八話 奴隷、ダンジョンに入る
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
オプシディアン・ゴーレムを倒した俺たちはリスクを想定しつつも、その先にあるはずの宝物に目を輝かせてダンジョンに入ることにした。
「島にこんな建物があったとは。ロボ驚きです」
「ダンジョンのことは、まだまだ謎が多いからな」
はるか昔から自然の一部として存在していたダンジョン。研究はなされているが、未だにどうやって発生してどこに現れるかのメカニズムさえ不明だ。
分かっていることはただひとつだけ。
それは奥にトレジャーが眠っているということだ。
「しかし暗くなってきたな。こりゃ一回帰って松明を持ってくるしかないか」
「大丈夫ですマスター。そんな面倒なことせずとも、ロボにお任せください」
「任せろって。いったい、どうするんだ?」
自信満々のロビーナ。
様子を見ていると、パッ、とその瞳が白く発光した。
「ロボ電灯です。これで周囲を照らします」
「……そうだな。おかげで、よく今どこにいるのかがよく分かったよ」
「わっ! えっ、えっ、マスターいきなり引っ張らないで――」
ガシャーン
さっきまで俺たちが立っていた場所に、棘付きの岩が落ちた。
「走れ!」
ガシャーンガシャーンガシャーン!
移動した先々に続けて落下してくる棘のトラップ。
追いつかれれば死。
俺たちは必死に走り続けた。
「うおっ。壁」
「マスター、完全に前方は塞がっているため、予期する次のトラップが回避不能です。危険と判断しました。ロボが盾になりますから、ロボの下にきてください」
「馬鹿野郎! 危険だ。おまえが俺の下にこい!」
「いえ。ロボが上になります」
「俺が上だ!」
グルグルグル
どちらが棘に当たるかを争って、とっ掴み合って転がる俺とロビーナ。
……その内、罠がいつまでも作動しないことに気付いた。
「どうやら、トラップが張られている場所は抜けたみたいだな」
「マスター。壁にスイッチがあります」
「本当だ」
よく見れば、壁の端のほうに出っ張りがあった。形状からして、おそらく押せそうだ。
あからさまに怪しいが、左右も壁に挟まれているうえ後ろは罠地帯。進むならば、この出っ張りをどうにかするかなさそうだった。
ポチッ
警戒しながらスイッチを押すと、壁の一部がひっくり返って文字の刻まれた部分が出現した。
「えーと。なになに?」
『任意の純粋魔力ゲージ群 G に対して、非自明な量子ヤミル理論が ‘R4 上に存在し、質量ギャップ Δ > 0 を持つことを証明せよ』
「はぁっ?」
ガシャン
後方に出現した壁が、こちらに迫ってきた。
「嘘だろ。このままじゃ挟まれて潰される! というか、この問題は!」
解答するための文字を書くところがある。おそらくここに正解を書き込めば、動く壁を停止してくれるのだろうが、そもそも答えが不明だった。
それもそのはず。
このヤミル定理は数学において最難関の問題とされ、王国の宮廷学者でも解ける人間は極少数に限られていた。俺も問題文を知っているだけで、解き方は分かってない。
俺が頭を抱えるとは反対に、隣のロビーナがじっと問題を眺めていた。
「式の入力が終了。計算を開始」
「ロビーナ。まさか解けるのか!? この難問を!?」
「計算中……CPU稼働率85%……計算中……」
「いけ。いけ。いけー」
「……これ以上の計算を行うための機能が発見できません……正解は、分かりませんでした」
「駄目なのかよ!」
じゃあなんだったんだよ。その溜めは。
「いったいなんだったら解けるんだおまえは……」
「二桁までの四則演算です」
「それだったら俺もできるよ! ああクソ。おまえに当たってる時間ももったいないのに」
喋っている間にも、構わず壁は近づいてくる。
ちくしょう。
こんなことになるくらいなら、竜火砲でも持ってくれば壁なんて破壊できたのに。いや駄目だ。あんな重いものチンタラ運んでいたら、どっちにしろ棘に貫かれた。
……ん? 破壊?
混乱の最中、ふと閃めいた発想。
「マスター。どうしました?」
「くらえ!」
ズガァアン!
思いっきり壁をぶん殴ると、数式が砕け散って人間大の穴ができた。
「わぁお。です」
「わざわざクイズなんかに付き合う必要ないんだよ。行くぞ」
穴から脱出すると、行き止まりだった壁の向こうを進んでいく。
その後の道のりもダンジョンのトラップ地獄は続いた。モンスターハウス、迷路、ヌルヌル道。どれも一筋縄ではいかず、困難の連続だった。
苦労の末、俺たちは最奥の宝箱を発見した。
「よかった。まだあった」
宝箱に開閉された形跡はない。
最悪、誰かに持ち去られている可能性も考えたが幸運だった。
「ロボもうヘトヘトです」
「おつかれ。ここがゴールだ。さあ開けるぞ」
ガチャリ
宝箱には【盗賊】などの職業が所持する鍵開けスキルなどが必要なものがあるが、目の前の宝箱は違ったようだ。
中には、豆が十粒ほど入っていた。
「なんだ。これは?」
「解析中……データにありません」
「だろうな」
「微塵もガッカリしてない。少しは期待してくださいマスター」
憤慨するロビーナを置いて、俺は豆を調べる。
見た目は緑豆に近い。どれもわずかに一転だけ淀みがあって、目玉のように見えなくもない。感触は柔らかくも固くもなく、少し力を加えるとグニっとするが潰れる前に摘まんだ指から滑って逃げていく。
切断面を眺めるが、至って外見から想像できる豆そのものだった。
「……食うか」
「ロボ毒見します」
ゴーレムだし、もし腐っていたりしても平気か。
切った半分をロビーナに分けたが、どうやら問題はなかったようだ。
「いい方向に変化はなかったか?」
「ありました」
「ほう。どんな?」
「ロボのお腹が少し膨れました」
ただの豆みたいな効果だ。
(ここまで苦労して普通の豆か……)
病むくらい落ち込みたくなるが、ここまでの探索で腹は減っているので食べることにした。
ヒョイ……パクッ
《『獲得経験値上昇(G)』を獲得しました》
「このスキルは……」
風の噂で耳にしたことはあったが、確か名前通り習得できる経験値の量を増幅させるものだ。
どうやって入手できるのか不明だったが、この豆から手に入るものだったか。
ロビーナに詳細を話すと、目の色を輝かせる。
「おおー! 素晴らしいスキルじゃないですかー! マスターがどんどん素晴らしくなっていきます。こうなるとやがて素晴らしすぎて素晴らベストになりますよー! ロボのマスターはマスターランキング世界一位です!」
「ちなみにそのランキング、何人参加してる?」
「現在、一名です」
「だろうな……しかしこのスキル、案外そうでもなくてな」
「そうなのですか?」
「俺もそこまで詳しくないけど。将軍の話によると結局レベルキャップがある時点で、いつか強さが頭打ちするしそもそも弱い人間が早く成長しようとも魔物に勝てずレベルアップする前に死ぬから、冒険者の中ではそこまで重宝されるものでもないらしい」
「ほへ~なるほど~。記録中……記録中……」
つまりレベルの限界がなく、元々高い成長率を持つ【奴隷】なら……
そこまで考えたうえで、俺がまだ残りの豆を食べないのには理由があった。
「なあロビーナ。おまえ脚を取り戻したことで、復活した機能が二つあったよな?」
「はい。農作機能と……」
「そっちだ!」
「へっ?《ロボッ?》」
「この豆を栽培するぞ!」
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