二八話 奴隷、帰郷する


 翌日、俺たちは宿屋にいた。


「お体の状態はどうなさいましたか? マスター」

「もう平気だ」


 心配してくれるロビーナへ、俺は毅然とした態度で頷く。


 ドクンッ


 くっ。さっきのは嘘だ。

 村に滞在していた僧侶プリーストの回復魔法によって血は止まって見た目は健康な時と全く変わらないが、実のところ毒の影響はまだあった。時々心臓が内から悲鳴をあげて、意識がほんのわずかだが止まる。

 手当たり次第に薬を飲んでみたのだが、本当にあの襲撃者の言う通り普通の治療法では完治できなさそうだ。


 本当はロビーナにもちゃんと言うべきなんだろうが、


(こいつ。マリィベルより俺を優先して休ませようとするからな)


 いつもはなんでも言う通りなのに、こういうところは融通が利かない。

 だから俺はマリィベルを助けるまでこのずっと俺についてきてくれているゴーレムにも黙っておくことにした。


 ガチャ

 外から扉が開くと、ブラックハートが戻ってきた。


「……ふぅ」

「戻ってきたか。なにか収穫あったか?」

「あぁ。うん一応」

「じゃあマリィベルがここ――のどこにいるのか分かったのか?」


 俺たちは現在、村を出て、あの襲撃者がいるとされる王都にいた。

 やつが残しとされる書置きは真実ではない可能性はある。しかし手がかりがそれだけしかない今、俺たちはこの場所に来るしかなかった。

 

 しかしなぜかずっと機嫌の悪いブラックハート。


 情報収集も自分から申し出たはずなのにずっと不服そうであった。やはりマリィベル救出に巻き込んだのがまずかったのか? 村を出る時にも反論が無かったからそのまま飛空船で連れてきてもらったが悪いことをしたな。


 パサッ

 ブラックハートは手元の新聞をこちらへ見せるように広げる。


「『クラッス・リキニウス王。教会前広場での演説』」

「ふーん。あいつそんなことしてたんだ」

「『集まった国民たちの前で王は市民たちの政治的立場の向上、貧民街の救出を目指すとこれからの方針を発表。さらには税金の引き下げを検討中とのこと。そして最後に王国の平和を約束しました。』」

「ご立派だこと」

「そうだな。本当に……」

「ん? いったいどうした? お腹痛いのか?」


 ワナワナと震えるブラックハート。

 

 バシンッ


 そのまま新聞を思いっきり床に叩きつけた後、グリグリと踏みつける。


「ふざけんなよ! 他人の物を奪っておいて、なに一国の王様面してやがる! こんなの見たら、そりゃ腸も煮えくり返るわ!」

「え、えーと」

「このクソ野郎がおまえから全部奪ったんだろススク! おまえはムカつかないのかよ!?」


 実はマリィベル救出にあたって、協力してもらうため俺の素性をブラックハートに明かした。


 まさかずっと不機嫌な理由ってこれだったのか?

 当たっているみたいで、鬱憤を晴らすように新聞へガシガシと八つ当たりする。


「だいたい民衆も民衆だよ。なんで王様が突然縁もゆかりもないやつにとって変わってんのに、平気な顔して幸せそうにのほほんと過ごしてやがるんだ」

「国民にとっちゃ王様なんて誰でも一緒ってことさ。施しを与えてくれればそれでいいんだ」

 

 だいたい調べたところ、父については病死と発表。他の家族はそれが原因でショックで俺含めて一家心中となっている。

 不審に思う人物もいるだろうが、大多数の民からすると知らぬ存ぜぬといったところだ。

 クラッスもあの強引な手口のわりには、今日まで立派に政を執り行っていたみたいだし文句無しだろう。


 しかし意外だったこんなにもブラックハートが俺のことで激昂して怒鳴ってくれるとは。

 海賊で悪いやつだが、少しだけ見方が変わった。


「で、ススクはこれからどうするんだ?」

「これからって。当然マリィベルを助けにいくだけだ」

「あの女のことは分かった。でも、その後だ。おまえは家族を殺したこいつになにかしていくつもりはないのか?」

「あー……それね」


 マリィベルにも尋ねられた問い。

 そりゃ事情を知れば、みんなそこが気になってくるか。


(でも、一度訊かれたことで自分の意志がはっきり固まった)


 俺はこれからの方針も踏まえて、仲間へ伝える。


「はっ? ススク、おまえ今の王が憎くないのか?」

「そりゃ裏切られたし、顔を見たら父上たちと同じ目に遭わせてやりたいとは思うだろうね」

「じゃあなおさら復讐すべきだろ!」

「でも、敵はこの国だ」


 一対一の殺し合いでは済まない。

 たとえ俺がクラッスを暗殺したところで、同じようにスムーズにいくまい。あいつはおそらく時間をかけてあの場にいた大臣や宰相に根回しをしておいた。そしてたとえそうなったとしても、今度はシャフローゼ家のように反発する連中とも戦わなければならない。それが果たして簡単に抑えられる少数なのか、または国の過半数をも超える大軍なのか。成人前の王子で政治に関わらなかった俺では、予想がつかない。


「情けないけどね。俺は『生きたい』んだ」


 無人島で最初に死にかけた時、俺の心の中にはそれしかなかった。

 最初は歯ぎしりするほどあった恨みも怒りも悲しみ。だがそれらはいつしか消え、ただ飢えから逃れたかった。


「俺は『俺』が『生きる』ためにもがく。それ以外のことは全部後回しだ」

「……そうかよ」

「ひどいよね。俺、死んだら絶対に父上たちと違って地獄に落ちることになると思う」

「ロボはマスターが行くのならばどこでもお供します」

「反応に困る言葉だ」


 だけどここまでの言葉を聞いても、ロビーナの変わらぬ態度に安心している自分がいた。


 ブラックハートのほうへ顔を向ける。

 すると憑き物が落ちたような顔をして、俺のほうを見つめていた。


「ダッセーな。敵がデカいからってなにもしないなんて。このビビりが」

「うぐっ。痛いところをついてくる」

「まあでも所詮、おまえたちはこのブラックハート様の部下だ。いくら情けなかろうが、船長を頼りにすればいいんだよ」

「いや俺、海賊になった覚えはないけど」

「うっせーな! ほら、この地図に印が付けてあるところ。今夜ここにあの女が連れてこられる可能性が高い」


 闇市場ブラックマーケット

 そこでは法律で禁止されている麻薬や違法品だけでなく、人まで売買されていた。






「そこのお兄さーん」

「おや。ここらへんじゃ見かけない顔だが、えらい別嬪さんだね」

「お兄さんこそ、わたし好みのワイルドなお方ね」

「そ、そうかい。あっ、姉ちゃんよかったらここで一杯呑まないかい? いい酒があるんだよ」

「いいの? うふふ。ありがと~」


 俺とロビーナはその光景を壁に隠れながら見ていた。


「相変わらず、すごい豹変具合だな」

「ハニートラップというのは、あのようにするのですね。データ保存中」

「覚えるな覚えるな。はしたない」

「でもマスターもあの姿になったブラックハート様のことを随分とお気に召していたようでしたが?」

「お黙り。黒歴史よ」

「これまで測定したデータから分析した結果、マスターはむっつりスケベではないかと推測されます」

「あーあー聞こえないー」


 随分と余計なことまで記憶しやがってポンコツが。


 ロビーナと話している間に、アリー(ブラックハート)が戻ってきた。


「そらよ。男なんてチョロいもんだ」

「おまえも男だけどな」


 投げられた鍵を預かる。

 アリーが誘惑をしたのは警備員の一人だった。


「うっせー。とっとと行って、とっとと済ますぞ」

「でも、本当にあったんだなこんなところ」

「貧民街じゃよくあることよ。とはいえ王都じゃ数年ぶりかもしれないな」


 さらわれた人間が売られる場所。

 俺たちはその会場である小屋の後ろに回り込み、盗んだ鍵を使って裏口から侵入する。


「ゴホッゴホッ。埃っぽい」

「あんまり使われてなかったんだろうな。いくら闇市の連中の管理が杜撰とはいえ、商品はできるだけ大事にするだろ」


 俺たちはできるだけ音を立てないよう侵入する。

 

 終始暗くてジメジメした空間を移動していると、やがて明かりがあるところを見つける。


(いた!)


 そこでは檻にマリィベルが閉じこめられていた。

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