四話 奴隷、蛇に睨まれる
「これはなんだ? ロビーナ」
「解析開始……お酒です。アルコール度数65」
昨日と同じく森の中を進んでいると、人間の死体を発見した。
身に纏っている高級そうな服から、俺と同じくなんらかの罪で島流しにされた貴族の人間だと推測した。
心の中で彼に謝りつつ、物品を漁らせてもらった。
「酒か。俺は飲まんな」
「ロビーナは飲めますけど、マスターが飲まないなら飲みません」
「いや、そこは好きにしろよ。まあいいや。酒は腐りにくいらしいし、今は保管しておけ」
「了解」
お腹のハッチを開くと、そこに酒瓶ごと放り込む。
ロビーナの腹部はアイテム袋になっているらしく、生き物じゃないのならば大きさも数も関係なく収納できた。
こんな機能を持つゴーレム他に知らないが、ロビーナは最新型らしいし、なによりこの島に来て自分の無知さを痛感したため世界は広いのだなと新しい知識として記憶しておく。
「というかロビーナ。お前、少しは戦えよ。さっきからずっと俺ばかりじゃないか」
「申し訳ありません。ロビーナに戦闘機能は搭載されておりませんので。その分、他で役に立ちたいと思います!」
「はあ。ほんとポンコツ」
喋っている間も死体を漁っていたのだが、特に目新しいものは見つからなかった。
まあ俺も脱出どころか生存するための道具すらひとつも持たされなかったのだから、これが刑罰としては当たり前か。
むしろ嗜好品を持たされただけ、この元貴族は俺よりはマシな待遇だった。
俺は立ちあがると、目的地を目指す。
「そういえばマスター。
「拠点になりそうな場所。とりあえず洞窟がないかを探してる」
「なぜ洞窟を?」
「よく考えてみろ。例えば、俺たちが広く空いた平原を見つけたとしても建築物を造れる技術がないじゃないか。なら最初から使える洞窟が一番いい」
「なるほど~」
洞窟なら、なにもしなくても雨風を凌げるし入口が決まってるから敵が現れても警戒しやすい。
まあ懸念がないわけではないのだが。
しかしなにが起こるかも決まってない未来に勝手に怯えて、なにもしないよりはマシなのでとりあえず目的に沿って行動する。
道中、食糧になりそうだったり、なんらかの用途がありそうな植物を収穫しながら獣道を進む。
「あった」
移動を続けている内に、洞窟を発見した。
緑に包まれて頑丈そうで、穴も大きく理想の物件だった。
「あれが新しいおうち。早速、行きましょうマスター。引っ越しパーティです。今夜は無礼講だー」
「待て待て待て」
「えっ? なぜです?」
茂みから飛び出しそうになったロビーナを抑えて座らせる。
ロビーナは心底から不思議そうに首を傾げる。
「マスターから出された条件にとてもマッチした場所だと思われますが」
「そこが問題なんだ」
「どういうことです?」
「俺たちにとって住みやすい場所ということは、以前からこの島にいるやつらからすればどうだ?」
「つまり、先に別の誰かがいる可能性が高いと」
「そういうことだ」
人間ならば話し合いで解決できるが、正直、さっきの死体を見た後ではそんなことは期待できない。
いるとしたら十中八九、魔物だ。
「でも、魔物がいたとしてもいったいどうすれば?」
「そうだな……まず本当にいるかどうかの確認がしたい。ロビーナ、昨日やってた肉の温度を調べるのってあそこまでできるか?」
「可能です。マスターからの命令を確認。実行します」
ロビーナはしばらく洞窟へ視線を送り続けた。
「わずかながら温度の差が洞窟内であることが分かりました」
「なるほど。じゃあ、なにかがいると考えていいな」
ロビーナを後ろに置いてから、俺は木の枝と石から作った槍を手に取って、慎重に向かう。
さて鬼が出るか蛇が出るか。
音を立てないよう、ゆっくり少しずつ近づいている内に、洞窟内の暗闇から二筋の光が見えた。
シュパンッ
早っ!
あまりの速度に一歩も動けず、気付けば太く長いものがいきなり俺の隣に出現していた。
そして、
「うわぁあああ! マスター!」
「ロビーナ!」
蛇の口に丸呑みされるロビーナ。
抵抗するもののほとんど時間がかかることなく彼女の姿が消えた。
(蛇のほう――
縦に伸ばすと周囲の木よりも高そうだ。
もし俺がひとりなら逃走が最初の選択肢に入っていた魔物だが、ロビーナを助けなければならない。消化される前になんとか脱出させないと。
俺はオロチが自分の頭のほうへ尾を引きつけている間に、目の前で伸びている体を突き刺そうと試みた。
ガインッ
硬い。
全身を隙間なく包む鱗に、石の刃はあっけなく跳ね返された。
「シュラララ」
「やばい!」
攻撃したことで敵と見なされた。
オロチはまるで唾を吐くように紫色の液体を俺へかけた。
ジュゥウウ
液体に触れた地面が解ける。危なかった。回避は間に合わなかったが、運良く当たなかった。
巨大な体躯に矢のような素早さ、さらにはこちらの攻撃が通らない防御力に強力な遠距離攻撃。分析してみたが、果たしてこの強敵に俺に勝てるのだろうか?
なんとか手はないかと様子を伺っていると、なぜかオロチは俺を見たまま動かない。
どうした? これほどの実力差なら、わざわざ相手の出方を探るなんて時間の無駄でしかないだろうに。
観察を続けると、蛇の目がトロンと戦意を失ってることに気付く。
(……酒か。たぶん、なにか蛇の口から抜け出せる手段はないかってロビーナが呑まれてる最中にアイテム袋を漁ったな)
結果、開いた腹部から拾った物がいくつか飛び出して、その中に酒が混じっていたというところか。
オロチが酒に弱いという話は聞いたことがある。
とはいえその巨体に比べればごく少量、チャンスはこの瞬間だけと考えたほうがいい。
(どおりで俺が躱しきれなかったのにあの毒液が外れたのは、酔っていたからか……しかし攻撃するにしても、俺の武器は通じない)
眼球なら柔らかいが、おそらく片目を潰した程度じゃ致命打にはならない。
俺は、なにかないかと一瞬だけ周囲に目配せする。
これだ。
閃いたと同時に、俺は石の刃にオロチが放った毒の唾を塗りながら駆け出す。
接近に反応してオロチは首を上げようとするが、俺はジャンプして穂先を眼球に合わせた。
グサリッ
「よし。よし。よし」
狙い通りの手応えに、有頂天になる俺。しかし――
ビュウン
俺が着地したところに、オロチの尻尾が鞭のように迫ってきた。オロチの毒はオロチには通じず、結局、片目を奪うだけで終わってしまった。
大蛇の怒りの一撃は、確実に俺を屠ろうとしていた。
(あれ……遅い?)
ついさっきまで反応できなかったのに、オロチの攻撃が急にゆっくりに目に映った。
それでも充分早いため、ギリギリのところで避ける。
シュラララララ!
激昂したオロチは何度も俺を潰そうとしてくるが、俺はヤツの全ての攻めを回避しきった。
これならばチャンスだと、俺は突き刺さったままの槍を抜くと、もう片方のオロチの目も貫いた。
「シャァアアア!」
「えっ?」
威嚇しながら突進してくるオロチだったが、俺には先程までよりゆっくりに感じた。
「まさか」
余裕をもって避けた後、メッセージを開く。
《ワイルドウルフを倒しました》
《レベルが6上昇します》
《オロチの部位破壊に成功》
《レベルが40上昇します》
《オロチの部位破壊に成功》
《レベルが20上昇します》
底のほうを覗くと、そんな内容が記載されていた。
(そういうことか)
理解する俺の前で、オロチは両目から血の涙を垂らしながら正確に俺へ突撃してくる。視覚を失っても蛇種特有のピット器官で俺の位置を掴んでいるのだ。
蛇の牙が迫ってくる最中、俺は槍を構える。
(思えば、木を攻撃するだけでレベルが上昇していた。ならば、それらよりも高難易度の魔物なら……)
【奴隷】は、戦いの中で成長する。
ズドォンッッ!
槍は突進を跳ね返す勢いで、蛇の眉間を貫通した。
「……マスター……ありがとうございますぅ」
「それ以上触るな。ヌメヌメする」
オロチの全身を掻っ捌いて、ロビーナを救出した。
まったく。
体液まみれで取り出すのだけでも一苦労だった。
「マスター。マスター」
「だから近づいてくるな」
「えへへ。すみません。ついテンション上がっちゃって」
「ん? そんなに新住居が手に入って嬉しいのか?」
「それもなんですけど……」
ロビーナは後ろ手に隠していたものを俺に見せた。
「ジャジャーン。蛇の体内にあったんですよ、ロボの右手」
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