五話 奴隷、料理する


「右手?」

「はい。なくしたと思ってたんですが、あってよかったです」


 ガシャン


 左で持っていた腕を、右肩の根元に嵌めこんだ。にぎにぎ、とまるで以前から生えていたかのように自然な動きで掌を動かす。


「おおー! これが利き腕の感触。素晴らしいですね!」

「そ、そうか」

「これで一層、ロボはマスターのお役に立てます。ロボ感激です」

「……ありがとな」


 正直、現実味の無い光景で引いていた。

 

 だが、ロビーナの純粋に喜んでいる顔を見せられると、水を差すのも悪いなと話を合わせてやることにした。


「ビリビリビリビリ」

「どうした? 急に白目になって震え出して」

「……マスター。どうやら右腕を取り戻したことで、失っていた昨日の一部が回復したようです」

「へ、へー。どんな機能だ」

「生存において最重要の機能。ずばり――」


 お料理機能です。


 こうしてロボの料理教室ロビーナズ・キッチンが開催された。


「まずオロチの肉を洗います」

「オロチって食えるのか?」


 地面溶かす毒吐いてたぞ。あいつ。


「蛇種の魔物の毒は頭部付近で、胴体から尾の肉は可食部です」

「知らなかった……」


 そもそもオロチなんて、今までの人生で一度も口にしたことがない。

 本当に食えるのか? 体が戻って上機嫌になったことで、テキトーこいてないだろうなこいつ。オロチの死体の前に移動するロビーナの背中を俺は怪しんだ。


 そんな視線を知ってか知らずか、ロビーナは迷いのない動作で調理の準備を進める。


 サッサッサッ

 

 みるみるうちに、オロチの白身が綺麗に並べられていった。


「切り分けは終了。では、次はソースにとりかかりたいと思います」

「ソースって、こんななにもない島で?」

「それがそうでもないんですよ。昨日までのロボだったら見逃していましたが、右手のある今のロボなら可能です」


 胸を張るロビーナ。

 相当な自信が伺えるが、果たして海水と雑草と果物しかない現状でなにができるのか。


 様子を眺めてると、ロビーナは持ってきたパルムの中身を石にかけた。


「なにをしてる!?」

「なにって……オロチの肉に合うソースを作っているんですけど」

「えぇ……」


 焚火で焼かれた石の上でジュージューとハニーパルムの液が泡をたてながら音を出す。


 もう訳が分からなかったが、ロビーナは俺の戸惑いをよそに料理らしいものを作っていく。


 せめて食べられるものを。

 願い続けた俺の前に、やがて出来上がった料理が運ばれる。


「マスター。時間がかかってしまいましたが、お待ちどうさまです」

「……」


 とりあえずなんであれ作ってくれたことに感謝の一言でも述べようと思ったが、俺は息を呑むので精一杯だった。


 ロビーナが調理したのは串焼きとスープの二品なのだが、どちらも穏やかな言い方をすれば見た目はあまり食欲をそそらない。


 いやこの際はっきり言おう。グロい。


 ぷるぷる、と串を握る手が震える。

 正直、口に入れるのすら憚られるのだが、さっきまで生きていたオロチに悪い気がして、せめて味見だけはせねばなるまいと頑張って食らいつく。


 ガシッ


「どうですマスター?」

「……あれ?」

「えっ、もしかして不味かったでしょうか? 申し訳ありません。その、ロボまだ不束者でして……えーと、その……あっ、この右手が悪いんです。まだまだ故障中のポンコツなんですよ。ほら、あなたもマスターに謝りなさい。ロボの悪い子ロボの悪い子ロボの悪い子」

「イケるぞ。これ」


 外した右腕と一緒に頭を地面に擦りつけるロビーナだったが、俺は串焼きの味に感心していた。


 表面がカリっと焼かれてるオロチ肉の淡泊ながら力強い味と歯応え。しかもその肉の旨味をこの甘じょっぱいソースが引き立てる。おそらく海水から抽出した塩そしてあのいかにも怪しかったパルムの液体を混ぜたものだろうが、それがここまで合うとは。わずかな焦げの匂いが食欲をさらに煽り、一口食ってもまた一口食べたくなる。


 串焼きがこれならスープは。


 ゴクゴク


「カ―ッ」

「えーと……マスター。お味のほうは?」

「美味い!」


 滋味あふれる味わいで、飲んでるだけで健康になっていく気分。串焼きと比較するとさっぱりした塩味なのだが、それがまた煮込まれてプルプル食感になっている皮付きオロチに合い、さらに串焼きで甘ったるくなった口を引き締めてくれる。


 ガシッ、ゴク、ガシッガシッ、ゴク


 交互に食べることでどちらもいつまでも飽きずに食せる。


 無我夢中で俺は食べ続けた。


「美味しかった……ごちそうさま」

「お粗末さまでした。いや一時はどうなることかと思ったが、本当によかったです」

「それにしても肉や果物だけじゃなく、他にもなにかしらの葉っぱが混ざっていてそのおかげで臭みが抜けたりわずかにスパイシーな風味になっていたように思えたが、あれらはどこで手に入れたんだ?」

「道端に生えていたものですよ。お料理機能が手に入ったことで、使えそうな植物が分かるようになったんです」

「へー。そりゃすごいな」

「そうでしょう! ロボすごくなったんです。オロチの肉には小骨が多いから切り目を入れて食べやすくした工夫もしたんですよ。あっ、それと他にも追加された機能がありまして」


 褒められて満面の笑みになったロビーナ。

 そのまま木の端くれを持って、洞窟の出入り口に向かう。


「これをこうして……こう!」


 ビヨヨ~ン


 カンカンカンと木槌で叩くような音が鳴った後、なんと木製の扉が出現した。


「はぁっ?」

「お料理機能の他にもうひとつ――機能も獲得しました」

「はぁああああ!?」


 扉だけじゃなく周囲の壁も付いていて、洞窟の出入り口を塞いでいる。これなら魔物の夜の襲撃にも怯えなくて済む。


 いや、それはいい。とてもありがたいことだったが、思考は別のことを考えてしまう。

 

「料理だけじゃなくて建設まで。こんなことできるゴーレムなんて知らない……ロビーナ。まさかお前、空から落ちてきたのか?」


 レベル制限を解除した不思議な果実。

 そんな常識外れと同じ存在なら納得がいった。


 あとそれだと、なぜロビーナの体の一部がオロチに食われていたのかにも説明がつく。


 フリージアが落ちてきたあの日、星は上空で割れたのだ。

 そして破片らしきものは島に分裂しながら降り注いだ。おそらくその内のひとつをオロチが発見した。


 俺の質問に、ロビーナは頭を回す。


「くるくる……検索しましたが、データが欠落しているため詳細不明です」

「そうか……まあいいや。それよりもロビーナ、建造ってどこまでできるんだ?」

「データがないため、残念ですが設計図がなければ構造が簡単なものしか造れません」


 本当に覚えてないのか、もしくはなんらかの目的のために嘘を吐いてるのか知らないが、生き残るために無駄に探りを入れて仲違いするのは避けたかった。


 理由は不明だが、向こうが友好関係を望んでいる以上は下手に反発することなく協力し合うだけだ。


(しかし設計図か……)


 王宮での勉学の範疇外で、その手のことは全然分からない。


 いつかは洞窟だけじゃなくログハウスなどの拠点も欲しかったが。そうか、場所や材料だけじゃなくて建物自体の知識も必要だったな。


 しかし簡単なものとなると、既に自分で作れるようなものだったら結局は意味がない。


 せっかく手に入れた新しい手段をなんとか活用できないのかと悩む。


 うーん……簡単で、だけど手で作るのは大変で、そのうえで貴重な素材を消耗してまで必要なものか……もしくは、設計図は知らなくてもどんな構造か把握してるもの……


(……あった)


 両方を閃いた俺は、ロビーナに提案する。


「ロビーナ。あれこれこういうものなんだけど、できるか?」

「現状だと、そちらを作るには素材が足りませんね。代用で同じ形状の品は再現できますが、耐久度が低くて一回も使用できずに故障します」

「そうか……なら、こっちはどうだ」

「可能です。早速、制作にとりかかります」


 構造を把握してるだけの複雑なほうは取り下げられたが、簡単なほうは認められた。


 数秒後、俺が望んだ物はもうそこに完成していた。


 よし。

 明日はこれを使うため、出掛けるとするか。、

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