくりと見た。

 そして、


「あらまあ、あなたがあのフローラ・メイ・フォーブズ……。なんと、まあ……」


 ――なんと、まあ、美しくなられたこと。さぞ、努力をなされたのでしょうね。


 と、エリザベスは感嘆した。

 エリザベスは以前の豚令嬢と呼ばれていたフローラを知っている。


 フローラが努力で今の姿になったこと。

 そして、美しくあろうとするフローラの姿勢に、エリザベスは称賛を送っていた。


 しかし、エリザベスの周りの反応は違った。

 フローラの名前を聞いてクスクスと笑う取り巻きたち。

 取り巻きたちはフローラをエリザベスの敵だと認識しているため、馬鹿にすることに躊躇いがない。


「ふくよかでいらっしゃった、あのフローラ様ですわよね」

「ドレスを食べ物で着飾るという、お派手なご趣味のご令嬢だと聞いておりますわ」


 フローラが豚令嬢その人だと知って、取り巻きたちは口々にフローラの悪口を言い始める。

 だが、エリザベスからすれば、それは悪手でしかなかった。

 エリザベスはフローラと仲良くしたい。


 ――もう! わたくしは彼女とお友達になりたいだけですのに!


 内心ではどうしよう、どうしようと慌てふためいているエリザベスだが、


「おやめなさい」


 ぴしゃりと取り巻きたちに言い放った。

 エリザベスの言葉に、取り巻きたちはすっと黙り込む。


「さあ、皆様。用はすみましたわ。行きますわよ」


 エリザベスは取り巻きを引き連れて、フローラの横を通り過ぎた。

 初めてお友達を作ろうとしていたエリザベス。

 だが、彼女はテンパってしまい、貴婦人レディとしてのマナーをすっ飛ばし。

 取り巻きと一緒にフローラを中傷。

 傍から見たら、エリザベスの行動は完全な悪役令嬢のそれだった。


 実際に彼女らのやり取りを見ていた生徒たちはフローラに同情し。

 そして、エリザベスを冷めた目で見ていた。

 エリザベスは盛大にやらかしていたのだ。


 そんな中、フローラといえば、


 ――今のは何だったんだ? 貴族令嬢の世界は難しくてよくわかんねーな。


 と、まったくこれっぽちも気にしていなかった!

 それだけでなく、


 ――ドリルお嬢様って、リアルにいるもんなんだな。


 くるくるドリルのご令嬢を見て、ちょっとだけ感動すらしていた。

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