二七話 奴隷、暗殺者から幼馴染を守る


 闇夜に紛れて現れた襲撃者と、俺は対面する。


(女か……)

 

 マントの下が目に入る。

 可動性を重視しているのか、極限まで薄くした革を身に付けている。その下にはなにも身に付けてないのか扇情的な肉体の線がくっきりと映っていた。

 

(今まで見た中で一番大きいかもしれない)

 

 おっと、いけない。

 つい目を奪われてしまったが、今はそれどころではなかった

 

 ペッ


 武器を口から吐いてから、俺はマリィベルを狙った襲撃者へ話しかける。


「さて。おまえには色々と尋ねたいことがある」

「……」

「まずはなぜマリィベルをここまで執拗に襲う?」

「……!」


 シュパッ、無言のまま開きっぱなしの窓へ飛びこんだ襲撃者。

 

「答える気がないのは分かった」

「……」

「なら、その気になるまで一緒にいてもらうぞ」

「!?」


 顔は布で隠されているため見えないが、驚いている様子は伝わってきた。

 部屋に取り残されたはずの俺は、いつの間にかやつの行く手を塞ぐように回りこんでいた。


 ザッ


 どこから取り出したのかも見えない二本目の短刀が振るわれる。

 俺はそれを見てから回避して、襲撃者の背後につく。


 指で、トン、と後ろの首を突いた。


「はい。終わり」

「……バカナ……ハヤスギル」

「これでも日々強くなってるんでね」

 

 パルタ・トラキ

 職業:【奴隷】

 LV:1221万8777/∞

 能力:HP-1101万701

    MP-985万7351

    攻撃-2000万1217

    防御-680万846

    速さ-1542万51

    魔力-471万4194

    幸運-2183万5353


 海賊としての冒険を経て、俺はさらなるレベルアップを遂げていた。


(まだやる気だな……)


 背後をとられながらも、襲撃者の戦意は衰えていなかった。

 できるだけ穏便に済ませたかったのだが仕方がない。


 ガシッ

 俺はやつの手首を掴んだ。


「抵抗したら壊す」

「シネ」


 グチャア!

 

 俺は思いっきり右手を握り締めた。


(なんだこの感触……まるでスライムのよう……)

 

 スパッ


「おっと!?」


 予想とは違った感覚に驚いている間、後ろから刃物を首へ振られた。狙いは正確に頸動脈。もし傷が浅くても、出血多量で死に追い込まれていた。


 思いっきり前にダッシュして距離をとってから振り返る。


 襲撃者は獣の爪のように、両手に短刀を構えていた。


「サッキマデ ユダンシテイタ。ココカラハ ホンキダ」


 放たれた気配がピリピリと針のように突き刺さる。どうやらハッタリや虚勢の類ではないみたいだ。

 

 顔面を覆う布の下から迸る殺意を感じる。

 初めてだ。こんな相手と戦うのは。俺は充分用心して、戦闘態勢を整え直す。


 暗技アサシンスキル百本暗刃ハンドレッドダーク


 短刀が弾幕を形成して迫ってきた。

 こんなのに刺されたらハリネズミになっちまう。


「あばよっ!」


 飛来する刃より俺の足のほうが早い。

 とりあえず後ろの建物を壁にして避難する。


 ズダダダダダダダダダダダダ


 まるで豪雨のように止まない刺突音にビビッて建物の前を見てみると、なんと俺が認識していたのとは別の黒く塗られた短刀が石壁を貫いていた。


 暗殺の技として、投げナイフの後ろに黒いナイフを忍ばせて二段階の突撃を仕掛けるものがあると聞いたことがある。色が黒なことで闇に溶けて標的は気づかず、最初の白刃を弾いた次の瞬間に二段目の黒刃に命を奪われるという仕組みだ。


 だからもし運良くここに建物がなく、俺が同じ防御手段をとっていたとしたら……


(……いや、それよりもやつはどこに?)

 

 さっきまでいた場所に目をやるが姿が見当たらない。

 

 まさか逃げたか?


 ザクッ


「ぐっ!」


 暗技・獅疾死刺ハッシャーシュ


 短刀が猛速度で俺の横腹に突き刺さった。

 

(音もなくどこから現れやがった!?)


 俺がやつから目を離した一瞬の隙を突いたのだろう。だが、それにしても速すぎる。追いついた時と比べると段違いだ。


 グギギギ


「!?」

「抜けねえだろ! 逃がすかよ!」


 腹筋に力を入れて刃をロックする。

 サッ、と力で張り合うのはやめて武器を手放して離れる襲撃者。当然、俺もそれは予想していてやつのバッグステップに合わせて距離を詰める。


 暗技・忍び走りサイレントラン


 ブオンブオン


 追撃を躱そうとする襲撃者。

 確かにさっきよりも速いが充分に追いつける速度。

 

 ブオンブオン


 ……追いついているはずなのに、俺の攻撃は一向に空を切る。


 ここにきてようやく、俺は視界だけでなく耳も使って相手の次の動作を無意識に予測していたことを知る。襲撃者の無音の回避は、俺の拳よりワンテンポ早く動くことで本来あるはずの速度差をなくしていた。


「反撃してこないのかよ。このチキン」

「サキノ イチゲキコソ 【暗殺者アサシン】サイキョウノコウゲキ。アレデ トドメヲサセナイノナラバ モウコチラ二 キサマヲタオススベハナイ」

「へぇー。それはいいことを聞いた」


 もうやつに反撃の手段はない。

 ならばこのまま攻め続ければ、いつか体力切れで足が止まる。そこを狙えれば捕まえられる。

 俺はやつを逃がすことだけはないよう後退するやつにくっつき続ける。


 なぜだ?


 一方的な展開を続けて数分、動きが先に鈍り始めたのはなぜか俺のほうだった。


 うっ

 ついに足を止めてしまう。


「どういう……ことだ?」

「ドクダ」

「……毒だと?」

「ジブンノ スキルガツウジナイ。ソンナアイテヲモコロス ワレワレヒデンノドクガアル」

「いつの間に俺は毒を……分かったぞ……あらかじめこいつに毒を塗っていたのか!」


 奇襲で横腹に刺された短刀。

 それは俺を直接の攻撃によって殺すのではなく、毒を俺の肉体に侵入させるのが目的だったのか。

 だから最初のように一撃必殺の首ではなく、的が広くて当てやすい胴体を狙ったのだ。


「チュウコクシテオク。ソノドクハ ツウジョウノ クスリデハ チリョウデキナイ」

「……なにが忠告だ……そんなお優しいやつとは到底思えないな」

 

 未だ刺しっぱなしの短刀。血を流すのを抑えるためにそのままにしておいたのだが、こいつを抜けば噴き出す血で内部の毒も洗い流せる。いくら特殊な毒とはいえ時間がそこまで経ってない現状なら、どうにかなる。

 だがそんなことをすれば、今度は血を失ったことで死ぬ羽目になるだろう。


 どちらにせよ死。

 ならばようするにこの襲撃者は俺を迷わせることで、死への時間を一刻でも削ろうとしているのだ。


「キサマノイウトオリ ヒビ キサマハツヨクナッテイルノダロウ。ダガ……ケイケンガ タリナイヨウダ」

「……経験が足りないだと?」

「ニンゲント タタカウ ケイケンガ」


 やつの言う通りだった。

 これまでの脱出で俺は多くの魔物と戦った。だが実力が近い対人間とはまるで違っていた。

 すぐに全てを曝け出す魔物と違って、人はいくつかあるはずの戦闘手段を隠す。そして最も効果的なもしくは俺が思いついてもない瞬間に出して、隙を突いてくる。これが対人戦。駆け引きによる心の動きまで含めた戦いか。


 いきなり襲ってきただけのこいつの素性なんてものは知らないが、ここまで翻弄されちゃそこに関しては天と地の差があるのは認めなければならない。


 王宮にいた頃――俺が王子だった頃ならば、この時点で相手の力を褒めて勝ちを譲っていただろう。


(だけど、今ここで敗北まで認めるわけにはいかないんだ)


 マリィベルを守るため。そして俺が生きるためにも。

 

 どれだけ見苦しくても、俺はこの勝負を最後まで諦めない!


 ブシャァアアア


 落ちた短刀が、血の噴水で赤く染まる。


「……シヌゾ」

「どちらによ死ぬなら、俺はほんの少しでも生きる希望にすがる」

「ナラバ コチラハ キサマガシヌノヲ マツノミ」

「……おまえにひとつ、いいものを見せてやる」


 まだ慣れていないから手加減はできん。

 もし駄目だった時は、冥途の土産にでもしやがれ。


 ガッチャン!


 地面が揺れると同時に重低音が響く。襲撃者は俺のほうを見て、身構える。


「ソイツハ」

「ずっと考えていた。俺に合う武器が欲しいと」


 ただ強ければいいのではない。

 共和国では一市民として身を潜めるつもりだった。ならば【奴隷】が持っているものとして不自然ではなく、かつ実戦で有効そうなものでなければならない。

 その点ではロビーナは武器として持ち運ぶのには不適格で、なにか別のを探すしかなかった。


「それで思いついたのが、こいつだ」

「タダノ オモリダ」


 鉄球と鎖で繋がれた手枷。

 俺は服の裾に隠れていたそいつらを鎖を解いて解放する。


 ブンブンブンブン


 俺は鎖をその場で回す。

 そして勢いを付けてから投擲する。


「!」

「あははは。避けろ避けろ。避けられるものならな!」


 高速でかっ飛ぶ人間の頭大の鉄球。

 それらは俺が鎖を引っ張るごとに途中で方向を変えて、回避したはずの襲撃者へ襲いかかる。掠った建物の壁がシャーベットのように抉れる。縦横無尽の攻撃が敵の周囲を覆いつくす。


 隷技アヴェンジスキル縛鎖球チェーンストライク


 【奴隷】はスキルを持たない。だから魔力を使わないただの力技だ。


 だがそれでも次第に襲撃者は追い詰められていく。おそらく初めて見るであろう変則軌道の強撃に対応できていない。

 そしてついに――


 ガシャアァアアン!


 鉄球を受けた襲撃者の肉体は粉々になった。


(つまり……そこだ!)


 俺はその場で振り返って、背後で武器を振りかぶる襲撃者へ反撃する。


「……」

「って、そんな手に二度も引っかかるか!」


 俺はさっきまで正面(現在は後方)にしていた方向へ後ろ蹴り――足枷から伸びる鉄球をなぜかもう一人いた襲撃者へ浴びせた。


 片方は飛散し、もう片方は傷つきながらも倒れた。


 俺は倒れているほうの襲撃者に近づいて見下ろす。


「グッ……」

「危なかったわ~」


 攻撃と無音の加速以外にも、こいつのスキルは他に二種類あった。

 一つは分身を作る技。

 もう一つはおそらくだが影かなにかに隠れる技。

 前者が最初に捕まえたにも関わらず逃げられた時で、後者が俺が目を離した隙に高速移動をしたかと思わせたものだ。


 それらを組み合わせることで、この女は俺に時間差の一人挟み撃ちを行ったのだ。


(さて、こいつから後は情報を聞き出さないとな)


 本当は戦いを終えて休みたかったが、先にまずやるべきことをやらないとな。


 俺はとりあえず自分で装着していた枷を、外して襲撃者に取りつけようとする。まだ意識はある。どうやら俺からの反撃を察知して、避けようとしたみたいだ。それでも間に合わず、肩の骨は破壊されたみたいだが。


 ヒュッ


(えっ?)


 唐突に、襲撃者が短刀を真横に投げた。

 行き先は俺じゃないどこか。


 俺は短刀が向かっている方向を見て、口をあんぐりと開く。


(村長!? なんで今こんなところに!)

 

 あんだけの大音を立てたんだ。眠ってる住人が目を覚まして様子見にくるのも必然だ。


 短刀に気付いた村長だが、いきなりのことで一歩も動けない。

 その凶器は老人の胸元を貫こうとする。


「ふぅ~。ギリギリだった」


 切っ先がぶつかる寸前で、俺は短刀を掴んで止める。


「旅人さん。た、助かった。ありがとう」

「いやいや。突然訪れた俺たちに宿を貸してくれたあんたが気にする必要はないって」


 むしろ巻きこんでごめんなさい。


 そう言おうとした俺だったが、視線を向けた先の変化に仰天する。


「やつが、いなくなってやがる!」

「もしかしてお嬢さんを襲ってきた野盗かい? 本当に来たのか?」

「ええ。まあ」

 

 村長はマリィベルを隠すのに協力を求めた時、説明していたので事情は知っていた。

 

 おそらく襲撃者は影に隠れて逃げたのだろう。

 あのスキルは俺の背後を狙っているという前提だからこそ見抜けたのだ。そうじゃなければどこに行ったのかは分からない。


 俺はもうあの女を捕まえることはできなくなった。


「す、すまん。わしが音を聞きつけて見にきたせいで」

「じいさんは悪くない。むしろあんたは村を治める立場としての役目を立派に果たそうとしたんだ」

「……あんたは若いのに立派じゃな」

「よしてくれ。所詮、野党一人取り逃がした男だ」


 今回の防衛は結果だけ見てみればなにも得られず、失敗だったかもしれない。

 だが逆に言えば、あの襲撃者からマリィベルを守ったのだから一番大事なものは守れたのだ。


 とりあえず今はマリィベルの無事を確認しに、止血を済ませてから彼女の居場所へ向かうことにした。


「ここじゃな」

「緊急事態とはいえ、物置なんかに女の子閉じこめてるなんてとんだひどい仕打ちですよ」

「そうか? 今時これくらい女子おなごでも別に気にしないと思うんじゃが」


 まあマリィベルは確かに俺にくっ付いて泥んこまみれによくなってたりしたから大丈夫かな?

 

 俺は彼女の幼き笑顔を思い出しながら扉に手をかける。


 カターン


「あれ?」

「どうした?」

「ここって元々鍵開いてましたっけ?」

「いや閉めていたはずじゃが」


 襲撃者は最初に俺がいた部屋を狙ったんだ。

 そんなあいつが、マリィベルがここにいるなんてことを知るわけがない。


 耳まで響く胸騒ぎを抑えて、俺は中を覗く。


 『名も知らぬ奴隷へ。マリィベル・シャフローゼは王都へ連れ去っていく』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る