二三話 奴隷、タコと戦う


 いやー危なかった。

 無力の間ではロビーナの機能も使用できずそのまま岩に潰されるかと思ったが、実はあの罠、力を0に固定するのではなく大幅に減らすもののようだった。だから俺は残った力で落ちてくる岩を止めて、足場にしながらあとは少しずつ脱出した。

 

 そしてやられたことをやり返しに奥へ向かってみたら、なんとブラックハートがアリーになって襲われかけていた。


 ギリギリのところで船員を引き離し、アリーを助けた俺。

 彼女は呆けた顔で俺を見て言った。


「す、ススク。おまえ帰ったんじゃ」

「えっ?」

「えっ?」


 ……どういうことだろう? ピンチに陥っている女性?を華麗に助けたと思ったら微妙な空気がお互いの間に流れているのは。

 

 シャァアアオオオ

 

 沈黙を保っていると、倒れていた船員が元気になって襲いかかってくる。


「今までだったら加減してやったがもう容赦しない! その顔ごと吹き飛ばしてやる!」

「待ってくれススク。あいつらを殺さないでくれ」

「殺されかけたんだ。殺しても文句を言われる筋合いはない!」

「違う。あいつらは呪われてるんだ。だからぼくを襲ったのも本心からじゃないんだよ」


 なにやら勘違いしているようだが、確かに船員たちの様子がおかしい。

 目が血走っていて脈が体のそこら中から浮いている。


「ウィリアムの宝箱から出た煙。あれが呪いをかけて、たぶん、ぼくは既に呪われているから上書きされずにそのまま発動されたんだと思う」

「なるほど。だけど、あいつらおまえのことも襲ってきたぞ」

「それでも仲間なんだ。頼む。命だけは奪わないでくれ」

 

 瞳に涙を溜めて懇願してくるアリー。

 とはいえさっきの一発を受けても痛がりもせずに向かってくるのを見るに、手加減して無力化するにも骨が折れるぞ。

 こいつらを呪った原因の箱が近くにある以上、あまり長時間ここにいたくない。


「分かった」

「分かってくれたか……えっ?」

「逃げるぞ!」


 アリーを担いで、俺は牙を立てて迫る船員たちへ背を向けた。


「どういうつもりだ!?」

「とりあえず船に戻って、後は人数で抑える」

「そういうことか。分かった」

 

 留守番の船員たちはまだ正気だ、傷つけられないなら、あとはあいつらとロープでもなんでも使って抑え込むしかない。

 

 説明せずとも納得してくれたアリー。


 ハッ


 彼女は、俺の背後で投石をしてくる呪われた船員たちを見つける。サクッ、と彼らの手首にナイフが刺さった。


「ススク。後ろは任せろ」

「了解」


 アリーに防御を頼んだ俺は、走るのに集中できたことですぐにダンジョンの出入り口まで戻ってこられた。


 そしてそこには、ロビーナが待っていた。

 

「ロビーナ。準備はできたか?」

「はい」

「じゃあ、やってくれ」


 ベキンベキン


 ロボ作成によって細かい石が集まって壁となり、出入り口を塞いだ。初めて見る現象に、アリーことブラックハートは驚く。


「こんなことができたのか」

「本当はあいつらにお返しで閉じこめてやるつもりだったんだが、まさかこんなことになるとはな」


 これでしばらくは追ってこれないだろう。

 とはいえアリーからすると部下の一大事、ゆっくり休んでいる時間はなく、急かされながら船に変帰る。


 出現した魔物を退けながら、来た道を戻る。

 

 この時、俺は魔物たちも様子がおかしいことに悪い予感を覚えた。船員たちに訪れた異変と魔物の状態が被って見えた。


 ザッバーン!


 海が見えるところまで戻ると、巨大な触手が茨のようにバーソロミュ号に絡みついていた。


「おまえらー! どういうことだー!?」

「誰だおまえ!? いや誰でもいい! 女に新入りー助けてくれー!」


 アリーになったブラックハートに気付かないまま船に残った船員たちは救助を求める。


 ベキベキベキ


 しかし船は移動していて、場所は海のど真ん中。岸にいる俺たちが到着する前に、バーソロミュ号は船体を折られながら海中へ引きずり込まれてしまった。


「なんだったんだよー!? いったいー!?」


 地面に膝を付けて、叫ぶブラックハート。

 船だったものの木の破片が、海上へ浮かんできた。


 そして次に、巨大な蛸が浮上した。


「あいつは、オクラートン悪魔海物! S級魔物ランクモンスターだ!」


 十八本の足に、縦に長い真っ赤な頭部。まるでタコとイカの特徴を合わさったみたいだ。

 

 しかしS級とは……

 魔物におけるランクとは脅威の高さを示すのだが、Sは最高ランクだ。出現したら、ギルドではなく国の軍が出動して対処するレベル。


 こんなところで遭遇する羽目になるなんて、俺はせっかく無人島から出られたのを幸運だと思っていたが、どうやらとんでもない不幸だったようだ。


「逃げ……なにっ!?」


 一旦、やつの次の獲物にされないよう視界に映る前に島の自然へ逃げ込もうとする。


 しかし振り返った瞬間、走ってきているの呪われた船員たちと対面する。


「ブラハ。どうする?」

「……クッ。すまない。おまえたち」


 悔しげに、ナイフを構えるブラックハート。俺も覚悟を決めて、迎え撃つ用意をする。


 スカッ……


 しかし船員たちはなぜか俺たちをスルーして、そのまま海へ駆けていった。


「タコだタコだ」

「腹が減ったよー」

「いくなおまえたち! 戻れ!」

 

 なんと船員たちはオクラーケンの元へ泳いでいった。船長の制止の声も聞かず、狂い進む。


 ブォオオオ

 敵に気付いたオクラーケンはその笛のような口から、墨を広範囲に吐く。

 

 墨がかかった船員はその場で苦しみの声をあげながら血反吐を吐いて沈んでいった。


「ぐわぁああああ!」

「……なんつーことだよ」


 脱力して、地面に膝を付けるブラックハート。


 顔を下にして体を震わせる。


「全部……全て失った……」

「……」

「あの家から出て、そこからまたクソみたいな下働きになって五年苦労して、ようやく船も部下も手に入れたのに……それなのに、ぼくの結末はこんなのなのかよ……こんな残酷なことになるなら自由なんてカスじゃないか」

「……そうなのかもしれないな」

「マスター?」


 自分で望んだことでないとはいえ、俺はあの無人島にいた期間はまさしく法にも社会にも縛られない完全な自由がそこにあった。


 (だけど、昔より幸せなんてことは絶対になかった)


 それは王子という恵まれた環境にいたかもしれない。家族も将来も失った悲劇があったかもしれない。

 でも俺の心には、別の想いがずっとある。


「自由ってのは誰とも関わらない代わりに、誰も守ってくれない。いつ誰に襲われても文句は言えない。言ったとしても、誰もなにもしてくれることは決してない」

 

 だから戦わねばならない。

 生きるために。


「マスター。魔物がこちらに向かってきています」

「ああ。分かった今行く」

「行くっておまえ……無茶だやめろ。あんなやつ絶対に勝てない。逃げて身を隠すぞ」

「島にいて身に染みたことがある」


 背を向けた獲物ほど狙いやすいものはない。


 俺は海上のオクラーケンと相対した。


 プクプク


 墨を吐く用意をしているらしく、時間が経つごとに頭が風船のように膨らんでいく。


(あれを浴びてはまずいな。どうすればいい?)


 攻撃を当てて中断させようにも、泳いで間に合うとは思えない。だからといって石を投げても、その程度じゃ船をも沈めてしまうあの太い触手に弾かれてしまうだろう。

 あそこまで離れている相手に、強力な一発を浴びせられる方法ね……


 ザパーン


「あっ」

 

 イカリだ。

 バーソロミュ号に付いていた物が、ここまで流れてきたのだ。


 これならイケるか?

 もう時間もない。唯一思いついたこれを使うことにした。


 うんしょっと


「待て待て。そんなん持ち上がるか馬鹿! 船を止めるためのものだぞ!」

「マスターがんばれー」


 グイッ

 結構重かったが、なんとかひとりで持ち上げられた。丁度いい鎖があったため、遠心力をかけるために振り回す。


 ブオンブオンブオンブオンッッッ!!!


 勢いを付けて思いっきり投げる。途中、スォオオオと近くの海水が巻き上がってハリケーンみたいになる。


 吐かれた墨は海水に飲まれて黒い台風と化す。

 

 ザクザクザク、と触手の防御が切り裂かれ、そのままオクラーケンの頭部は割断された。


「よっしゃー!」

「マスターすごいです! 本当にすごくすごくすごくて、凄すぎて生きてるだけですごいです!」

「なんか逆にハードル下がってないか?」

「やることなすことすごいということです」


 脅威も去り、いつものようにロビーナと話している隣ではブラックハートが白目を向いていた。


「ぼくたちは、こんな化け物を暗殺しようとしていたのか……」

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