二四話 奴隷、宝を手に入れる
「……」
岸ではアリーが海を背景にした十字架へ手を合わせていた。
十字架は何本も並んでおり、全て船員たちの墓だ。
彼女は沈黙の祈りを捧げ終えた後、俺たちがいる方向に振り返る。
「ありがとう。待っててくれて」
「いくら海賊とはいえ死は平等だ。祈りを邪魔する権利なんてものは誰にもない」
それに正直なところ、家族の誰の葬儀を開けなかった俺からすれば羨ましくさえあった。
「で、本当にいいのか? こんなの持ってきて」
話題を変えると、しんみりとした空気が振り払われる。
俺が指さす先には、宝箱があった。
これはあのダンジョンの奥にあったもの。つまりキャプテン・ウィリアムの宝だ。
アリーはニヒルな笑みを浮かべる。
姿は彼女のままでも、中身は完全にブラックハートに切り替わっていた。
「せっかくの宝だ。持っていかなきゃ海賊の魂が廃れるってもんよ」
「だけどこの箱が開くと、呪いがかかるんだろ」
「ははっ。それに関しちゃダンジョンで開いた時に分かっただろ。既に呪われているぼくには、こいつの呪いは通じない。だからノーリスクハイリターンってことよ」
悪どい表情をするアリー。
しかし言っていることは実にその通りだ。
俺はロビーナと一緒に離れながら、彼女が宝箱を開くところを遠くから見守る。
「罠の解除には成功してる……じゃあなんであの呪いが発動した……それに思えばあのオクラーケンが出るタイミングも都合が悪すぎる……まるでこの島が宝につられた海賊たちを捕まえる罠のような……」
独り言を呟きながら、慣れた手つきで解錠していく。
ガチャリ
今度は煙は出てこず、そのまま宝箱は上に開いた。
俺は中身を覗きに行こうとすると、その前にアリーは笑い出した。
「あはははは!」
「どうした? 面白い物でも入っていたのか?」
「ああ。おまえたちも見てみろ。こりゃ傑作だよ」
「ロボの一発芸よりですか?」
アリーは取り出した中の物を見せてくる。
彼女の手元にあるのは、一個のボトルシップだった。
「……」
「ははははは! 笑えよ! 半年も航海して、あんなにも厳しい海を抜けて、船も部下も失ってようやく得た唯一の物がこれだよ! こんなのもう笑うしかないだろ!?」
模型の船が入った透明のビンを目の前にして、乾いた笑い声を出し続けるアリー。その様子は、呪われて狂った船員たちと同じようだった。
俺もロビーナも笑うどころか、慰めの言葉すらかけられなかった。
ブンッ
地面に叩きつけられて、パリィンと甲高く割れるボトルシップ。アリーは、パンパン、と自分の頬を叩いた。
「よし。次の宝探しに行くか」
「ええっ!?」
落ちこんでいたと思ったら、なんと彼女はカラッとして新たな冒険を見据えていた。
その意外な姿に仰天する俺たち。
「宝の地図なんてこんなもんよ。今回はゴミだったとはいえ、宝があっただけまだマシ。いや最悪かもしれないけど、それでもこれが宝探しの醍醐味ってもんよ」
「非効率です。理解できません」
「ロマンが計算できるかってーの」
「こりゃすげえわ」
賛同できない部分は大いにあるが、それでも彼のこの冒険と自由を求める姿にはたまげるしかなかった。
ザパーンザパーン
突如、海の向こうに船影が出現するのが見えた。あの帆は――
「海賊どもー! 風の様子がおかしかったから来てみれば、やっぱり鼠はまだ残っていたか!」
王国海軍の証。
包囲網から脱出しはずの、バルバロイの軍艦が俺たちに気付いて追ってきた。
「嘘だろ。こんな時に」
「どうする? なにかいい手立てはあるか?」
「あるわけないだろ。クソ。民間人を装うにも、ぼくたち全員事情ありだ」
「ロボはありません」
「おまえが事情の塊みたいなものだ」
元王子。謎の機能付きゴーレム。賞金首
どいつも王国軍からすると捕縛の対象でしかない。
しかし船が壊れた現状で、どうやってバルバロたちを追い払えばいいのか?
方法を模索するが、複数の船が迫るこの状況を打破する手段は誰も思いつかなかった。もう捕まるしかないのか。だけどそうなると俺たちはいったいどうなるんだ。
暗い予想しかできない未来に俺たちは絶望しかけると、
ペカー
巨大な船が島の上空に現れ、俺たちはその内部に取り込まれた。
「「なんだこれは!?」」
「……」
俺とアリーは目をかっぴらいて驚く。
「ここはおそらく、あのボトル内にあった船の中かと」
「そういえばデザインはそんな感じだったな」
ビックリするほど冷静なロビーナの推測に、俺も思い当たるものがあった。今思えば、かなり特殊な形をしていたあのボトルシップ。その形状と空に浮かんでいたあの船はかなり酷似していた。
とはいえだからなんだという話で、未だに意味不明のこの状況に頭が混乱する。
「おい見ろ。この黒板に文字が」
「モニターですね」
『果てしなき冒険を望む者へ。このキッド海賊団船長ウィリアムが発見した
「これが……宝」
内部を見渡しても、よく分からないもので溢れている。ただひとつだけ、見慣れた物品があった。
アリーは舵を握った。
――その頃、船の外では。
「団長バルバロイ! あれはいったいなんでしょうか!?」
「?」
突然の未確認飛行物体に、修羅場を幾度も潜って肉体も心も鍛えあげた屈強な軍人たちも慌てふためく。
誰もが動揺する中、バルバロイは空の船を氷のように冷たく鋭い目で見据える。
「そこの船! 我々はロマにスタ王国海軍第一師団。私は師団長のバルバロイだ! 貴様らが犯罪者ではないのならば、すみやかに降伏し、船を降りて我々の前に姿を現したまえ! 命令に従わなかった場合は、攻撃を開始する!」
「だ、団長。いいんですか?」
「我々は軍だ。これ以外の選択肢はない」
バルバロイはバーソロミュ号の残骸を見つけ、ここに海賊たちがいることは把握している。それでも空の船をその関係だと一目で断定して手を出さず通告で済ませたのは、そのあまりの奇怪さになにか別の可能性があるかもしれないと考えたからだった。
グッグッグッ
空中で、船が振動し始めた。
「う、動いている! 逃げるつもりか!?」
「命令違反だ。通達通り撃てー!」
「団長。砲の角度が付かず、あんなところまで弾が届きません!」
「くっ」
竜火砲から並んで放たれた弾は仲良く船の下を通過した。設計上の限界まで角度を上げても、決して弾は当たらない。
バルバロイは自らの船の竜火砲へ近づいた。
剣技・
「船の床を切り崩して、無理やりさらに角度を付けた!」
「これで届く……逃すな海賊を」
撃てー!
師団長の掛け声に合わせて、竜火砲はほぼ真上へ砲撃する。
キッーン
しかし透明の壁に弾かれてしまう。
妨害を阻止した船はそのまま一気に加速し、島から飛び立った。
「「「ヒャッホー!」」」
空飛ぶ船は、速く速くそしてなにも邪魔のない自由な大空を舞い上がっていく
――無人島。
パルタたちがかつて住んでいた島に、現在、女がいた。
「……ここが墜落地みたいらしいけど」
もはや砂しかないその島の真ん中で、女は途方に暮れていた。
「久々の仕事だったけど……もういっか。めんどくさ」
スポーン
女は持っていたなんらかの小道具をその場で投げ捨てると、海へ足を付けてリラックスする。
「そういえばあの海賊の少年どうしたんだろうなー? かわいい顔してるから女の子にしてみたけど、今頃なにやってんだろー。あっ、思い出したんだけどちょっと前、面白そうな物が転がってたから見つけたらグールにしちゃう呪い設置しておいたんだけど、誰か見つけたのかな? いったいどうしたんだろうな? 見にいきたい気もするけど。うーん、どうしよっかなー?」
パシャパシャ
足をあげて、水を高く飛ばす。
「なーんか面白いことないかなー?」
女はパシャパシャと水で遊び続ける。
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