二九話 奴隷、闇市場へ潜入する(この話にはありませんが、今後ステータス表記が変更になります。 「幸運」→「器用」)


「マリィべ――」

(しっ。静かにしろ)


 呼びかける途中で、横から強引に口を塞がれる。


(なんで? 早く助けにいかないと)

(もう遅い)


 アリーは、よく見ろとジェスチャーを送ってくる。

 注意して気を向けると、マリィベルの周囲には複数の人間がいた。彼らはたった一名を除いて、悲痛そうな面持ちで同じところへ視線を向けていた。


「レディースアンドジェントルメーン。紳士淑女にマナーも知らない悪党悪女たち。身分も資格もここでは関係ない。金さえ払えばなんでも手に入るのが、この闇市場です」

「ザワザワ」


 壇上の司会の掛け声によってざわめく客たち。

 既に人売りマンセールスは開始していたのだ。


 暗闇で人数までは掴めないが、小屋は満員になっている。これほどの人数を前に、さすがに出られずに俺たちが二の足を踏んでいると司会は手伝いたちも読んで売買を進行させていく。


「さて皆様がた。お待ちの商品の紹介ですが、一番先にわたしから言っておきたいことがあります」

(なんだいったい?)

「今回の商品の半分は、なんと【奴隷】ではありません!」

(えっ?)


 うおおおー! マジかよー!?

 静かにしていたはずの客たちが、司会のその一言で急にどよめき始める。


 俺にはなぜやつらが急に興奮しだしたのか、よく分からない。

 

 司会は得意げに説明してくれる。


「皆様の内、この条件を不安に思った方は当然多くいるでしょう。しかしそんな心配はいりません」


 ジャジャーン

 司会は懐から首輪を取り出した。他の首輪と変わらないなんの変哲もない物に見えるが、なにかあるのだろうか?


「百聞は一見に如かず。言葉で語るよりも、実際にその効果を見てみたほうがいいでしょう……おい。そこのおまえ、チャンスをくれてやる」

「なにっ?」

「この檻から一度だけ出してやる」

「えっ? ほ、本当か?」

「本当だ。そのまま逃げ切れたら、なにもしないことを約束しよう」

「わ、分かった。お、おれには家族が待っているんだこんなところにいてたまるか!」


 檻から解放された途端、男は全速力でダッシュする。

 以前は傭兵かなにかしていたのか、その逃げ足はかなり早い。追っ手を振り切り、このまま逃げられるかと思えたところで、司会は持っている杖に魔力を込めた。


「ギャァアアアア」


 突然、苦しみだしてその場にのたうつ男。さっきまでの逃亡の決心が嘘のように、一歩も動かずに首輪を外そうと暴れている。

 

 結局、彼はそのまま壇上に引きずって戻される。


「この首輪は、愛玩の輪スレイブリングというもの。これらを装着された人間はこのように【奴隷】でなくても、苦痛を与えることで従えられるようになります」

「つまり【戦士ファイター】の奴隷や【魔法使いウィザード】の奴隷が手に入るってことか!?」

「その通りです聡明な紳士様。さてこの【戦士】いくらで皆様お買いになさりますか?」

「10万だ!」

「25万出すわ「おれは100万!」」


 沸き立つ客たち。先ほどまでの光景を見て、萎えるどころか一層燃え上がって自分が渡す金額をアピールする彼らは醜悪そのものだった。


「うぐっ……」


 壇上に並んでいる人間たちの首には揃って愛玩の輪が嵌められていた。


(どうする? あんなの嵌められちゃ簡単に手出しできないぞ。こうなったら買ったやつを襲って)

「……もういいよ」

「す、ススク!? おい。なにしてやがる戻ってこい!」


 俺は壇上に身を乗り出すと、暗闇から光に出ていく。


「ん? おまえ誰だ? ここに来ていいのは、わたしの部下か金を出した客だけだぞ」

「マリィベル。今、助けてやるからな」

「パルタ様!?」

「悪いが今はススクって呼んでくれ。事情は後で話す」


 現在、俺は仮面をしているがどうやらマリィベルは声で正体が分かったようだ。


「わたしの許可なく商品に触れるな! おい、このイカレ野郎をさっさと外に引っ張りだせ」


 俺に気付いた司会は、部下に命令して檻から剥がそうとする。

 

 言われなくても出ていくよ。

 ただし、マリィベルたちと一緒にだ。


 グニャァァ


「嘘だろ?」

「鉄格子が、焼く前のパン生地みたいに変形してる!」


 人が出られるだけの穴を開くと、俺はマリィベルの元まで近づく。


「……すごい」

「立てるか?」

「は、はい。今すぐに……くっ」


 どうやら怪我をしているようだ。立ち上がろうとしても、痛みでうずくまるマリィベル。


 しょうがないな。

 俺は、スッ、とマリィベルを抱きかかえた。


「ひゃぁああ。あ、あのパル……スス……パスタ様!? いいのですか!?」

「状況が状況だ。あとススクな。俺は麺類じゃない」

「も、申し訳ありません。あぁ、王……謎の男性の方になんてことを。マリィベル一生の不覚です」


 よほど動揺しているのか真っ赤な顔で、何度も言い間違いをするマリィベル。

 

 まあこんな場所じゃなければ、俺も似たようなことになっていただろうが。

 俺は他の捕まえられた人間たちにも声をかける。


「おい。君たちも出ていっていいぞ」

「そんなの無理ですよ!」

「ククク。さっきから調子に乗ってなにをやっているかと思えば、馬鹿なことを。いいか? そいつらには愛玩の輪ってのが嵌められていてな。この杖に念じれば魔力の波動が伝わって、拷問にかけられているような痛みが加わるんだ。まずは貴様の大事にしているそいつから……」


 パキンッ 

 

「……なぜだ!? なぜ首輪が発動しない!?」

「壊させてもらった。返すよ。そいつはもうゴミだ」

「ひぃいいいっ!」


 握り潰した首輪だったものを司会に放り投げた。


 パキンパキンパキン

 他の連中の首輪も砕いて使い物にならなくしていく。


「おいおまえ! 魔獣を解き放て!」

「いいんですかい? あいつは今回のメインじゃ」

「そんなもの関係ない! わたしの取引を邪魔したあの男を殺せるならもうなんでもいい!」


 ドスンッドスンッ


 俺が捕まっていた人間たちを逃がしている間に、奥から魔物が現れた。


 正面から俺の頭を超える巨躯に、悪魔のような巨大な二本角。


「ベヒモスだぁあああ」

「A級の魔物だ。トップクラスの冒険者すら姿を見かけたら逃げる怪物だぞ」

「皆様方。魔獣が悪党を倒した暁には、このベヒモスを今回の競売にかけましょうぞ。最低額は金貨100枚から!」

「1000万!」「3000万!」「6500万!」

「やれやれ。とんだ見世物になったまったものだ」

「ススク様!」


 ガァアアア!

 猛突進してくる魔獣。床を蹴り抜いて、飛びかかってくる。


「ロビーナ! 任せた」

「了解です」

「きゃっ」

「そいつらも協力者だ! 賞品を奪い返せ!」

「ちくしょう。ぼくたちまで巻きこみやがって」


 投げたマリィベルをキャッチするロビーナ。

 襲いかかってくる司会の手下たちをアリーが迎え撃つ。


 ガシッ


 俺は角を抑えながら突進に押されて、小屋の壁をぶち抜いて外へ飛び出る。


(すごい力だ。こりゃ倒すとなると相当手こずるぞ)


 早く戻らねばならないのに、こんな形で足止めを喰らうとは。

 なんとかしてすぐにこの状況を打破する手段はないかと魔物を観察する。


(この首輪、見覚えがあるな……そうか。こいつもこれによって従えられてるのか)


 俺はベヒモスに押されながら、愛玩の輪を蹴りで破壊した。


 パチッパチッ

 瞼を何度も開いて閉じるベヒモス。魔物の目からは、いつの間にか戦意が消失していた。


「よし。これならすぐにみんなのところへ駆けつけられる」

「ブホッブホッ」

「なに? おれも一緒に連れていってくれだと?」

「ブホォオオオオン」

「よし。ならば共に向かうぞ」


 俺はベヒモスの背に乗って、小屋までの道を戻っていく。


 ブホォオオオ!


 理不尽な仕打ちによる従属に、怒りの咆哮を響かせるベヒモス。

 その自慢の角を立てて、小屋に正面衝突する。


「地震か!?」

「た、建物が崩壊する! 逃げろぉおおお!」


 倒壊する小屋から慌てて脱出する客たち。そのまま他の心配をすることもなく、自分の姿が誰にも見られぬよう立ち去っていく。

 残ったのは、今回の人売りの主催である司会のみだった。


「誰かー。誰か助けてくれー」

「さっきまでいた手下たちはどうしたんだ?」

「散り散りの方向へ走っていきました」

「逃げられたのか」

「やめろ。わたしは悪くない。そもそも今回の競売も、頼まれたからやっただけだ。買う連中が悪いんだよ」

「悪いことだと分かってるなら、断ればいいだけだろ」

「だ、黙れ。わたしは悪くない。わたしは商品を売ろうとしただけだ」

「あっ、おい」


 走って逃げようとする司会。

 追おうとすると、


 トスン


 司会は目の前に現れた人物にぶつかって尻もちを突く。


「ど、どけ。邪魔だ。ほら金をやるから、すぐにここをどくんだ」

「……余に金とは。実に酔狂なことを」

「なんだと? 金がいらないのか? そんなわけないだろ。ほら金だ。受け取りたまえ」

「騎士団長。今の行動、君も見たかね?」

「はい。然りとこの目に焼き付けさせてもらいました」

「ならば賄賂罪も追加だな。違法の闇市開催に、人さらいによる誘拐罪、さらには暴力を働いた形跡があるため傷害罪か。果たして牢屋送りだけで済むだろうか?」

「な、なんだと? 貴様はいったい何者だ?」


 俺は、現れた集団の人物の顔を全部知っていた。

 その先頭に立つ男については、絶対に忘れることはない。


 騎士団長は、司会へ大声をぶつける。


「このお方を知らぬのか貴様! クラッス・リキニウス様――ロマニスタの現国王であるぞ! 一目見て分からぬとは不敬罪も重ねおったな」

「お、王様だって!? なんでこんなドブに直々に!?」

「違法の闇市を摘発しにきたのだが……まさか、こんなところでまたその声を聞く羽目になるとは」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る