二六話 奴隷、幼馴染と再会する


 パチリ


「あれ? ここは?」

「ふぅー。ようやく起きたか」

「えっ? あなたは……貴方様は!?」


 ガシッ


 それ以上の言葉が出る前に、マリィベルの口を抑えた。


「んー!?」

「ほっほっほ。その様子じゃと元気そうじゃな。ではわしは、自分の部屋に戻ることにしよう。ここは、その子が落ち着くまで自由に使いなされ。親切な旅人さん」

「ありがとう。おじいさん」

「貴方様はひょっとしてパルタ・トラキ様では! お亡くなりになったのではなかったのですか!?」

「しー。もう少し静かに」

「ひゃ、ひゃい。すみません」


 爺さんが部屋から出ていったのを確認してから手を外した。

 

 マリィベルは申し訳そうにしながらも興奮冷めやらぬようだ。


「あ、あ、あの、パ、パルタ様はどうして急にわたくしの元なんかに?」

「やっぱりおまえマリィベルか」

「はい。マリィベル・シャフローゼです。別れてから今日までずっと再開を待ち望んでおりました」

 

 両手を添えて上品に頭を下げるマリィベル。

 現在の身軽な格好より、ふわふわの白いドレスが似合う見た目をしている彼女。相変わらず鶏の雛のような柔らかそうな金髪をしていた。


「マリィベル。お互い積もる話もあるだろうが」

「パルタ様が元気と知って嬉しくてマリィベル泣きそうです。本当に、本当に、うわーん喜ばしいー」

「積もる話もあるだろうが、まず状況を整理したい。なんで君はこんなところにいたんだ?」

「ぐすっ。それについではですね……まずシャフローゼ家が爵位を奪われてからの話からになってしまいます」

「シャフローゼが没落だと!? なぜ?」

「ひゃ、ひゃい。実はクラッス様が王に即位した際、そのことに反発する派閥もおりました。そして我らが父もそこに在籍していまして」 


 どうやら話をまとめると、俺が島流しになってから王宮では政治による国の上層部同士での争いがあり、結果として今の国王であるクラッス側が勝利して負けた貴族たちは地位を剥奪されるか都から追放されて僻地に飛ばされたそうだ。


「そうか。もう一年以上経ったとはいえ、俺がいない間にそんなことが」

「それで実はわたくしが倒れていましたのは、川で洗い物の途中、何者かに襲撃されまして」

「襲われた!? 誰に!?」

「分かりません。既にもう力を失ったシャフローゼを狙う者もおりませんし、野党の類だと思われます。襲撃者からわたくしはともかく必死に逃げました。朝から晩までずっと森や川を走り、ようやく逃げ切れたと思ったらあそこで力尽きてしましまして」

「そうか。大変だったな」

「うぇええん~パルタ様から労いの言葉をかけてもらえるなんてマリィベル感激の至りです~」


 泣き虫マリィベル。

 子供の頃そんなあだ名でからかっていたのを思い出した。


 しかし正体不明の襲撃者か……


 マリィベルの話では途中で追いつけず諦めたそうだが、ずっと貴族の箱入り娘だった彼女の身体能力を考えると本当にそうなのだろうか? 狙う理由が分からないためなんとも言えないが、悪い予感がする。


 俺は注意を呼びかけようとするが、



「あの……それでパルタ様はなんでこんなところに?」



 その前に放たれたマリィベルの言葉で息ごと呑み込んでしまった。

  

(どう言えばいいんだ?)


 なにげない質問だったのだろうが、答え方次第ではかなり危険な気がする。没落したとはいえシャフローゼの影響力はまだいくらかあるだろう。ましてや死んだと思われた王子の言葉なんて彼女の説明が全部本当ならまだ残っている現王反対派にとって担ぎ上げられる神輿となる可能性は大いにある。


 ここは慎重に言葉を選ぶべきだ。


(いや案外、大丈夫か? マリィベルなら他の人に言うなって告げておけば黙ってくれるだろ)


 未だポロポロ泣いてるマリィベル。幼馴染である彼女は、本当に俺の生還を心の奥底から喜んでくれているようだった。

 

 こいつなら平気だな。

 俺は本当のことをありのまま話すことにする。


「マリィベル。そのことについては、おまえが倒れてたのを見かけたから助けにいっただけだ」

「そんな。わたくしのために陛下へいか……パ、パルタ様のお手を汚させてしまってマリィベル申し訳ないです」

「おいおい。まだ俺のこと陛下って呼んでるのか?」

「ごめんなさい。つい」

「だから昔も言っただろ。俺は王子で、まだ王様じゃないって」


 マリィベルが俺と一緒にいた頃、こいつはよく俺のことを「へいか」と呼んでいた。立場を知らされたからのことだから王子=王で結びついてのことだったんだろう。まあ世襲制で長男の俺だから間違ってもないんだが、やはりそこは厳密でないといけないのが王宮というものだ。

 だから途中から少しずつ言わなくなったのだが、クセになったようで二人っきりになるとそう呼ばれていた。


「まあ俺、もう王様になれないんだけどな」

 

 がっはっはっは。

 上手いジョークを言えて自嘲していると、マリィベルは涙を引っ込めて表情を失くしていた。


(あれ?) 


 この瞬間、背中に氷が落とされかのように俺の背筋は冷えた。


 空気が変わったのを感じる。

 先ほどまで幼馴染らしい昔話に花を咲かせていたのに、そんな状態ではなくなってしまった。

 

 マリィベルはこれまでとは打って変わった雰囲気で話しかけてくる。


「パルタ様。もしかして王宮には戻られないのですか?」

「あ、ああ。そのつもりだけど」

「玉座を奪還するつもりはないんですか?」

「……」

「家族を殺された復讐をしないのですか?」

「……!」


 今まで見て見ぬふりをしていたことに切り込まれていく。

 

 島流しされて、築き上げたもの全部失って、ようやく脱出できると思ったら海賊の船で命がけの冒険までして。

 生きるのに精いっぱいでまともに考えられなかった。

 もちろん今だってまだ生活は安定してないし、数年後生きていられるかも分からない。

 それでも故郷であるここに帰ってきている今が決め時だったかもしれない。


(薄っすらと自分の中でこうしようとは思っていた。それをはっきり言葉にするべき時がきたのだ)


 スーハ―


 俺は深呼吸をしてから、マリィベルに言おうとする。


「俺は――」

「差し出がましいことをして申し訳ございませんんんん!」

「えっ?」

「そもそも全てがパルタ様自身が決めるべきことで、わたくしはパルタ様のお言葉に従うだけなのです。にも拘わらず、ただの一貴族の身分で王子の気分を害することを」

「いや。まあいいんだけど」

「ああああああ! マリィベルは悪い子! マリィベルの悪い子!」


 壁にガンガン頭をぶつけ始めるマリィベル。

 おまえ倒れてたんだからもっと体を労われよ。


 ガチャリ

 止めようとしたところで外から扉が開く。


「戻ったぞー。使えそうな薬草を拾ってきて……」

「マスター。ロボも頭をぶつければいいですか?」

「ススクおまえ……そういうやつだとは思ってたけどまさかそんな特殊性癖だったなんて……」

「誤解だって! ロビーナおまえは床でブレイクダンスするのやめろ!」


 グルングルン回転するロビーナ。

 混沌とした空間で、とりあえずひとつずつ説明して場を収めていくことにする。






 ――夜。


 住民のほとんどが眠り、静まり返った村に影が忍び寄る。


 チリンチリン


「ん? 金が落ちてる。おれのかな……まあいいや。おれのじゃなくも。儲け儲け」


 小銭を拾って喜ぶ門番。

 その後ろを無音で過ぎ去っていく人物には気付かない。


 村の中に入ればもう警備はいない。


 悠々と道の真ん中を進み、目指した先は村長の家だ。

 そこには今日、この辺鄙な村には珍しい客人が複数訪れている。


「……」


 閉まっている窓ガラス。影の手が触れたかと思うと、ヌルン、とまるで水に手を入れたかのように壊れる音を立てることもなく手が入って内側から鍵を開く。


 スゥ―


 影は静かに部屋に入り、ベッドに歩み寄る。そこは今日、マリィベルが休んでいた場所だ。


 キラリ、と月光に煌めく短刀を布団の盛り上がりへ下ろした。


 ガキィン


「!?」

ひょおようあふははったま危なかったな


 パルタがナイフを刃で噛んで受け止めていた。

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