三話 奴隷、肉を食べる


「今日からは無人島を探索したいと思います」

「オォー(パチパチパチ)」


 俺の提案に、拍手してくれたのはゴーレムのロビーナ。


 結局、あれから何度突き放そうと思っても彼女はついてきた。

 まあ数日過ごしても特に襲撃とかはしてこなかったため、どうやら本当に敵意とかはないようだが、それでも油断はできないため隙はできるかぎり見せないようにしていた。


「はいマスター。質問よろしいでしょうか?」

「いいけど。なんだ?」

 

 正座のまま挙手したロビーナ。


「なぜ無人島を探索する必要があるのでしょうか? ロボのデータベースでは、その理由が検索しても出てきません」

「いくつかあるが、一番の理由はこの浜辺でずっと過ごしていたら俺は間違いなく死ぬ」


 現在、この島は暖かい。

 季節は不明だが、追放からの日数を考えると国内であればまだ夏が過ぎたあたりの初秋だろう。今はまだこうしてボロ衣一枚で過ごせるほどだが、助けがいつ来るかも分からないこの状況だと冬を越す準備は不可欠だった。


 ……そもそも俺は島流し。助けを当てになんてせず、最悪この島に永住することを考えなければならない。


「なるほど。人間は体温20度を下回ると、心肺機能が消失してその後なにも手当てがなければ絶命に至りますからね」

「ほう。それは初めて知ったな。教えてくれてありがとう」

「えへへ。ロボ、マスターの役に立てて嬉しいです」


 ロビーナの知識は俺よりも深い。

 俺がなにかをしようと思ったら、補足情報を彼女は入れてくれる。


 惜しむらくは、俺が先に言わないかぎりは自分からはなにも言わないことだが。


「この島で活動して数日。ロビーナも分かっていると思うが、この島の奥にはジャングルがある」


 浜辺のすぐ脇へ振り向くと、そこには森林が広がっていた。


 俺がいた場所は、ほんの一部分にしか過ぎなかった。


 なにがあるかはまだ分からないが、生き残る可能性があるとしたらここに賭けるしかない。


「ではなぜ、今日までジャングルには入らず浜辺で寝食を続けていたのでしょうか?」

「それは簡単な話だ……この先には、魔物がいる」


 実はこの島に置いてかれた当初、俺はねぐらをこの浜辺じゃなくて森の中にしようと思った。

 当然ながら浜辺では雨風を凌げないうえ、最悪、津波に吞み込まれる危険性があるからだ。


 しかし森に入った俺を待ち構えていたのは、危険な魔物たち。


 すぐさま襲われ、当然ながら抵抗する力すらなかった俺は悲鳴をあげながら逃げるしかなかった。


「正直、浜辺にいる間もずっと襲われないのかとヒヤヒヤしていた」

「苦労なさったんですねマスター」

「でも今日からは違う! この浜辺でできるかぎりレベルを高めたことで、今度こそ森に拠点を作る」


 レベルを上げ続けたのは、このためだった。


 もうこの浜辺でやれることはやり尽くした。

 救助へのSOSはもういらない。この島で生き残るため、俺は魔物たちとの生存競争に打ち勝ってみせる。




 ザッザッ


 森に足を踏み入れる。

 久しぶりに味わう茂みの感触だった。いや、王子の頃は裸足で外を歩いたことなんてなかったからこの感触は初めてなのかもしれない。


「見たことない植物ばかりだ」

「熱帯雨林ですね」

 

 ふぅー

 

 慣れてない環境に思わず一息つく。


 一歩進む間に、未知の脅威に遭遇する可能性。都暮らしでは味わうことがなかった緊張感とそこから生じるストレスに立ち眩みを起こしそうになってしまう。


 浜辺と違って、ジャングル内部はべっとりとした湿気があって空気に重みを感じるのが余計にそういう気持ちを増幅させるのだろう。


 だがやはり一番に気を付けているのは、出会ったことのない危険より魔物たちだ。


 あの時のように油断するな。

 集中さえしていれば、今のステータスなら対抗できるかもしれない。


 油断するな。油断するな。油断するな。


「油断するな。油断するな。油断」


 ガサッ


「今か!?」

「うわ! マスターいったいどうしました!?」

「なんだ……おまえが転んだだけか…ビックリさせやがって」


 背後を振り返った俺が安心した瞬間、転倒しているロビーナに狼の牙が複数食いこんだ。


 バキッバキッバキッ


「はっ?」

「グルル……アグ! アグ! アグ!」

「いやぁあああ」


 ワイルドウルフ《飢狼》。

 黒い毛皮と特徴的な牙を持つ魔物で、集団での狩りを得意とする。そのフック状の牙に捕らわれたらもう肉の一片すら残らない。


 緊張が緩和した一瞬――完全に虚を狙われた。


 こいつら俺たちが森に入ってもすぐに襲ってこなかったのは、これを行うためだった。


「や、やめろ。そのゴーレムから離れろ」

「グルル」

「ひぃ!」


 声で静止をかけた俺をワイルドウルフは睨んだ。そして俺はそれだけで身を竦めてしまった。


 情の感じられない本能丸出しの肉食の瞳。

 

 俺は武器として持ってきた石を、震える手から落としてしまう。

 その姿を確認した魔物は、捕食に戻る。


(今、完全に俺を見下した。邪魔をしてこない路傍の石ころと認識した)


 でも、これでやつらの隙を突ける。次はこちらの番だ。


 石ころを拾ってから、俺は様子を伺いながら背後に近づく。ウルフたちの視線は獲物に集まっている。攻撃するなら絶好の機会だ。


 いけ。いけ。いけ。


 ここからなら勝てる。最悪、一匹でも攻撃を加えてしまえば逃げるチャンスが芽生える……そのはずなのに、俺の手は微動だにしなかった。


(こ、殺す。殺すんだよ……)


 はあ……はあ…とこちらにも熱さが伝わってくる息。

 獣臭い唾液に浮き出る血管。


 魔物退治は、王宮で訓練として何度か行った。だが、どの魔物も事前に調教や手を加えられていて自然界で生殖する彼らを見たことはなかったのを痛感する。


 生き物なのだ。魔物も。


 生きるために飢えを満たし、生きるために敵を追い出して住処を確保する。


(俺がここでしようとしてることと、なんら変わらない)

 

 俺がこいつらの命を奪っていいのか?


 捕食者に対する怯えよりも、その悩みが俺の動きを止めてしまっていた。


「マス……ター……」

「ロビーナ」

「……ロボのことはいいから……マスターは逃げてください」

「えっ?」

「マスターの生命活動を守る……それがロボに書き込まれた最優先命令ですから……」

 

 うわぁああああああ!


 俺は全力で握りしめた石を、ワイルドウルフの後頭部に上から叩きつけた。


「ギャァアアア」

「ガウッ!」

  

 仲間がやられ、ようやく敵とみなして魔物たちは俺を狙ってくるがもう遅い。


 空いてるほうの手で、ポケットに入れておいた小石入りの砂をぶっかける。

 そして目をやられて動きを止めている間に、もう一匹の喉に突き刺した。


(三匹だから次でラスト……あれ? いない?)


 ガルル!


 死角からの奇襲。いつの間にか背後に回られていた。

 

 そうか。

 撒き散った砂を煙幕に利用して。目が見えなくても、ワイルドウルフはその鼻で俺の正確な位置を掴んでいた。

 

 とはいえ、理解できたとしても状況はまずいの一言でしかない。


 俺は負けの可能性を感じながら振り返る。


(あれ? こんなにも、遅かったっけ?)


 なぜか飛びかかりの速度がスローモーションに見えた。


 シュンッ


 俺は爪の先端を回避しながら、下に潜り込んだ。


「そこ!」


 グシャッ


 そしてがら空きのどてっぱらに思いっきり石を振り上げた。


「大丈夫か!?」

 

 魔物たちが全員倒れたのを確認すると、俺はすぐさま倒れているロビーナの元へ駆け寄った。


「おい。生きてるか?」

「……」

「生きてるなら返事をしてくれ! なにか声をあげてくれ!」


 俺の問いかけに、ロビーナはなにも答えない。


「……」

「ちくしょう。俺のせいだ」

「……」

「俺が怖気づかずに、早くあいつらを追い返せば……いつもいつも遅いんだよ馬鹿野郎。そんなんだから家族失って、こんなところに連れさらわれちまったんだ」

「ピピピ!」

「ひぃっ!?」


 ロビーナ再起動いたします。

 

 全身から異音をたてたと思うと、やがてロビーナの目に光が宿った。


「マスターおはようございます。いやー予想外の衝撃が加えられたことで、一時的にシャットダウンする羽目になりました」

「……」

「それで魔物たちはどうしました? おー! 三匹とも戦闘続行不可能の状態です。マスターがやったんですよね。すごいですマスター! あっぱれマスター! 最高マスター! ……あれっ? どうしましたマスター? お褒めの言葉が足りませんでしたか? 踊りましょうか?」

「……生きてるんなら早く言えこのポンコツ!」

「えぇー!?」


 なにやら奇妙な左右移動を繰り返すロビーナに思いの丈を叫ぶ。


 よく見たらこいつかすり傷すら全くない状態で、本当に心配して損をした。




 それから俺たちは探索をやめて、一旦、浜辺に戻った。

 あれ以上、先に進むのは肉体も精神ももう限界だった。


 パチ……パチ……


 焚火の上に置かれているのは肉。火の色に染まりながら、余分な水分を落として表面がパリッとしていく。


「もう、いいかな?」

「内部温度80度。食べ頃です」

「よっしゃ。ほら、お前も食え」

「わーい」


 骨付きのまま焼いたのをロビーナにも渡す。


 ガシガシガシ


 すぐに食らいつくロビーナだが、俺は少し焚火越しに違うものを見ていた。


「はぐはぐ……あれ? マスター。なに見てるんですか?」

「あれだよ」


 視線の先にあったのは、ワイルドウルフの頭蓋骨や皮だ。処理をして、肉と切り分けた。


「なぜ見ているんです?」

「……こいつらも生きていたんだなって」


 俺が魔物狩りに森に入ったように、魔物たちも侵入者の俺たちを獲物として狩ろうとした。

 

 明暗を分けたのは戦闘の結果で、それが違えば俺たちもこの焼かれた肉と同じようなことになっていたはずだ。


 ロビーナを見る。


 あの時、俺はこいつを守るために攻撃をした。生きているのは、ワイルドウルフもゴーレムも変わらないのに俺の意志はロビーナを助けることを選択した。


「はあ」

「大きな溜息ですね。お肉、冷めちゃいますよ」

「そうだな」


 色々考えたが、生きるというのは――


「――美味い」

 

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