一話 奴隷、木の実を取る
【奴隷】。
成長だけは早いが、ステータス上昇の補正値もレベルキャップも低く、最終的な強さは他職業の10分の1以下とされる。
奴隷は十人集めて一人前、なんて言葉があるくらいだ。
とはいえ支配階級の立場からすると、ありがたい人材ではある。準備なしに揃えてもすぐにベテランと同じ能力に育ち、そのうえで現場の指揮官に逆らえるほど強くはならない。使い捨てのコマとしては、これ以上ない存在だった。
●●●●●●
ザザー
「マジか」
どうやら昨日のことは夢ではなかったらしく、俺は久しぶりの食事にありつけたことで生存していた。
空っぽの箱と林檎の食べカスが近くに転がっている。
だが俺が驚いているのは、別のものだった。
パルタ・トラキ
職業:【奴隷】
LⅤ:10/∞
能力:HP-10
MP-10
攻撃-10
防御-8
速さ-11
魔力-9
幸運-13
ステータスを見ると、レベル(LV)の横に見慣れない数字が書かれていた。昨夜、脳内に流れた言葉が反芻する。
レベル制限が解除されました。
あれは神よりのお知らせ《メッセージ》と呼ばれるもので、職業やレベルについてのなんらかの変化を伝えてくれるものだ。
まあ、それについては今さらどうでもいい。この世界では、誰もが知っている常識だ。
大事なのは、その内容と変化したステータスだ。
∞は無限。つまり限り無き数字を示す。
意味は分かっている。だが、こんなレベル制限はどこの文献にも載ってなく、また話も聞いたことがなかった。
「うーん……」
異例の事態に、痛くなるほど頭を悩ませる。
原因は分かっている
明らかに、昨日の怪しい色の林檎だ。玩具みたいな色合いで、味もなんか普通で、どうもおかしいと思っていたらこのザマだ。
とはいえ、食っていなかったら今日の朝には絶命していただろう。
「まあ。いいか……とりあえず生きていこう」
昨夜の食事でよく分かった。
俺は生きたい。
色々と思いはあるが、俺が今したいことはそれが最優先だった。
「じゃあ、まずはどうしようかな? おっ、あれなんかちょうどいいかも」
目標を決め、周囲を見渡して最初に目についたのはハニーパルムの木だった。
蜂蜜のように甘い液を内部に蓄えた果実。
本来こんな事態になったら食べ物より拠点の確保を優先すべきなのだが、それらは今日までここで生きて後回しでも大丈夫なことは分かっていた。この浜辺地帯から移動しないかぎりは無事だ。
なので、次の飢えがくる時までの食料の保存をすることにした。
(うわー。やっぱり高いな)
パルムの木は、成熟すると10メートルにまで至る。
見上げた先にいくら手を伸ばしても、人族の中では平均身長の俺では届かなかった。
「でも今なら!」
昨日の林檎で元気になった俺なら、この木を登りきれるはずだ。
満腹になったことによるハイテンションと根拠のない自信を携えて、俺は木に手と足をかけた。
「……ギャァアアア!」
ドスン!
「はあ……はあ……頭から落ちた……地面が砂じゃなきゃ死んでた」
パルムの木は掴むところがなく、勢いよく登っても途中から真っ逆さまに落ちてしまった。
クソ。
所詮、生まれてから王宮育ちのお坊ちゃんじゃ無理ってことかよ。
それでもたった1回の失敗を引きずることなく、何度も挑戦を繰り返したのだが、
「はあ。どうしよ……」
夕方、全てを失敗した俺は拾った小石を木に当てることしかできなかった。
カツン……カツン……
静かな無人島に、音がよく響く。
パルムの木は頑丈で、小石程度では傷ひとつ付かない。
木登り、体当たりで実を落とさせる、投げて落とす、呼びかける、願う、etc…
思いついたことは手当たり次第に試してみたが、どれも駄目だった。
こんなんじゃ、またすぐに死んでしまう。
せっかく生きる希望が湧いたのに、すぐにまた絶望の闇に包まれてしまいそうになる。
(はあ疲れた。暗くなったし、今日はもう寝るか)
地面を掘って、ベッドの準備をした。
戻した砂に被さりながら、眠る前にステータスを開く。
(そういえばすっかり忘れていたけど、レベル表示がなんかおかしくなってんだよな。なんか変化があればいいんだけど)
パルタ・トラキ
職業:【奴隷】
LV:33/∞
能力:HP-33
MP-33
攻撃-34
防御-30
速さ-35
魔力-29
幸運-40
「は?」
変わるはずのない数字。なぜかそれらに変化が起こっていた。
「マジか……マジか……マジかマジかマジか!?
砂から慌てて這い出て、その場で全力ジャンプする。
昨日までの光景とは、全然違っていた。
3倍高く飛んでいる。
「本当に無限なのか? けど、なぜ魔物も倒してないのにこんなにレベルが上が……あっ」
【奴隷】のレベル上昇速度だけは、唯一、他のどの職業よりも上回っている部分だ。
そして無意味だと思えた昼間の足掻きが、ハニーパルムの木への攻撃として経験値が加算されていたなら?
俺は仮説を試すべく、もう一度、小石を拾って木に向かった。
あの夜から一週間が経った。
島の森の入口付近に落ちていたツルを小石に巻いて振り回している。こうすることで、普通に手に持ってぶつけるより、小刻みに早くさらに握力の消耗を減らして長く続けることが可能だった。
《ハニーパルムの樹木への攻撃に成功》
《レベルが1上昇しました》
《ハニーパルムの樹木への攻撃に成功》
《レベルが1上昇しました》
《ハニーパルムの樹木への攻撃に成功》
《レベルが1上昇しました》
メッセージを確認すると、同じ文章が立て続けに並んでいた。
あれから寝る間も惜しんでずっとハニーパルムの木を叩き続けた。
その結果が、これだ。
パルタ・トラキ
職業:【奴隷】
LV:89/∞
能力:HP-90
MP-90
攻撃-95
防御-85
速さ-99
魔力-79
幸運-110
【奴隷】では考えられないステータス。レベルに見合ってない数値ではあるが、短期間でこの上り幅は他の職業では無理だ。
ガッ
小石が木に食いこんだ。
引っこ抜いてから、また回してぶつける。
ブン……ザシュッ!
《ハニーパルムの樹木の切断に成功》
《レベルが5上昇しました》
「よし……よしよしよし」
倒れた木の天辺だった部分から、ハニーパルムを取る。小石で硬い皮を砕いた後、俺は中の液体を一息で飲み干した。
「美味しぃいいいいい!」
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