二話 奴隷、ゴーレムを拾う


「うんしょ。うんしょ」


 バサァアアア


 拾ってきた荷物を砂浜に下ろすと、砂が勢いよく飛び散った。


 《?の運搬に成功しました》

 《レベルが3上昇します》


「それにしても、いったいなんなんだろうこれは?」


 ハニーパルムの木を数本刈り、食糧の余裕ができた俺は謎の物体を運んでいた。

 

 実はハニーパルムに続き、他の浜辺に生えていた自然にも攻撃していたのだが、レベルの上昇がかなり遅れていた。それもそのはず、レベルが上がれば上がるほど経験値の必要量が増えるため、同じ行動をするだけではいずれ限界がきてしまうのだ。

 俺の目的を考えると、できるかぎりこの浜辺でレベルを上げておきたかったのだが。

 だからこの停滞した状況を打破するものはなにかないのか?と俺が悩みながら散歩していると、自分が寝床にしていた場所からは死角の浜辺でこの謎の物体を発見した。

 

 は、異質なデザインと見たこともない素材で構成されていた。


 なんの用途を目的に作られたのか、じっと眺めても分からない白銀の塊。材質はまるで金属のようだが触れてみるとチーズのような滑らかな感触(匂いは無臭)だった。


 初見時、とりあえず攻撃してみたのだがなぜか全く経験値は得られなかった。

 そのまま不気味がって離れると、他にも同じ素材と思わしき別の形状の物体があったため、不思議に思った俺はひとつの場所に集めてみることにした。

 謎の物体は今の俺にはとても重く、運ぶだけで一苦労だったのだが、偶然にもそれでレベルが上がったのは喜ばしいことだった。


 浜辺に落ちていた分を、一か所に置いて眺める。


「人形か? これは」


 一個一個ではまるで分からなかったが、並べてみると人の形が見えてきた。


 片腕と片脚と頭部はない。


(じゃあこれ胸か……うわ柔らか)


 どうやら女性を模しているらしく、腰にくびれがあって胸部や臀部が突き出ていた。


 なんとも言いようのない気まずさを感じたため、俺はさっと手を引いて離れる。


「しかし、どうしようか……」


 食料にもできず、レベル上げのサンドバッグにも使えない。


 もう放置するしかないかと諦めかけて天を見上げると、木の上での光の反射が目に入った。


(あれはもしかして、この人形の他の部品か?)


 気になったので、俺は別れる前に取ってきてやることにした。


 このバラバラ具合、おそらく持ち主によって解体して海に捨てられたのだろう。無人島に流れ着き、もう二度と使われることのなくなった哀れな人形への供養だ。


 一旦離れて充分な距離をとってから、助走してジャンプ。


 ガシッ


 自分の頭を超えた位置まで到達すると枝を掴み、そこからよじ登る。

 あれからさらにレベル上げをしたことで、ここまで飛距離が稼げるようになった。


 パルタ・トラキ

 LV:115/∞

 能力:HP-120

    MP-120

    攻撃-126

    防御-110

    速さ-130

    魔力-108

    幸運-151



「フゥー。着いた」


 枝からさらに一段飛んで頂点に到着すると、確かにそこには謎の物体らしきものの一部があった。


 ビュォオオオ


 持って帰ろうとした途端、なんと突然の強風が吹く。


「うわぁあああ!」


 いてて……


 無情にもそのまま落下する。ここが浜辺で幸いだった。地面の細かい砂はクッションとなって、ダメージはほとんどなかった。


 助かったことに安堵するが、手元に持っていたものがないことに気づく。


「あれ? ない? どこだ。まさか海に――」


 ガシャンガシャン……ブォーン


 なんだこの音は?


 怪しい音に振り返ると、そこに人形が立っていた。

 

 壊れかけの少女ビスクドール。周囲の海よりも美しいエメラルドグリーンの長髪に、宝石を嵌めこんだような輝かしく大きな眼球。ツルッとした肌の隙間から、人間では皮膚で隠されてるはずの球体関節が見え隠れしている。


 少女は口をカタカタ揺らしながら、喉の奥から音声を鳴らす。


「ジジジ……起動……完了」

「起動って、いったいなにを?」

「データベース……確認……エラー……再度確認……エラー」


 俺の質問にまったく取り合うことなく、独り言を続ける少女。


「エラー……次の段階に移行……人類の反応発見……アナタのお名前は?」

「お、俺? 俺の名前はパルタだけど」

「音声入力を確認……マスター認証を完了しました……」

「えっ?」

 

 ピカッと少女の目が光ると、今度は身体中から異音が響く。


 しばらくそのままでいたかと思うと、やがて何事もなかったのように一気に静かになった。


 ザザー

 

 海の音色だけが聞こえる。


 とりあえず俺はその場を去ろうと思ったが、その瞬間に少女の瞼が開いた。


「マスター・パルタ。ロボをこれからよろしくお願いします」

「ロボ?」

「ロボは最新型ゴーレム。型式はGB-01。それではマスターの第一命令です。ロボの名前を考えてください」

「ゴーレム?」

 

 ゴーレムの特徴は、個体によって多少の違いはあれど基本的な特徴は巨大な岩の体だ。しかし目の前の少女は、まるで人間のような精巧な人形でその形相とはかけ離れている。

 

 そもそもゴーレムは人間の言葉は通じない。

 つまり喋る時点でおかしいのだが、その内容も理解不能だった。


 どんな仕掛けか疑問だが、好奇心より未知への恐怖が勝った俺は逃げることにした。


 ガッチャンガッチャンガッチャン


「あのー、ついてこないでもらえます?」

「マスターから命令を与えられなければ、ロボは別行動できません」

「じゃあ離れて」

「第一命令が優先です」


 言ってることはよく分からなかったが、その後もずっと距離を保ってついてくるのでゴーレムの名前を決めなければ離れてくれないのだろう。


 それが分かった俺は、ゴーレムの名前を考えた。


「じゃあ、で」

「ロビーナ……名称を設定しました。ロボの名前は、これからはロビーナです。ロビーナです。ロビーナです」

「おぉ。まさかそんなに喜んでくれるとは」


 決められた名前に合わせて、ガシャンガシャンと掌をグーにして掲げるゴーレム。


 一人称がロボだから、そのままこの国の女性の名前付けに使われる「イ(母音)ーナ」をくっ付けただけなんだが。


 とりあえず離れて欲しいから付けたテキトーな名前だったのに、まるで記念日にプレゼントでももらったのようにはしゃがれると、少しだけ愛着が湧いてきてしまった。


「……ロビーナ」

「はいロビーナです! マスター、ロボになにか命令でしょうか?」

「俺から離れて、元の場所に戻ってくれ」


 が、それとこれとは別だ。

 ただでさえこんな島の中で独りで生きていけるかも分からないのに、こんな怪しさ満点の爆弾みたいなやつ抱えられるか。


 命令を与えたら、俺はすぐさまロビーナとは逆方向へ戻る。


 スタスタ……ガッチャンガッチャン……スタスタ……ガッチャンガッチャン

 

「なんで付いてくるの?」

「CPUの一部損傷によりAIに問題発生。先程の命令は受け入れられません」

「はっ?」

「設定により、マスターとの距離10メートル以内を維持します」

「え~!? ちょっと待って! だから離れてくれって!」

「その命令は受け入れられません」

「うわー! こっち来んなー!」


 しかし何度言っても、俺の命令は拒絶されてゴーレムことロビーナは本当にその言葉通り俺が止まるまでずっと付いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る